【特集】「女子枠」制度を考える 第2回 大学・文科省に訊く施策の意図
2024.08.01
京大は3月、理・工学部にあわせて39名分の女性限定の募集枠を設置することを発表した。特集第1回(6月1日号掲載)では、3名の研究者に取材し、「女子枠」設置に至った背景や入試制度としての問題点について訊いた。
今回は、京大への取材を通して施策の意図を明らかにする。また、他大学や文部科学省への取材から、政策の狙いや実施状況を探る。(史)
他大学に取材 制度の運用や検討状況を探る
東工大 大幅な女子比率向上を図る 社会の議論呼び 考える契機を生んだ
名工大 女性技術者求める声に応える 国立大で初の設置 学内では反発も
名古屋大 「過度な優遇措置」ではない 否定的な見解に「丁寧な説明」が必要
クオータ制 導入の検討を4大学に取材 京大 「一般選抜の方法になじまず」
文科省 理工系の女子増加「重要な課題」 各大学に趣旨や合理性の説明求める
文科省の施策 大学の受け止め 京大 「助言や情報を参考に」
京大は2026年度入学者向けの特色入試から、理学部で15名、工学部で24名分の女性限定の募集枠を設けることを3月に発表した。設置の目的に「構成員の多様性の確保」をあげる。
本紙が京大の担当理事に対し、女性募集枠設置の狙いや意義についてインタビュー取材を申し込んだところ、京大は「担当理事が多忙を極めている」との理由で、大学として文書で回答した。
施策の狙いは「入学者の女性割合を設定すること」ではなく、「多様な観点や経験を持った学生がいる場」を目指し「女性学生の数が極めて少ない現状を変えていく」ことにあると説明する。理・工学部の女性募集枠の設定は全学部で行っている「入学者における女性比率を上げるための取り組み」の一つであり、手段は女性募集枠のみに「依存しない」と述べた。
一般入試と特色入試の合計人数は理学部で311名、工学部で952名であり、このうち女性枠は理学部15名、工学部24名。女性募集枠が一般選抜と特色入試全体の入学者に占める割合は、理学部で4・8%、工学部で2・5%になる。
多様性を確保する目的を達成するために十分な規模と考えているか尋ねたところ、京大は、一般選抜や既存の特色入試による女性の入学も勘案し、募集人員を決めたと説明する。理学部では女性募集枠ではない特色入試の募集人員も増やしたという。
否定的な意見も含む、SNSでの女性募集枠に関する言論について尋ねると、「多種多様な反響があること」は予想しており、反響を実際に認識していると述べた。その上で、学生の「女性比率が著しく低い」ことは、性別を問わず学生にとって「学習に適切な場ではない」との見解を示し、「それを是正する方法としての女性募集枠は、現状の問題が解消されるまでは合理的な理由がある」と説明する。制度の合理性を社会に理解してもらい、「本学で学ぶ力を備えている女性」が入学を希望することを目指して種々の活動を実施するとした。
女性募集枠の設置を通して社会にどんなメッセージを届けたいか。京大は「女性の学生を増やしていきたい」という意思をはっきりと示すことで、理工系進学への抵抗や不安感を持つ生徒やその周囲の意識を変えたいという。また、「理工系で活躍する女性についての社会全体の意識が変わっていくこと」を期待していると述べた。女性入学者の増加により「学生の多様性」が増せば、新たな視点からのアイデアや意見が生まれ「対話と切磋琢磨のなかで大学教育が活性化し、本学の研究の質の向上にもつながる」との考えを示した。
京大は、多様性の観点として国籍や出身地、年齢などをあげた上で、「多様さを包摂したキャンパス」にすることは重要であり、現状が教育理念に照らして適切かは「常に点検していく必要がある」とした。
多様性を確保するための今後の施策を尋ねると、「入学者の多様性は志願者集団の持つ多様性により制約を受ける」ため「多様な背景を備えた人たち」が入学を希望することが大切だとの見解を示し、選抜における多様性の考慮事項とその取扱いについては、判定結果が社会にどう受け入れられるかを勘案する必要があると述べた。
多様性の観点には様々な要素があるなか、多様性を見る観点として性別を取り上げた理由を尋ねたが、回答の中で理由への直接的な言及がなかった。
学内外における女性募集枠の周知方法を問うと、学外へは▼記者会見やオンライン説明会▼高校への広報活動▼ホームページへの掲載等で周知しており、今後も継続すると答えた。学内に対しては、全学共通科目でジェンダー論について扱ったり、教員の理解を深めるためファカルティ・ディベロプメント(※)を実施したりしているという。取り組みについて「これで十分であると考えず、学内外への周知を更に進め、理解を得られるようにますます努力していかなければならない」と説明した。
女子学生への支援について尋ねると、学部生・大学院生の有志で構成される理学女子会の活動を支援し、「女性学生の直面する問題の解決」を図っているという。今年度は理学部で女子休憩室の設置やトイレの整備を行うと説明した。工学部では、各キャンパスに女性用の休憩スペースや保健室を設置して「男女問わず学生を支援する体制」を整えていると回答した。
今後については、「女性募集枠の実施にあたっては、導入後の状況をたえず点検し、それを踏まえて改善等をはかる」と回答した。
他大学での実施状況を見てみよう。本紙は計8大学に対して、性別を出願要件とする入試方法について取材を依頼し、東工大、名古屋大、名工大から回答を得た。
文科省は本紙の取材に、理工系分野での女子を対象とした選抜を実施する国公立大学は2023年度入試で5大学、24年度入試で14大学と増加傾向にあると述べた。
旧帝国大学(北海道大、東北大、東京大、名古屋大、京大、大阪大、九州大)では、名古屋大が既に導入し、京大、大阪大が導入を発表している。名古屋大は23年度入試から工学部4学科の学校推薦型選抜に女子枠を導入した。大阪大は、26年度入試より基礎工学部4学科の学校推薦型選抜に「女性枠」を設けることを発表している。
本紙は、性別を出願要件とする入試方法について、北海道大、東北大、東京大、名古屋大、大阪大、九州大に加え、1994年度入試から実施している名古屋工業大(以下、名工大)と、24年度入試から実施している東京工業大(以下、東工大。東京医科歯科大と合併し、10月から東京科学大に改称)の計8大学に取材を申し込んだ。既に導入した、もしくは導入を発表した4大学に対しては、制度の意図や募集人数の理由について尋ねた。導入を発表していない4大学に対しては、学内の検討状況や女子学生比率向上のための施策について尋ねた。
8大学のうち、東工大、名古屋大、名工大から回答を得た。なお、北海道大、東京大、大阪大は取材を辞退し、九州大、東北大は期日までに取材可否を明かさなかった。
