〈シンポジウム〉「管理強化」に哲学で「待った」を 京大内外から4氏登壇
2024.09.16
左から重田氏、國分氏、大河内氏、細見氏、松本氏
シンポジウム前半では、各登壇者が大学や社会における「管理強化」について問題を提起した。まず、國分氏はフランス人哲学者のジル・ドゥルーズの「管理社会論」を紹介した上で、教育環境と職業環境が地続きになった「生涯教育」が進み、人々が常に「平常点」を評価される現状を指摘した。次に大河内氏は、ヒュームやカント、ヘーゲルといった哲学者の「人種差別的」な側面や、それに対して真摯に向き合わない立場がドイツの知識人層に依然として残っていることを指摘し、哲学という分野についての再考を提案した。また、重田氏は明治大における「管理強化」や、フランス人哲学者のミシェル・フーコーの思想を紹介し、管理・監視される側の無関心さと鈍感さを批判した。続いて細見氏は、哲学を考える上で、各思想の特殊性や個別性を排除せずに尊重することで思想の普遍性が得られる、と述べた。さらに細見氏はギターとハーモニカを持って、金時鐘(キム・シジョン)氏の詩『自序』と、自身の楽曲『京大からタテ看が消える日』を熱唱した。
シンポジウム後半では、参加者が4氏に質問や意見を投げかけ議論が白熱した。その中で國分氏は、言語と歴史の重要性を、重田氏は、管理・監視に対して「腹を立てること」の重要性を強調した。質疑応答は1時間に及び、シンポジウム終了後も、多くの参加者が登壇者と意見交換を続けていた。
当日は、京大や他大学の学生のみならず、一般の参加者が他都府県からも集まり、100名以上が耳を傾けた。(燕)
