文化

「女子バディ×地元×青春」の爆発力 『成瀬は天下を取りにいく』

2023.08.01

「女子バディ×地元×青春」の爆発力 『成瀬は天下を取りにいく』

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく 』(新潮社刊)

本作は「女による女のためのR―18文学賞」で、史上初の大賞・読者賞・友近賞のトリプル受賞を果たし、一躍有名になった。作者の宮島未奈は京大文学部の卒業生でもある。

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」。

大津市在住の女子中学生2人の夏休みを描いた短編『ありがとう西武大津店』は、主人公・成瀬あかりの宣言で幕を開ける。大津市唯一のデパートである西武大津店が1か月後に営業終了することを受け、地元を愛する成瀬は、西武で連日行われるローカル番組の中継に、閉店まで毎日映り込むことを決めた。幼馴染の島崎は、突拍子もない成瀬の提案にも慣れた様子で、「行けたら行く」スタンスで、成瀬とともに西武大津店へ通い始める。

本作の魅力の大部分が、成瀬と島崎、付かず離れずなこのバディによって生まれているのは、間違いないだろう。「期末テストで500点満点を取る」「200歳まで生きる」とスケールの大きい宣言をしては実現を目指して邁進する成瀬と、それを見守る島崎。成瀬が島崎に協力を強いることはなく、あくまで自己実現の活動なのがクールだ。一方、「成瀬あかり史を見届ける」をモットーに変わり者の成瀬を観察する島崎は、淡々としているようで、しばしば成瀬に置いて行かれたような寂しさも抱いている。成瀬はかっこいい。だから島崎の切なさに共感できる。

本作は大津市を舞台とする6本の短編からなるが、この「地元」感と「青春」の相性の良さも目を見張るものがある。2本目の『膳所から来ました』は、西武大津店に通い詰めるというプロジェクトを終えた成瀬が、島崎とコンビを組んでМ―1に出場し漫才の頂点を目指す物語だ。2人が組んだコンビ名は「ゼゼカラ」。「膳所から来ましたゼゼカラです!」の挨拶や、西武大津店にかこつけた西武ライオンズのユニフォームの舞台衣装、予行練習として文化祭で漫才を発表する場面など、具体的で小規模な「地元」の描き方が「青春」のイメージにハマっている。

ど真ん中青春小説なのに、押し付けがなく、さらりと読み終えてしまう。でも、読み終えた心の中には、確実に、人生への前向きな気持ちが芽生えている。夏を迎える今にちょうどいい、人生のエネルギーになる一冊だ。(桃)

◆書誌情報
『成瀬は天下を取りにいく』
宮島未奈/著、新潮社、
2023年3月発売、
1550円+税

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