北海道大は取材には対応しかねるとした上で、「多様な背景を持った者を対象とする選抜」について検討を開始する予定で、いわゆる「女子枠」や「地域枠」に関する事項も取扱う予定だが、詳細は「未定」だとした。東京大は、「入試の多様性について女子枠以外の選択肢もふくめて実効的な対応策を検討の最中である」ため取材を辞退するとした。 また大阪大は「女性枠」が「女子学生の教育体制の充実総合パッケージ」という様々な取り組みの1つであるため、「女性枠だけを切り出しての取材は遠慮したい」と説明した。
まず、東工大の回答から見る。東工大は24年度入試から、4学院(学部と大学院を統一したもの)の総合型選抜および学校推薦型選抜において女性を対象とした「女子枠」計58名分を設置。25年度入試では、理学院、工学院への新設に加え、情報理工学院の定員を増やし、計149名分の女子枠を設ける。
東工大は22年11月に導入を発表し、一般選抜などでの合格者を含めて全学院で合格者の女子学生比率が20%を超える見込みを示した。これは、多様な個性を持つ人々が教育・研究の現場で生み出す新たな考えや発想により様々な社会課題を解決に導く「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みの一環で、「女子学生比率の向上を飛躍的に加速させるための大きな挑戦」だと位置づけた。
導入を発表した後、とりわけSNSにおいて様々な反応があり、中には否定的な意見も見られた。東工大はこれらの意見について「社会で広く議論が巻き起こり、理工系での女性活躍について真剣に考えるきっかけになった」との見解を示した。
設置人数について、「大幅に女子学生率を向上すべく」各学院で検討をしたことを明かした。「ここまで大規模な人数での導入は他に例がなく、入学する女子学生がマイノリティとならない規模である」とした上で、「社会で理工系での女性活躍を考えるための、インパクトのあるメッセージとなった」との考えを示した。なお女子枠の選考では「期待する水準に達した者」のみを合格とするため、定員に欠員が出る場合もある。その場合は欠員を一般選抜(前期日程)の募集人員に加えるという。
また理・工学院での導入が1年遅れた理由を尋ねたところ、理学院で全体の選抜形式で変更があったほか、工学院で選抜形式が流動的だったため見送ったと回答した。両学部の規模の大きさを考慮し、受験生の準備期間を設ける狙いもあったという。なお、入学試験については、随時振り返りや見直しを行っているとした。
学内への周知に関しては、▼導入に伴う教員説明会▼22年11月の公表後に在学生向け説明会▼22年に計4回、在学生との対話会▼23年から24年に計5回、教員対象の意見交換ワークショップを実施したという。また、益一哉(ます・かずや)学長が女子枠導入の経緯を説明する動画や学生・教職員向けの啓発動画を作成し、視聴を促したと説明した。入学した女子学生がのびのびと活躍するためには構成員の理解が必須であるとして、「今後も女子枠やダイバーシティの女子枠の理解に努めたい」と述べた。
多様性の確保という目的に関して、多様性を見る観点として性別以外の要素もある。今回とりわけ性別について取り上げた理由を尋ねたところ、「13%と著しく低い学士課程の女子学生率を改善することがまずは重要と考えた」と回答した。
ダイバーシティや多様性については出身地や国籍、人種、性別等があり、学生だけではなく教職員の多様性も重要だと述べた。学生の多様性を確保するための施策として奨学金制度をあげ、大隅良典記念奨学金には、女子学生枠に加え、地方出身者枠、ファースト・ジェネレーション枠(※)を設け、「経済的支援による多様な学生の獲得」も目指していると述べた。なお、25年度の学校推薦型選抜と総合型選抜の学生募集要項には、日本人学生と外国人学生の混住型寮・女子寮の開設により、環境整備をしているとの記載がある。
女子学生への支援については、性別や入試区分によって教育上の扱いを変えていないとした上で、女子学生を対象とした奨学金の導入や学食メニューの充実、女性用休憩室やトイレ改修やパウダールーム機能があるトイレの設置、生理用品の提供、夜間のキャンパスの照明改善などに取り組んでいるという。
現実には、現状の東工大でも性別に関係なく、様々な学生・卒業生が「様々な場で活躍している」が、「様々なアンコンシャス・バイアス(※)が、女子学生が理工系を目指す際の阻害要因になっている」との見解を示した。今回の施策を通して「理工系の大学はひろく女子学生を受け入れていること」を周知するとともに、理工系のバックグラウンドをもって様々な分野で活躍する人材を育成するために、「社会全体でジェンダーバイアスがなくなるように伝えていきたい」と述べた。
次に、名工大の回答を見る。名工大は、94年度入試から機械工学科(現在の電気・機械工学科)の学校推薦型選抜で女子特別推薦を実施しており、24年度入試より新たに3学科で13名の枠を設置し、計28名の「女子枠」を置く。
名工大は、国立大で初めて女性を対象にした募集枠を採用した。導入の背景を尋ねたところ、男女雇用機会均等法の影響で、中京地域の製造業担当者から「女性技術者を求める声」があったと説明する。しかし機械工学科では、導入以前には入学者のうち女子学生が年1名程度しかおらず、「女子がマイノリティですらない状況」だった。そのため、関係省庁と相談した上で制度を設計したという。
「女子枠」に関しては、一般選抜を通過せずに合格した学生が入学後の学習で遅れを取るのではないかと懸念する声もある。学業成績や就職状況についての傾向を尋ねると、入試結果や成績をもとに女子特別選抜で入学した学生を分析した結果「現時点で他の選抜区分と比較して大きく異なるような傾向はみられない」との認識を示し、就職状況についても同様だと説明した。
導入当時から現在に至るまでに大学に寄せられた意見を尋ねたところ、導入当時は学内から「逆差別であり、男女平等の精神に反する」「男子学生の入学の権利を奪う」等の意見があったことを明かした。これらの意見に対しては「男女平等を実現するため、進出が遅れている分野に女性を導くものであり、十分な数が確保されれば廃止すること」「女性に対する差別があることが前提であり、あくまで女性が進出しにくい分野に対する是正措置であること」「入学後の成績を見ても、一般選抜の学生と大きく差が生じているわけではなく、能力に劣っている受験生をかさ上げして選抜しているものではないこと」との説明を行ったという。
対して、学外からの反対意見はそれほど多く出ていないと明かした。「中京地域では技術系女性労働者の少なさと輩出の必要性が認識されていたからではないか」との見解を示す。
制度の周知については、受験生への説明、高校等に対する推薦選抜の説明会の開催などにより「積極的に制度への理解をいただいてきている」と述べた。
