文化

これが左京区の学生生活 青羽悠『22歳の扉』

2024.04.16

これが左京区の学生生活 青羽悠『22歳の扉』
私事で恐縮だが、京都に来てから2年が経った。親元を離れて初めての一人暮らし。自転車を買ってようやく京都に住む実感が沸いたこと。底冷えが予想よりひどく、実家からコートを取り寄せたこと。深夜、あてもなく自転車を走らせていたこと。そして「左京区」らしいゆっくりとした時間の流れに、段々と共鳴していったこと。

『22歳の扉』は、京都で学生生活を送る、あるいは送ったことのある読者にとって、そういう個人的な経験を呼び起こすような仕上がりの小説になっている。

物語は主人公の田辺朔が大学進学のため京都に越してくるところから始まる。理学部に入学した朔は、どこか落ち着かない気持ちで日々を過ごす。冒頭、朔は独白する。クラスメイトと「話すきっかけも見当たらず、僕はいつもそそくさと教室を出た。かと言って、向こうから勇んで話し掛けられるのも苦手だった」。まるで既視感しかない。

評者はそのまま3回生の今に至るが、朔には転機が訪れる。1回生の11月、朔は偶然にも大学の構内、「旧文学棟の地下」に足を踏み入れ、そのなかの一室で活動するバー・ディアハンツの存在を知った。飄々とした長髪の先輩・夷川からあるきっかけでディアハンツのマスターを引き継いだ朔は、多くの人と関わりあい、物事を経験していく。

本作の舞台は左京区を中心とした京都。そのまま現実世界が描かれているわけではなく、作中の一個の世界として「京都」が存在している。一つの独自の世界観を打ち立てることに成功していると言える。

その一方でこの類の物語は、登場人物と読み手自身との経験の重なり具合によって、読者の間でも読み方に大きな差異が生まれる宿命にある。左京区の学生文化に馴染みのない読者からすれば、現実に存在する事柄を描いていてもどこかマジックリアリズム的になってしまう京都の学生生活を追体験し、自身の経験と比較する楽しみ方ができるだろう。しかし、左京区の現役学生が読むと、どこか肌に合わない気まずさを感じることになるかもしれない。なまじ読者自身の経験とのアナロジーを喚起しやすい物語だ。まだ学生生活を相対化しきれていない場合、楽しみ方が難しい作品だと感じた。ある種理想の大学生の姿が描かれてはいるが、その姿に対して嫉妬せず素直に受け入れられる現役学生の読者が果たしてどれだけいるだろうか。

とはいえ、ひとつの学生生活総体を描く物語として非常に完成度の高い作品だった。いつかこの学生生活のかけがえなさに本当の意味で気づいたとき、またページをめくりたい一冊。(涼)

◆書誌情報
『22歳の扉』
青羽悠/著
集英社
2024年4月発売
1800円+税

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