京大卒小説家が語る 大学時代と最新作 小説家 宮島未奈さん
2026.01.16
宮島未奈さん
1983年、静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」で史上初めて大賞、読者賞、友近賞のトリプル受賞を果たす。23年に同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』で小説家デビュー。著書に『婚活マエストロ』『それいけ!平安部』など。
1983年、静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」で史上初めて大賞、読者賞、友近賞のトリプル受賞を果たす。23年に同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』で小説家デビュー。著書に『婚活マエストロ』『それいけ!平安部』など。
目次
〈インタビュー〉京都と母校を「美化しない」・周りの勧めで京大へ
・京大を手放しに美化できない
・あの頃感じた寂しさ描けた
・「結局、滋賀行くんかい」 ツッコみたくて
・左京区に過剰なエモを与えない
〈書評〉成瀬の生き様が伝える生への肯定 『成瀬は都を駆け抜ける』
〈インタビュー〉京都と母校を「美化しない」
周りの勧めで京大へ
――地元・富士市から京大進学を決めたわけは。
名古屋大学を第一志望にしていたところ、学校の先生から「これだけ成績が良ければ京大にいけるよ」と言われて、成り行きでした。東京大学も考えたけれど、二次試験に苦手なリスニングがありました。京大は英訳と和訳だけだから、それならできるかなと。
――新作では、大学生になった成瀬がサークル活動にアルバイトにと忙しくする様子が描かれる。自身の大学生活は。
サークルもバイトもひと通りやりました。工場でパンの仕分けをしたり、コンビニに何度か応募して落ちたり。交通量調査や、生協ショップの棚卸しもしました。授業も普通に出てたかな。何をしていたかというと、これということはないですね。
――当時の執筆活動は。
小説は学生時代から書いていました。でも、応募するような原稿は書けていなかったです。文学賞に出すには原稿用紙で100枚くらい必要だけれど、長いものはなかなか書けなくて。
――最新作第1話には、入学したての京大生・坪井さくらが、初めて1人で料理する印象的な場面がある。これは自身の経験が元になっているのか。
そうですね。大学時代の一人暮らしを通して料理を身に着けて、今に至るまでやっているので、料理は大学生活の大きい要素でした。最初は卵を焼くところから始めたかな。それが同話に登場するハムエッグにつながっています。
――作中にはスーパー・コレモなど実在するお店も多く出てくる。
当時コレモはなくて、最近京都を訪れたときに今出川通沿いにあるのを見つけて登場させました。私が行っていたのは、北白川の大国屋、浄土寺のメルシーマルギン、生鮮館なかむら、カナート洛北(現・洛北阪急スクエア)などです。今もある店とない店がありますけど。
――大学周辺で思い出深い場所は。
ハイライト食堂ですかね。最近も取材で行きました。当時は「白雪(チキンカツに大根おろしがかかったメニュー)」をよく頼みました。金曜日に貰える100円券もまだあると知って、懐かしかったです。生協食堂もよく使っていて、北部食堂の天津飯が今もあると聞き、今作に登場させました。
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京大を手放しに美化できない
――他紙のインタビューで、京大には「人を見下す人が多くて、本当に嫌だった」と述べており、共感した。
「そんなことも知らないの?」みたいな態度でナチュラルに相手を馬鹿にする人がいて、すごく嫌でした。京大はそういう人たちがけっこう多いと感じていて、だから、私は京大を手放しに美化できないです。「あの時代があったから今がある」みたいな言い方は大嫌いなので、京大で嫌なこともあったとちゃんと言っていきたいんです。
――そのような葛藤も創作の原動力になったのか。
それはあまりないかな。執筆は得意なこととしてやっていました。小学生で作文を褒められて作家を志して、その時から創作は暇潰しの一環というか、テレビを見たりするのと同列でした。卒業論文を書いたときも、先生に内容よりも文章を褒めていただいたのをよく覚えています。それは、私が生まれ持った才能だったんだろうと思ってるんです。
――大学での学問は。
大学に入って哲学を知って、専門は日本哲学史に進みました。単純に日本語の方が読みやすいと思ったからです。ただ他の分野にも関心は持っており、特にライプニッツのモナド論が好きでした。私のいる場所は決まっているけれど、周りとの作用によって組み合わせが変わっていくみたいな。人生そういうものかな、と気持ちが楽になりました。
――視点人物を変えて主人公の様々な面を描く、成瀬シリーズにも繋がっているのか。
通じているかもしれないです。
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あの頃感じた寂しさ描けた