女子学生への支援について尋ねたところ、入学前教育(※)は全ての年内入試合格者を対象にしており、女子学生は入学後も他の学生も利用できる学生サポートの制度を活用しているため、現時点で大学として女子学生に向けた支援は特に行っていないとした。学内設備については女子トイレを増やす対応を行っており、現在、生理用品の常備を検討するなど「女子学生が快適に学べる環境」の構築に向けて取り組んでいるという。また、女子学生団体「彩綾〜SAYA〜」が、自主的に新入生歓迎や就職のイベントを開催し、学科・学年をこえた女子学生の繋がりを形成していると説明した。
24年度入試から13名分の枠を新設する。人数を決めた理由については、女子入学者率の向上が見込まれ、「各学科(分野)の定員を換算し現状の入試体制で行える範囲」として決定したことを明かした。女子特別選抜を拡大することで、工学分野において「女性研究者・技術者が様々な技術開発や課題解決のために必要不可欠である」というメッセージを社会に送り、女子が工学分野を選択する後押しにつなげていきたいと述べる。
今後について、入試制度は一般的に「出願者入学者の動向や、入試の妥当性の検証、社会の求める人材の変化に伴い、逐次検証・変更されていくものであり、女子特別選抜についても同様である」と説明した。
最後に、名古屋大の回答を見る。名古屋大は、23年度入試から工学部7学科のうち、4学科の学校推薦型選抜で計21名分の女子枠を導入している。本紙の取材には工学部・工学研究科の担当者が応じた。
施策の目的を尋ねたところ、設置の背景として、企業で女子学生の採用を増加する傾向や女性の採用枠を設ける動きが広がっている一方、工学系への女子学生の入学者は過去から少ないままであることから「大学として優秀な女子学生の積極的な出願を促し、入学者の多様性をより推進することが求められていた」と説明した。
さらに、工学部の男女比は約9:1であり、性別の偏りが顕著な現状がジェンダーバイアスを「より強化してしまう可能性」も考えられ、現状への対応は「多様性を求める社会」において必要であると述べる。「名古屋大学工学部は女性を歓迎している」ことを示すとともに、「女性人材の育成・輩出という産業界のニーズ」に応えるため導入を決定したと述べた。
また、工学部の女子枠は学校推薦型選抜の一般枠との併願が可能だ。女子枠は未来にわたる「構成員の多様性確保を重視した措置」であり、「入口の広さ」を今まで以上に伝え、性別によらず選択肢として「自然に」考えてもらうことを期待しているという。
女子枠制度の運用の評価を尋ねたところ、実施後2年の経過であり「統計的に客観的評価を行うことは時期尚早」とする。以前から毎年実施している追跡調査では、ほとんどの学科において学校推薦型選抜による入学者が一般選抜の入学者よりも、特にリーダー性、学力、関心、意欲が高いという結果を得ているという。
女子枠への様々な言論があり、中には否定的な意見があることは認識していると答えた。その上で、女子枠は「ポジティブアクションとして設定されたものである」とし、否定的な意見を持つ者に対して「丁寧な説明が必要である」との考えを示す。特に、「過度に女子学生を優遇し、男子学生の進学を阻むものではないこと」を理解してもらう必要性を感じているという。優遇ではないとする理由として、▼面接と書類審査に加えて大学入学共通テストを課して「十分な基礎学力のある生徒」を選抜していること▼25年度入試の女子枠は一般入試も含めた募集枠の約3%にすぎないことをあげる。
学外への周知の取り組みとして、高校等を対象に、入試説明会の実施やパンフレットの送付を行うほか、各学科の教員が主体的に訪問や出前講義も実施しているという。23年度入試と24年度入試を比較すると女子枠の志願者数は増加しているとして、「広報活動に一定の効果があった」と分析した。また、メディア等からの取材に対しても積極的に主旨や制度についての情報発信を心がけているという。今後も制度の広報活動は積極的に継続するとした。
学内の反応について、入学生の入試区分は非公開であり、女子枠での合格者が入学後に特定されることはないとした上で、女子枠の合格者が他の学生と同じカリキュラムを履修し、遜色なく学修する様子から「批判的な意見」は少ないと説明する。
女子学生への支援について、履修カリキュラムや奨学金等、学生生活において「入試区分や性別に特定した女子学部生への特別な措置」は行っていないと回答した。施設面については「女性の過ごしやすい環境づくり」に力を入れており、女性の学生・教職員が占有できる「リフレッシュルーム」を設置しているという。
将来的な女子枠の定員増加や他学部への拡大については、「現時点で未定」とした上で、工学部では女子枠を置く学科等の変更を検討していると回答した。
格差是正のためマイノリティに定数または定数比率のポストや議席を割り当てる措置であるクオータ制は、極端に低い女性比率の状況を変える手法の1つであると言える。ここでは、一般入試へのクオータ制の導入についての質問に対する、京大、東工大、名工大、名古屋大の見解をまとめた。
京大は、募集人員全体のうち一定の人数を特定の性別の志願者から選抜するクオータ制の仕組みは、「学力試験の総合得点の順位により合格者が決まる一般選抜の選抜方法になじまず、性別を用いて得点を調整するのと同じことになる」ため、一般選抜への導入を検討していないと答えた。
また、京大は特色入試においても女性募集枠を用いない場合には、「総合判定で性別は一切考慮されない」と明言した。直近3年間の入試結果では、一般入試の志願者・合格者における女子比率はどちらも20~22%程度を推移しているのに対して、特色入試の志願者における女子比率は50%程度、特色入試の合格者における女子比率は35%程度を推移している。
東工大は、一般選抜への女子枠導入も検討したが、単一の評価軸で選抜を行う一般選抜への女子枠導入は難しく、多様な評価軸で選抜を行う総合型選抜と学校推薦型に導入したと説明する。なお、東工大の女子枠は欠員を一般選抜の募集人員に加えるため、いわゆるクオータ制とは意味合いが違うと述べた。
名工大は、入学者選抜でクオータ制の導入は「現時点では行う予定はない」とした。現行の女子推薦枠は、女子学生が安心して学習できる環境を確保する観点が大きく、結果として一般選抜を含む大学全体の女子志願者増加につなげていくことが目的であるという。単に数値目標を立てて女子枠を作ることは、「急激な学習環境の変化を学生に求めるものであって、導入の趣旨に合わない」との見解を示した。
名古屋大は、書類審査、共通テスト及び面接を実施する学校推薦型選抜への「女子枠」設置により、該当分野を学ぶ意欲、態度、加えて学力評価にて総合的な選抜を実施することが出来るため、現時点で一般入試への「女子枠」の設定は検討していないとした。
