文化

〈書評〉成瀬、滋賀から全国へ! 『成瀬は信じた道をいく』

2024.08.01

〈書評〉成瀬、滋賀から全国へ! 『成瀬は信じた道をいく』

宮島未奈『成瀬は信じた道をいく』(新潮社刊)

本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の続編で、前作同様、滋賀県大津市を舞台とした連作短編集だ。5本の短編ごとに視点人物が入れ替わり、前作の主人公・成瀬あかりとの交流が描かれる。

評者のお気に入りは3本目「やめたいクレーマー」である。タイトルの通り、主人公は、クレーマーをやめたい主婦・呉間言実(くれま・ことみ)だ。スーパーのお客様の声に日々不満を投函していたところ、その正確な場面描写を買われて、同店で働く成瀬から、万引き犯探しを依頼される。筋金入りのクレーマーというネガティブな設定ながら、その背後にある、一本気で妥協を許せない彼女の性格を描きだし、親しみを感じるストーリーにまとめた点に、筆者らしさを感じた。また、成瀬から店への貢献を認められたことで、言実が、クレーム行為に対する自身の罪悪感を昇華する場面では、公平で寛大な成瀬の判断に憧れも抱く。

また今作の見所として、大津から全国へ飛び出していく成瀬の成長がある。今作で成瀬はついに京都大学に入学し、びわ湖大津観光大使に就任して全国を回る。また、ローカル番組への映り込みに心血を注いでいた中学時代から、大学生となって全国放送への出演も達成する。成瀬が、あの変人成瀬のままで、滋賀を背負って広い世界に羽ばたいていくことが頼もしい。もちろん、成瀬が遠くに行ってしまう寂しさはあり、それは、成瀬の中学時代からの相方・島崎みゆきの心中描写によって完璧に代弁されている。成瀬が置いてきぼりにした読者を島崎がフォローする、島崎あっての「成瀬」シリーズだ。

思うに、本作が読者を引きつけてやまない最大の理由は、登場人物たちの「ふつう」と「変」のバランスである。成瀬は、バカ正直に「ふつう」に生きる少女だが、あまりにまっすぐなその生き様は、側から見るとだいぶん「変」だ。しかし、我々の人生も多かれ少なかれ同じだろう。「ふつう」に生きようとしても「変」になり、そして同時に、自分にしかない特別な「変」を求めている。自分にとってのふつうを貫いて、日々スペシャルな道を邁進する成瀬は、我々の永遠の憧れである。今後も成瀬のいく先を見守りたい。(桃)

◆書誌情報
『成瀬は信じた道をいく』
宮島未奈/著、新潮社、2024年1月発売、1760円(税込)

関連記事