――成瀬シリーズは今作で完結する。
私は1作目で終わるつもりでしたが、「続きを書いて」と言われて「じゃあ3作までは頑張ります」と宣言しました。私が元気なうちに一旦書き切りたかったんですね。とりあえず今回で完結という形にさせてもらいました。
――最新作には北白川、一乗寺、高野といった馴染みある地名が多く出てくる。現地や学生への取材は。
2、3回現地を訪れて、今の様子を見つつ、在学生にも話を聞きました。でもがっつり1対1の取材はしていないです。Xなどインターネットの情報も広く参考にしました。むしろ、在学生の視点から見て変なところがないか聞いてみたいですね。
――前2作品は苦しんで執筆したと。本作は。
苦しかったです。成瀬シリーズに限らず、小説を書くのがやっぱり一番大変です。エッセイやインタビューは大したことないけれど、小説は一文一文考えながら長さを書かないといけないのが苦しい。でも書き慣れた感じはあります。今まではプロットなしに一発勝負で書いていたのですが、今回から作るようになって、それが良かったです。前作と比べると確実に上手くなっていると思います。
――6本の短編のうち、思い出深い話は。
第1話「やすらぎハムエッグ」です。この話だけ少し異質なんですよね。初めはこれよりもっと悲惨な話で、直してだいぶ読める形になりました。
実は、主人公・さくらが抱く孤独は当時の自分の感覚と重なっています。京大に入ってみんな「おめでとう」と言うけれど、果たして本当にめでたいことなのか。もちろん合格したら嬉しいけれど、それがすべてじゃないということを書きたかったんです。作中で描写した東西の食文化の違いも、私が実際に感じたことです。例えば、当時ペヤングソース焼きそばが関西で売られていないことがショックでした。普段食べていたものが自分の世界から消えるのはすごく孤独な体験で、それを彼女の実感として表現できていると思います。
――第2話「実家が北白川」では、森見登美彦作品を話の軸に据える。京大を舞台に執筆するにあたり、森見作品の扱いはどのように考えたのか。
そもそもは森見さんの力を借りて、とにかく第2話を書こうというところから始まっています。言ってしまえば、森見さんをパクろうと思ったんです。はじめはこてこてに口調を寄せていましたが、これはやりすぎだと少し引き戻したところに落ち着いて。森見さんぽさを残しつつ、森見作品を読み込んでいる人たちに失礼にならないよう気をつけました。
――森見さんは宮島さんが2回生のときにデビューした。森見デビュー以前に入学した最後の世代として、彼の「京大」像に感じることは。
やっぱりファンタジーとして書いているから、本当の京大ではないと思います。でもそれは私も一緒で、成瀬が生きている膳所は、膳所だけど「フィクションの膳所」だと私は言っています。濃さが違うだけで、森見さんとやっていることは一緒です。
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「結局、滋賀行くんかい」ツッコみたくて
――第6話は滋賀と京都を結ぶ琵琶湖疏水の話。これを最終話のテーマにしたわけは。
「結局、滋賀行くんかい」とツッコミたくて、ラストを滋賀に決めました(笑)。そこから京都と滋賀を結ぶ琵琶湖疏水があると気付いて取り入れたんです。疏水船に乗ったり博物館に何度も足を運んだり、この1年すごく研究しました。ちょうどその間に琵琶湖疏水が国宝にも指定されて、びっくりしましたね。資料から読み取れる疏水工事に携わった人々の関係も面白くて、最後の舞台にぴったりだと思いました。
――最終話には、成瀬の幼なじみ・島崎の「成瀬は誰に照らされているんだろう」という印象的な心中描写が出てくる。
第3、4話を書いているあたりで、成瀬は「周りを照らす人物」と描かれるけれど、成瀬を照らす人はいないんだと気が付く瞬間がありました。同時に、その孤独に最初に気がつくのは絶対に幼なじみの島崎だと思ったんです。だから、島崎が成瀬に寄り添う最終話にしようと、中盤から計画していました。
――島崎の視点の語りにデビュー作が思い出された。
今作を読むことで1作目にさかのぼって意味が生まれる書き方は、意識したところでした。3冊セットで読んだからこその到達点が表現できていたと分かって嬉しいです。
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左京区に過剰なエモを与えない
――今後京都を題材に作品を執筆する予定は。
具体的には決まっていないけれど、京都を舞台にすることはあるでしょうね。他の都市と比べて徒歩で自由に移動しやすく、作品に使いやすいんです。でも京都自体を売りにするのではなく、京都で暮らす人たちを書きたいと思っています。まさに「実家が北白川」のように、暮らしている人にとっては普通の生活の場という意識です。
――京都をニュートラルに描くことに関心があると。
鴨川デルタや左京区が、エモーショナルな場所として勝手に消費されるのは良くないと思っています。読み手がエモいって思うのは自由だけれど、それを作者がやるのは違う。舞台として京都を書くこともあるけど、過剰にエモくはしたくないんです。
――京大生に向けて。