なお、22年12月2日の参議院文教科学委員会において、政府参考人は、一般入試でも一定の属性を有する入学志願者の選抜枠を設けること自体は禁止していないと述べた。ただ、一般選抜で実施する場合でも、調査書や小論文、入学志願者本人が記載する資料等を通じ、大学が多様性を実現していく上で必要と考える特性をしっかりと確認し、そのような選抜を実施する合理性を社会に対して丁寧に説明することが必要だとの見解を示している。
文科省は理工系学部での女子学生の割合についてどのような見解を持ち、各大学の施策にどう関与しているのか。本紙は文科省に対して取材を申し込み、高等教育局の大学教育・入試課大学入試室入試第三係から回答を得た。
文科省は、22年6月に通知した「令和5年度大学入学者選抜実施要項」において、多様性を確保する観点から、一般選抜のほか多様な入試方法の対象になる者として「理工系分野における女子」を具体例にあげた。
22年の通達に「理工系分野における女子」を明記した理由を尋ねた。文科省は「我が国の成長を担う高度人材を育成する上で、理工系分野の学部等に進学する女性の割合を高めていくことは重要な課題」と位置づけていることに加え、キャンパスでの多様性の確保は「困難な事情を抱えた者に配慮する」ためだけでなく、「議論や発想に多様性をもたらし、教育環境の質を高め」るためであることもあげた。
また、高等教育政策全般について包括的な提言を行った18年11月の中央教育審議会答申が、SDGsの「誰一人として置き去りにしない」という考えを踏まえ「高等教育を多様な人材が集まり新たな価値が創造される場にする」と提言したことも背景にあるとする。
文科省は本紙の取材に、理工系分野での女子を対象とした選抜を実施する国公立大学は2023年度入試で5大学、24年度入試で14大学と増加傾向にあると述べた。
現在の状況について、理工系分野における女子を対象とした選抜を実施する国公立大学が増加しており、「各大学における多様な価値観が集まるキャンパス実現に向けた取組が進んでいる」との見解を述べた。
各大学が設置した女子枠に対する反響を把握しているか尋ねたところ、様々な意見があることは「承知している」とした。文科省が対応の必要性を感じているのか問うと、多様な背景等を持った入学者の選抜の実施については各大学が「趣旨や方法について社会に対して合理的な説明を行うことが重要」だとして、実施大学による丁寧な対応を求めた。その上で、多様な背景等をもった者を対象とする選抜を行う場合、入試方法として▼選抜区分を分けること▼選抜趣旨や方法を合理的に説明することなどの留意すべき事項を「各種会議の場」などを通じて大学に説明していると述べた。
また、理工系学部の女性比率増加を図る大学の施策に関して、入学者選抜の検討に直接関与することはないとした上で、▼多様な背景等をもった者を対象とする選抜の工夫に関する好事例の収集や展開▼各種会議等の場も活用した趣旨や留意すべき点の周知▼大学からの相談への対応などを行っていると説明した。
教育未来創造会議(※)が「運営費交付金等、大学への資源配分において女性登用のインセンティブの付与を行う」と提言していることに関連して、具体的な内容を尋ねたところ、文科省は国立大学運営費交付金の配分に関する評価指標に「ダイバーシティ環境醸成の状況」を設け、各大学等の女性教員比率等を評価していると説明した。
教育未来創造会議の提言には、「社会による理数への学びや性別役割分担にかかるジェンダーバイアスを排除し、社会的機運を醸成する」と記載がある。文科省の具体的な取り組みについては、保護者や教員への働きかけを含め、ロールモデルの提示やワークショップ・出前講座の実施の支援を通し、「女子生徒の理系分野への興味・関心を高め、適切に理系分野を選択できる」ことを目指しているとした。また、関係府省と連携し「理工チャレンジ(リコチャレ)」(※)を実施し、理工系分野で活躍している女性からのメッセージ等の情報発信を行っていると述べた。理系分野を選択する女子生徒の割合は諸外国と比べて低い水準であり、「引き続き、女子生徒の理系分野への進路選択を促進するための取組を進めていく必要がある」との考えを示した。
本紙は、京大、東工大に対して、22年の文科省による通達の影響を尋ねた。京大は、女性募集枠の導入について独自に議論を行う中で、文科省からの助言や情報を参考にしたという。東京工業大も、文部科学省からの通達が「導入の後押し」となったと明かす。
また、今回の導入が国際卓越研究大学(※)への採択を念頭に置いたものであるか東工大、名古屋大、京大に尋ねたところ、東工大は「国際卓越研究大学への申請は、女子枠導入とは関係のないもの」、名古屋大は「国際卓越研究大学への採択を念頭に制度実施を決めたわけではございません」と述べた。なお、京大は回答の中で国際卓越研究大学について言及しなかった。
今回は、京大への取材を通して施策の意図を明らかにする。また、他大学や文部科学省への取材から、政策の狙いや実施状況を探る。(史)
目次
京大 現状問題解決まで「合理的」多様性増し 研究の質向上へ他大学に取材 制度の運用や検討状況を探る
東工大 大幅な女子比率向上を図る 社会の議論呼び 考える契機を生んだ
名工大 女性技術者求める声に応える 国立大で初の設置 学内では反発も
名古屋大 「過度な優遇措置」ではない 否定的な見解に「丁寧な説明」が必要
クオータ制 導入の検討を4大学に取材 京大 「一般選抜の方法になじまず」
文科省 理工系の女子増加「重要な課題」 各大学に趣旨や合理性の説明求める
文科省の施策 大学の受け止め 京大 「助言や情報を参考に」
京大 現状問題解決まで「合理的」多様性増し 研究の質向上へ
京大は2026年度入学者向けの特色入試から、理学部で15名、工学部で24名分の女性限定の募集枠を設けることを3月に発表した。設置の目的に「構成員の多様性の確保」をあげる。
本紙が京大の担当理事に対し、女性募集枠設置の狙いや意義についてインタビュー取材を申し込んだところ、京大は「担当理事が多忙を極めている」との理由で、大学として文書で回答した。
女性募集枠のみに依存しない
施策の狙いは「入学者の女性割合を設定すること」ではなく、「多様な観点や経験を持った学生がいる場」を目指し「女性学生の数が極めて少ない現状を変えていく」ことにあると説明する。理・工学部の女性募集枠の設定は全学部で行っている「入学者における女性比率を上げるための取り組み」の一つであり、手段は女性募集枠のみに「依存しない」と述べた。
一般入試と特色入試の合計人数は理学部で311名、工学部で952名であり、このうち女性枠は理学部15名、工学部24名。女性募集枠が一般選抜と特色入試全体の入学者に占める割合は、理学部で4・8%、工学部で2・5%になる。
多様性を確保する目的を達成するために十分な規模と考えているか尋ねたところ、京大は、一般選抜や既存の特色入試による女性の入学も勘案し、募集人員を決めたと説明する。理学部では女性募集枠ではない特色入試の募集人員も増やしたという。
社会の意識を変える
否定的な意見も含む、SNSでの女性募集枠に関する言論について尋ねると、「多種多様な反響があること」は予想しており、反響を実際に認識していると述べた。その上で、学生の「女性比率が著しく低い」ことは、性別を問わず学生にとって「学習に適切な場ではない」との見解を示し、「それを是正する方法としての女性募集枠は、現状の問題が解消されるまでは合理的な理由がある」と説明する。制度の合理性を社会に理解してもらい、「本学で学ぶ力を備えている女性」が入学を希望することを目指して種々の活動を実施するとした。
女性募集枠の設置を通して社会にどんなメッセージを届けたいか。京大は「女性の学生を増やしていきたい」という意思をはっきりと示すことで、理工系進学への抵抗や不安感を持つ生徒やその周囲の意識を変えたいという。また、「理工系で活躍する女性についての社会全体の意識が変わっていくこと」を期待していると述べた。女性入学者の増加により「学生の多様性」が増せば、新たな視点からのアイデアや意見が生まれ「対話と切磋琢磨のなかで大学教育が活性化し、本学の研究の質の向上にもつながる」との考えを示した。
キャンパスの多様性 常に点検
京大は、多様性の観点として国籍や出身地、年齢などをあげた上で、「多様さを包摂したキャンパス」にすることは重要であり、現状が教育理念に照らして適切かは「常に点検していく必要がある」とした。
多様性を確保するための今後の施策を尋ねると、「入学者の多様性は志願者集団の持つ多様性により制約を受ける」ため「多様な背景を備えた人たち」が入学を希望することが大切だとの見解を示し、選抜における多様性の考慮事項とその取扱いについては、判定結果が社会にどう受け入れられるかを勘案する必要があると述べた。
多様性の観点には様々な要素があるなか、多様性を見る観点として性別を取り上げた理由を尋ねたが、回答の中で理由への直接的な言及がなかった。
周知をさらに広める
学内外における女性募集枠の周知方法を問うと、学外へは▼記者会見やオンライン説明会▼高校への広報活動▼ホームページへの掲載等で周知しており、今後も継続すると答えた。学内に対しては、全学共通科目でジェンダー論について扱ったり、教員の理解を深めるためファカルティ・ディベロプメント(※)を実施したりしているという。取り組みについて「これで十分であると考えず、学内外への周知を更に進め、理解を得られるようにますます努力していかなければならない」と説明した。
女子学生への支援について尋ねると、学部生・大学院生の有志で構成される理学女子会の活動を支援し、「女性学生の直面する問題の解決」を図っているという。今年度は理学部で女子休憩室の設置やトイレの整備を行うと説明した。工学部では、各キャンパスに女性用の休憩スペースや保健室を設置して「男女問わず学生を支援する体制」を整えていると回答した。
今後については、「女性募集枠の実施にあたっては、導入後の状況をたえず点検し、それを踏まえて改善等をはかる」と回答した。
編集部注
※ファカルティ・ディベロプメント:全学・部局の教育課題に対応した勉強会の企画などを実施している。京大では、全学や各部局、個々の教員の教育向上・改善の取り組みを促し相互交流を図ることをめざして、教育制度委員会FD専門委員会が中心に進めている。
※ファカルティ・ディベロプメント:全学・部局の教育課題に対応した勉強会の企画などを実施している。京大では、全学や各部局、個々の教員の教育向上・改善の取り組みを促し相互交流を図ることをめざして、教育制度委員会FD専門委員会が中心に進めている。
目次へ戻る
他大学に取材 制度の運用や検討状況を探る
他大学での実施状況を見てみよう。本紙は計8大学に対して、性別を出願要件とする入試方法について取材を依頼し、東工大、名古屋大、名工大から回答を得た。
文科省は本紙の取材に、理工系分野での女子を対象とした選抜を実施する国公立大学は2023年度入試で5大学、24年度入試で14大学と増加傾向にあると述べた。
旧帝国大学(北海道大、東北大、東京大、名古屋大、京大、大阪大、九州大)では、名古屋大が既に導入し、京大、大阪大が導入を発表している。名古屋大は23年度入試から工学部4学科の学校推薦型選抜に女子枠を導入した。大阪大は、26年度入試より基礎工学部4学科の学校推薦型選抜に「女性枠」を設けることを発表している。
本紙は、性別を出願要件とする入試方法について、北海道大、東北大、東京大、名古屋大、大阪大、九州大に加え、1994年度入試から実施している名古屋工業大(以下、名工大)と、24年度入試から実施している東京工業大(以下、東工大。東京医科歯科大と合併し、10月から東京科学大に改称)の計8大学に取材を申し込んだ。既に導入した、もしくは導入を発表した4大学に対しては、制度の意図や募集人数の理由について尋ねた。導入を発表していない4大学に対しては、学内の検討状況や女子学生比率向上のための施策について尋ねた。
8大学のうち、東工大、名古屋大、名工大から回答を得た。なお、北海道大、東京大、大阪大は取材を辞退し、九州大、東北大は期日までに取材可否を明かさなかった。
北海道大は取材には対応しかねるとした上で、「多様な背景を持った者を対象とする選抜」について検討を開始する予定で、いわゆる「女子枠」や「地域枠」に関する事項も取扱う予定だが、詳細は「未定」だとした。東京大は、「入試の多様性について女子枠以外の選択肢もふくめて実効的な対応策を検討の最中である」ため取材を辞退するとした。 また大阪大は「女性枠」が「女子学生の教育体制の充実総合パッケージ」という様々な取り組みの1つであるため、「女性枠だけを切り出しての取材は遠慮したい」と説明した。
目次へ戻る
東工大 大幅な女子比率向上を図る 社会の議論呼び 考える契機を生んだ
まず、東工大の回答から見る。東工大は24年度入試から、4学院(学部と大学院を統一したもの)の総合型選抜および学校推薦型選抜において女性を対象とした「女子枠」計58名分を設置。25年度入試では、理学院、工学院への新設に加え、情報理工学院の定員を増やし、計149名分の女子枠を設ける。
女子学生比率向上への大きな挑戦
東工大は22年11月に導入を発表し、一般選抜などでの合格者を含めて全学院で合格者の女子学生比率が20%を超える見込みを示した。これは、多様な個性を持つ人々が教育・研究の現場で生み出す新たな考えや発想により様々な社会課題を解決に導く「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みの一環で、「女子学生比率の向上を飛躍的に加速させるための大きな挑戦」だと位置づけた。