意外に、大学時代にこうすればよかったと思うことは少ないですね。あえて挙げるなら勉強かな。本を読むとか、専門科目を何かひとつ多く受けてみるとか。とりあえず授業を入れておいて出席するうちに新たなヒントがつかめることもあるので、ひとつずつでもやってみることが大事だと思います。
――共通テスト受験生にエールを。
落ち着いてやることが大切です。私の受験生時代は、迷ったときははじめに思いついた答えにすると決めていました。ブレるくらいだったら最初に決める。作中で成瀬が「リラックスできる服装で」って言っていたのもその通りですね。暑ければ脱げばいいので、暖かくしていくと良いと思います。これは母としてのアドバイスです(笑)。
私は40歳になってから本を出して人前に出るようになったので、人生先のことはわからないんですよ。みんながみんな志望校に受かるわけではないし、受かったからといってその先うまくいくとも限らない。わからないから、希望を捨てずに生きていってほしいと思っています。
――ありがとうございました。
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〈書評〉成瀬の生き様が伝える生への肯定 『成瀬は都を駆け抜ける』
待望のシリーズ3作目となる本作では、前作『成瀬は信じた道をいく』で京大入学が明かされた主人公・成瀬あかりの京都での生活が、満を持して描かれる。タイトルの通り成瀬が市内を縦横に堪能する作中には、京大生なら聞いた瞬間に景色が浮かんでくるような地名や店名が多く取り入れられている。この瞬間にも成瀬たちが京都で生きているかのような現実感に、ワクワクした京大生読者も多いだろう。
本作は、前作同様に各話ごとに視点人物が代わる短編集である。成瀬と各人物の関わりから、それぞれのキャラクターの人生と成瀬自身の生き様が浮かび上がってくるのが面白い。特に印象的なのが、第4話「そういう子なので」での成瀬の母・美貴子の語りだ。幼少期から、はいはいやカルタなどで人並外れた能力を発揮しながら、感情表現の乏しさゆえに周囲の無理解にさらされてきた成瀬を、美貴子は「そういう子なので」のひと言とともに見守る。無事に長生きしてくれたらなんでもいい、と鷹揚に構える母のもとで、成瀬は成瀬らしく育った。決して多弁でない母の思いやりを、しっかりと受け取った成瀬の素直な心にも胸が温まる。
過去2作と今作を比べると、環境の変化とともに成瀬自身が変化していることにも気がつく。小学生時代には周囲を寄せつけず孤立していた成瀬が、今作では、人と人とをつなげる存在になった。例えば第3話「ぼきののか」では、簿記2級合格の嘘がバレて炎上したYouTuber・ぼきののかのため、成瀬が第1・2話で出会った京大生の友人たちを集めて勉強配信をする。成瀬が出会ってきた人々が、成瀬を介してつながり大きな輪になっていく。成瀬に恋した男子・西浦はそんな成瀬を「太陽みたい」と形容した。
広がっていく成瀬の交友関係と対比的に描かれるのが、シリーズを通して繰り返し描かれてきた成瀬とその幼馴染・島崎のペアである。最終第6話「琵琶湖の水は絶えずして」で、びわ湖大津観光大使として再びバディを組んだ2人は、琵琶湖疏水の疏水船に乗って京都市から大津市へと帰還する。観光大使の活動を通じて、「あかり」の名前らしく友人たちの輪のなかで輝く成瀬を見た島崎が、ふと「成瀬は誰に照らされているんだろう」と気がつく場面は象徴的だ。読者はここで初めて、輪の中心で充実した大学生活を送る成瀬が、その裏で孤独を抱える可能性に思い至る。第1作『成瀬は天下を取りにいく』で成瀬が掲げた目標を反復する、島崎の「二百歳まで生きる」宣言は、死ぬまで成瀬をひとりにしない覚悟である。読者にとっても他の登場人物たちにとっても遠くの「太陽」になった成瀬の隣に、中学生の頃と変わらず肩を並べて歩いてくれる、シリーズを通して島崎が果たした役割は大きい。
成瀬シリーズが人気を博した理由は何かと考えてみると、登場人物たちの抱える素朴な苦しさとそれに向き合う成瀬のまっすぐな言葉が伝える、生への肯定感が思い当たる。作中の視点人物たちは、例えば失恋の虚しさ、虚栄心のためについてしまう嘘、異性へのこじれた憧れなど、誰もが共感できる等身大の大学生活を送る。それは決して美化されることもなければ、救いがないほどの暗さとしても描かれない。素朴に生きる人々が、同じく素朴に、しかし大胆に生きる成瀬の有り様に触れて、人生への前向きな態度を回復する姿に救われる人は多いはずだ。あっさりした読後感ながら、作品の根底に「変」でも「普通」でも「間違って」いてもその人なりに生きていけばいいと、人生を肯定する感覚があるように思う。その押し付けのない前向きさが他にない魅力だ。
大津にたどり着く琵琶湖疏水を舞台として第1作から今作までの主要人物を登場させ、本シリーズはさっぱりと幕を下ろした。この潔さも成瀬らしい。成瀬にはひとしきり憧れさせてもらったから、これから先も、成瀬らしく人生を駆け抜けていって欲しいと願うばかりである。(桃)
◆書誌情報
『成瀬は都を駆け抜ける』
宮島未奈著、新潮社
2025年
1700円+税
『成瀬は都を駆け抜ける』
宮島未奈著、新潮社
2025年
1700円+税