導入を発表した後、とりわけSNSにおいて様々な反応があり、中には否定的な意見も見られた。東工大はこれらの意見について「社会で広く議論が巻き起こり、理工系での女性活躍について真剣に考えるきっかけになった」との見解を示した。
例を見ない大規模な人数
設置人数について、「大幅に女子学生率を向上すべく」各学院で検討をしたことを明かした。「ここまで大規模な人数での導入は他に例がなく、入学する女子学生がマイノリティとならない規模である」とした上で、「社会で理工系での女性活躍を考えるための、インパクトのあるメッセージとなった」との考えを示した。なお女子枠の選考では「期待する水準に達した者」のみを合格とするため、定員に欠員が出る場合もある。その場合は欠員を一般選抜(前期日程)の募集人員に加えるという。
また理・工学院での導入が1年遅れた理由を尋ねたところ、理学院で全体の選抜形式で変更があったほか、工学院で選抜形式が流動的だったため見送ったと回答した。両学部の規模の大きさを考慮し、受験生の準備期間を設ける狙いもあったという。なお、入学試験については、随時振り返りや見直しを行っているとした。
学内への周知に関しては、▼導入に伴う教員説明会▼22年11月の公表後に在学生向け説明会▼22年に計4回、在学生との対話会▼23年から24年に計5回、教員対象の意見交換ワークショップを実施したという。また、益一哉(ます・かずや)学長が女子枠導入の経緯を説明する動画や学生・教職員向けの啓発動画を作成し、視聴を促したと説明した。入学した女子学生がのびのびと活躍するためには構成員の理解が必須であるとして、「今後も女子枠やダイバーシティの女子枠の理解に努めたい」と述べた。
「著しく低い」女子学生比率を改善
多様性の確保という目的に関して、多様性を見る観点として性別以外の要素もある。今回とりわけ性別について取り上げた理由を尋ねたところ、「13%と著しく低い学士課程の女子学生率を改善することがまずは重要と考えた」と回答した。
ダイバーシティや多様性については出身地や国籍、人種、性別等があり、学生だけではなく教職員の多様性も重要だと述べた。学生の多様性を確保するための施策として奨学金制度をあげ、大隅良典記念奨学金には、女子学生枠に加え、地方出身者枠、ファースト・ジェネレーション枠(※)を設け、「経済的支援による多様な学生の獲得」も目指していると述べた。なお、25年度の学校推薦型選抜と総合型選抜の学生募集要項には、日本人学生と外国人学生の混住型寮・女子寮の開設により、環境整備をしているとの記載がある。
女子学生への支援については、性別や入試区分によって教育上の扱いを変えていないとした上で、女子学生を対象とした奨学金の導入や学食メニューの充実、女性用休憩室やトイレ改修やパウダールーム機能があるトイレの設置、生理用品の提供、夜間のキャンパスの照明改善などに取り組んでいるという。
現実には、現状の東工大でも性別に関係なく、様々な学生・卒業生が「様々な場で活躍している」が、「様々なアンコンシャス・バイアス(※)が、女子学生が理工系を目指す際の阻害要因になっている」との見解を示した。今回の施策を通して「理工系の大学はひろく女子学生を受け入れていること」を周知するとともに、理工系のバックグラウンドをもって様々な分野で活躍する人材を育成するために、「社会全体でジェンダーバイアスがなくなるように伝えていきたい」と述べた。
編集部注
※ファースト・ジェネレーション枠:家族の中ではじめて大学に進学する世代のこと。ここでは、親が4年制大学を卒業していない者を対象とする
※アンコンシャス・バイアス:無意識の思い込み。
※ファースト・ジェネレーション枠:家族の中ではじめて大学に進学する世代のこと。ここでは、親が4年制大学を卒業していない者を対象とする
※アンコンシャス・バイアス:無意識の思い込み。
目次へ戻る
名工大 女性技術者求める声に応える 国立大で初の設置 学内では反発も
次に、名工大の回答を見る。名工大は、94年度入試から機械工学科(現在の電気・機械工学科)の学校推薦型選抜で女子特別推薦を実施しており、24年度入試より新たに3学科で13名の枠を設置し、計28名の「女子枠」を置く。
中京地域の産業界からの要請
名工大は、国立大で初めて女性を対象にした募集枠を採用した。導入の背景を尋ねたところ、男女雇用機会均等法の影響で、中京地域の製造業担当者から「女性技術者を求める声」があったと説明する。しかし機械工学科では、導入以前には入学者のうち女子学生が年1名程度しかおらず、「女子がマイノリティですらない状況」だった。そのため、関係省庁と相談した上で制度を設計したという。
「女子枠」に関しては、一般選抜を通過せずに合格した学生が入学後の学習で遅れを取るのではないかと懸念する声もある。学業成績や就職状況についての傾向を尋ねると、入試結果や成績をもとに女子特別選抜で入学した学生を分析した結果「現時点で他の選抜区分と比較して大きく異なるような傾向はみられない」との認識を示し、就職状況についても同様だと説明した。
十分に確保されれば廃止する
導入当時から現在に至るまでに大学に寄せられた意見を尋ねたところ、導入当時は学内から「逆差別であり、男女平等の精神に反する」「男子学生の入学の権利を奪う」等の意見があったことを明かした。これらの意見に対しては「男女平等を実現するため、進出が遅れている分野に女性を導くものであり、十分な数が確保されれば廃止すること」「女性に対する差別があることが前提であり、あくまで女性が進出しにくい分野に対する是正措置であること」「入学後の成績を見ても、一般選抜の学生と大きく差が生じているわけではなく、能力に劣っている受験生をかさ上げして選抜しているものではないこと」との説明を行ったという。
対して、学外からの反対意見はそれほど多く出ていないと明かした。「中京地域では技術系女性労働者の少なさと輩出の必要性が認識されていたからではないか」との見解を示す。
制度の周知については、受験生への説明、高校等に対する推薦選抜の説明会の開催などにより「積極的に制度への理解をいただいてきている」と述べた。
工学を選択する後押し
女子学生への支援について尋ねたところ、入学前教育(※)は全ての年内入試合格者を対象にしており、女子学生は入学後も他の学生も利用できる学生サポートの制度を活用しているため、現時点で大学として女子学生に向けた支援は特に行っていないとした。学内設備については女子トイレを増やす対応を行っており、現在、生理用品の常備を検討するなど「女子学生が快適に学べる環境」の構築に向けて取り組んでいるという。また、女子学生団体「彩綾〜SAYA〜」が、自主的に新入生歓迎や就職のイベントを開催し、学科・学年をこえた女子学生の繋がりを形成していると説明した。
24年度入試から13名分の枠を新設する。人数を決めた理由については、女子入学者率の向上が見込まれ、「各学科(分野)の定員を換算し現状の入試体制で行える範囲」として決定したことを明かした。女子特別選抜を拡大することで、工学分野において「女性研究者・技術者が様々な技術開発や課題解決のために必要不可欠である」というメッセージを社会に送り、女子が工学分野を選択する後押しにつなげていきたいと述べる。
今後について、入試制度は一般的に「出願者入学者の動向や、入試の妥当性の検証、社会の求める人材の変化に伴い、逐次検証・変更されていくものであり、女子特別選抜についても同様である」と説明した。
編集部注
※入学前教育:推薦入試合格者は事前に配布する教材で自学自習するとともに、特に必要となる数学の準備授業を受ける。
※入学前教育:推薦入試合格者は事前に配布する教材で自学自習するとともに、特に必要となる数学の準備授業を受ける。
目次へ戻る
名古屋大 「過度な優遇措置」ではない 否定的な見解に「丁寧な説明」が必要
最後に、名古屋大の回答を見る。名古屋大は、23年度入試から工学部7学科のうち、4学科の学校推薦型選抜で計21名分の女子枠を導入している。本紙の取材には工学部・工学研究科の担当者が応じた。
多様性確保を重視
施策の目的を尋ねたところ、設置の背景として、企業で女子学生の採用を増加する傾向や女性の採用枠を設ける動きが広がっている一方、工学系への女子学生の入学者は過去から少ないままであることから「大学として優秀な女子学生の積極的な出願を促し、入学者の多様性をより推進することが求められていた」と説明した。
さらに、工学部の男女比は約9:1であり、性別の偏りが顕著な現状がジェンダーバイアスを「より強化してしまう可能性」も考えられ、現状への対応は「多様性を求める社会」において必要であると述べる。「名古屋大学工学部は女性を歓迎している」ことを示すとともに、「女性人材の育成・輩出という産業界のニーズ」に応えるため導入を決定したと述べた。
また、工学部の女子枠は学校推薦型選抜の一般枠との併願が可能だ。女子枠は未来にわたる「構成員の多様性確保を重視した措置」であり、「入口の広さ」を今まで以上に伝え、性別によらず選択肢として「自然に」考えてもらうことを期待しているという。
学校推薦型選抜者の特徴
女子枠制度の運用の評価を尋ねたところ、実施後2年の経過であり「統計的に客観的評価を行うことは時期尚早」とする。以前から毎年実施している追跡調査では、ほとんどの学科において学校推薦型選抜による入学者が一般選抜の入学者よりも、特にリーダー性、学力、関心、意欲が高いという結果を得ているという。
男子学生の進学を阻むものではない
女子枠への様々な言論があり、中には否定的な意見があることは認識していると答えた。その上で、女子枠は「ポジティブアクションとして設定されたものである」とし、否定的な意見を持つ者に対して「丁寧な説明が必要である」との考えを示す。特に、「過度に女子学生を優遇し、男子学生の進学を阻むものではないこと」を理解してもらう必要性を感じているという。優遇ではないとする理由として、▼面接と書類審査に加えて大学入学共通テストを課して「十分な基礎学力のある生徒」を選抜していること▼25年度入試の女子枠は一般入試も含めた募集枠の約3%にすぎないことをあげる。
学外への周知の取り組みとして、高校等を対象に、入試説明会の実施やパンフレットの送付を行うほか、各学科の教員が主体的に訪問や出前講義も実施しているという。23年度入試と24年度入試を比較すると女子枠の志願者数は増加しているとして、「広報活動に一定の効果があった」と分析した。また、メディア等からの取材に対しても積極的に主旨や制度についての情報発信を心がけているという。今後も制度の広報活動は積極的に継続するとした。
学内の反応について、入学生の入試区分は非公開であり、女子枠での合格者が入学後に特定されることはないとした上で、女子枠の合格者が他の学生と同じカリキュラムを履修し、遜色なく学修する様子から「批判的な意見」は少ないと説明する。
女子学生への支援について、履修カリキュラムや奨学金等、学生生活において「入試区分や性別に特定した女子学部生への特別な措置」は行っていないと回答した。施設面については「女性の過ごしやすい環境づくり」に力を入れており、女性の学生・教職員が占有できる「リフレッシュルーム」を設置しているという。
将来的な女子枠の定員増加や他学部への拡大については、「現時点で未定」とした上で、工学部では女子枠を置く学科等の変更を検討していると回答した。
目次へ戻る
クオータ制 導入の検討を4大学に取材 京大 「一般選抜の方法になじまず」
格差是正のためマイノリティに定数または定数比率のポストや議席を割り当てる措置であるクオータ制は、極端に低い女性比率の状況を変える手法の1つであると言える。ここでは、一般入試へのクオータ制の導入についての質問に対する、京大、東工大、名工大、名古屋大の見解をまとめた。
京大は、募集人員全体のうち一定の人数を特定の性別の志願者から選抜するクオータ制の仕組みは、「学力試験の総合得点の順位により合格者が決まる一般選抜の選抜方法になじまず、性別を用いて得点を調整するのと同じことになる」ため、一般選抜への導入を検討していないと答えた。
また、京大は特色入試においても女性募集枠を用いない場合には、「総合判定で性別は一切考慮されない」と明言した。直近3年間の入試結果では、一般入試の志願者・合格者における女子比率はどちらも20~22%程度を推移しているのに対して、特色入試の志願者における女子比率は50%程度、特色入試の合格者における女子比率は35%程度を推移している。
東工大は、一般選抜への女子枠導入も検討したが、単一の評価軸で選抜を行う一般選抜への女子枠導入は難しく、多様な評価軸で選抜を行う総合型選抜と学校推薦型に導入したと説明する。なお、東工大の女子枠は欠員を一般選抜の募集人員に加えるため、いわゆるクオータ制とは意味合いが違うと述べた。
名工大は、入学者選抜でクオータ制の導入は「現時点では行う予定はない」とした。現行の女子推薦枠は、女子学生が安心して学習できる環境を確保する観点が大きく、結果として一般選抜を含む大学全体の女子志願者増加につなげていくことが目的であるという。単に数値目標を立てて女子枠を作ることは、「急激な学習環境の変化を学生に求めるものであって、導入の趣旨に合わない」との見解を示した。
名古屋大は、書類審査、共通テスト及び面接を実施する学校推薦型選抜への「女子枠」設置により、該当分野を学ぶ意欲、態度、加えて学力評価にて総合的な選抜を実施することが出来るため、現時点で一般入試への「女子枠」の設定は検討していないとした。
なお、22年12月2日の参議院文教科学委員会において、政府参考人は、一般入試でも一定の属性を有する入学志願者の選抜枠を設けること自体は禁止していないと述べた。ただ、一般選抜で実施する場合でも、調査書や小論文、入学志願者本人が記載する資料等を通じ、大学が多様性を実現していく上で必要と考える特性をしっかりと確認し、そのような選抜を実施する合理性を社会に対して丁寧に説明することが必要だとの見解を示している。
目次へ戻る
文科省 理工系の女子増加「重要な課題」 各大学に趣旨や合理性の説明求める
文科省は理工系学部での女子学生の割合についてどのような見解を持ち、各大学の施策にどう関与しているのか。本紙は文科省に対して取材を申し込み、高等教育局の大学教育・入試課大学入試室入試第三係から回答を得た。
通達に「理工系分野の女子」を明記した理由
文科省は、22年6月に通知した「令和5年度大学入学者選抜実施要項」において、多様性を確保する観点から、一般選抜のほか多様な入試方法の対象になる者として「理工系分野における女子」を具体例にあげた。
22年の通達に「理工系分野における女子」を明記した理由を尋ねた。文科省は「我が国の成長を担う高度人材を育成する上で、理工系分野の学部等に進学する女性の割合を高めていくことは重要な課題」と位置づけていることに加え、キャンパスでの多様性の確保は「困難な事情を抱えた者に配慮する」ためだけでなく、「議論や発想に多様性をもたらし、教育環境の質を高め」るためであることもあげた。
また、高等教育政策全般について包括的な提言を行った18年11月の中央教育審議会答申が、SDGsの「誰一人として置き去りにしない」という考えを踏まえ「高等教育を多様な人材が集まり新たな価値が創造される場にする」と提言したことも背景にあるとする。
現在の状況の評価
文科省は本紙の取材に、理工系分野での女子を対象とした選抜を実施する国公立大学は2023年度入試で5大学、24年度入試で14大学と増加傾向にあると述べた。
現在の状況について、理工系分野における女子を対象とした選抜を実施する国公立大学が増加しており、「各大学における多様な価値観が集まるキャンパス実現に向けた取組が進んでいる」との見解を述べた。
女子枠に対する反響の認知
各大学が設置した女子枠に対する反響を把握しているか尋ねたところ、様々な意見があることは「承知している」とした。文科省が対応の必要性を感じているのか問うと、多様な背景等を持った入学者の選抜の実施については各大学が「趣旨や方法について社会に対して合理的な説明を行うことが重要」だとして、実施大学による丁寧な対応を求めた。その上で、多様な背景等をもった者を対象とする選抜を行う場合、入試方法として▼選抜区分を分けること▼選抜趣旨や方法を合理的に説明することなどの留意すべき事項を「各種会議の場」などを通じて大学に説明していると述べた。
大学に対する取り組み
また、理工系学部の女性比率増加を図る大学の施策に関して、入学者選抜の検討に直接関与することはないとした上で、▼多様な背景等をもった者を対象とする選抜の工夫に関する好事例の収集や展開▼各種会議等の場も活用した趣旨や留意すべき点の周知▼大学からの相談への対応などを行っていると説明した。
教育未来創造会議(※)が「運営費交付金等、大学への資源配分において女性登用のインセンティブの付与を行う」と提言していることに関連して、具体的な内容を尋ねたところ、文科省は国立大学運営費交付金の配分に関する評価指標に「ダイバーシティ環境醸成の状況」を設け、各大学等の女性教員比率等を評価していると説明した。
社会に向けた取り組み
教育未来創造会議の提言には、「社会による理数への学びや性別役割分担にかかるジェンダーバイアスを排除し、社会的機運を醸成する」と記載がある。文科省の具体的な取り組みについては、保護者や教員への働きかけを含め、ロールモデルの提示やワークショップ・出前講座の実施の支援を通し、「女子生徒の理系分野への興味・関心を高め、適切に理系分野を選択できる」ことを目指しているとした。また、関係府省と連携し「理工チャレンジ(リコチャレ)」(※)を実施し、理工系分野で活躍している女性からのメッセージ等の情報発信を行っていると述べた。理系分野を選択する女子生徒の割合は諸外国と比べて低い水準であり、「引き続き、女子生徒の理系分野への進路選択を促進するための取組を進めていく必要がある」との考えを示した。
編集部注
※「教育未来創造会議での提言」:22年5月10日、理工系や農学系の分野をはじめとした女性の活躍推進について▼理工系などの分野で女子学生枠の確保に積極的に取り組む大学への運営交付金や私学助成による支援強化▼理工系などの分野に進学する女子学生への官民共同の修学支援プログラムなどを行うと発表した。教育未来創造会議は内閣官房におかれている。
※「理工チャレンジ(リコチャレ)」:2005年から内閣府男女共同参画局が中心に行う取り組み。理工系分野が充実している大学や企業の紹介や、イベント情報の提供などを通して女子中高生・女子学生が理工系分野に興味関心を持って進路選択できるよう支援する。
※「教育未来創造会議での提言」:22年5月10日、理工系や農学系の分野をはじめとした女性の活躍推進について▼理工系などの分野で女子学生枠の確保に積極的に取り組む大学への運営交付金や私学助成による支援強化▼理工系などの分野に進学する女子学生への官民共同の修学支援プログラムなどを行うと発表した。教育未来創造会議は内閣官房におかれている。
※「理工チャレンジ(リコチャレ)」:2005年から内閣府男女共同参画局が中心に行う取り組み。理工系分野が充実している大学や企業の紹介や、イベント情報の提供などを通して女子中高生・女子学生が理工系分野に興味関心を持って進路選択できるよう支援する。
目次へ戻る
文科省の施策 大学の受け止め 京大 「助言や情報を参考に」
本紙は、京大、東工大に対して、22年の文科省による通達の影響を尋ねた。京大は、女性募集枠の導入について独自に議論を行う中で、文科省からの助言や情報を参考にしたという。東京工業大も、文部科学省からの通達が「導入の後押し」となったと明かす。
また、今回の導入が国際卓越研究大学(※)への採択を念頭に置いたものであるか東工大、名古屋大、京大に尋ねたところ、東工大は「国際卓越研究大学への申請は、女子枠導入とは関係のないもの」、名古屋大は「国際卓越研究大学への採択を念頭に制度実施を決めたわけではございません」と述べた。なお、京大は回答の中で国際卓越研究大学について言及しなかった。
編集部注
※国際卓越研究大学:国際的に卓越した研究を行い、社会に変化をもたらす研究成果が期待される大学を国が「国際卓越研究大学」に認定する。10兆円を運営する「大学ファンド」から年間数百億円を拠出し、「世界と伍する」研究大学の形成を目指す。
※国際卓越研究大学:国際的に卓越した研究を行い、社会に変化をもたらす研究成果が期待される大学を国が「国際卓越研究大学」に認定する。10兆円を運営する「大学ファンド」から年間数百億円を拠出し、「世界と伍する」研究大学の形成を目指す。