文化

直木賞受賞 京都でおくる青春文学! 『八月の御所グラウンド』

2024.02.16

直木賞受賞 京都でおくる青春文学! 『八月の御所グラウンド』
筆者の万城目学(まきめ・まなぶ)氏は京大法学部出身。2006年、京都を舞台にした『鴨川ホルモー』でデビューした。今回、ホルモーシリーズ以来16年ぶりに京都を描いた『八月の御所グラウンド』で、第170回直木賞を射止めた。中編2作で構成される本書のうち、ここでは表題作を紹介する。

主人公は、京都の大学に通う4回生の「俺」。大学の友人で、祇園でクラブのボーイをしている多聞(たもん)に、ある「お願い」をされるところから物語は始まる。それは多聞が率いるチームの一員として草野球大会に出場すること。「こんな溶けそうなくらい暑い盛りに、外で野球? 頭おかしいだろ。俺は絶対に嫌だ」とはじめは乗り気ではない「俺」だったが、多聞に借財していたこと、高級焼き肉を奢られたことを思い出し、しぶしぶ承諾することになる。

試合場所は、京都御所グラウンド。素人の「俺」を9人目に加えるも、みごとにチームは初戦突破をする。2回戦目は、中国人留学生でゼミ仲間のシャオさんを招き、再び勝利を重ねる。3回戦目には、3人のメンバーがお盆で帰省してしまい、不戦敗を危ぶむも、「遠藤」「山下」「えーちゃん」が土壇場で合流し、なんとか勝利する。

試合が進むにつれ、シャオさんは、「えーちゃん」が伝説のピッチャー「沢村栄治」に似ていることに気付く。沢村英治は京都商業学校(現在の京都先端科学大学付属高校)出身で、甲子園でエースとして活躍後、160キロの剛速球を武器にプロ野球史上初のMVPに選出された。しかし日中戦争の拡大により徴兵され、1944年にわずか27歳で生涯を閉じる。他人の空似として片づけた「俺」だったが、インターネットで沢村の画像を漁るたび、えーちゃんと沢村に「『似ている』を超えた同一性」を感じ始める。

試合後、次にシャオさんは「遠藤」についての疑惑を打ち明ける。遠藤の名前が第二次世界大戦で軍に召集され、戦死した学生名簿に載っているというのだ。チームメンバーへ次々と募る懐疑をよそに、4試合目が2日後に迫る。

タイトルにある「御所グラウンド」をご存じだろうか。京都に下宿して2年になる評者は知らなかったが、歴代天皇の住まいである京都御所内には、テニスや野球ができるグラウンドが整備されているらしい。舞台は真夏の京都。「八月を迎え、京都盆地は丸ごと地獄の窯となって、大地を茹で上がらせていた」という一文が、京の酷暑を臨場感たっぷりに伝える。

主人公の「俺」は、「四回生の夏休み、本来ならば目の色を変えて就職活動に励まなくては、いや、あがかないといけない時期なのに、すべてをあきらめ、バイトもせずにただ怠惰に日々を暮らしていても、へっちゃらな人間」と自己評価する。「俺」に自分自身を見る読者もいるかもしれない。

多彩な筆致で描かれた京の町は、見慣れた風景であるはずなのに、なぜか普段より魅惑的だ。「澱んだ夜の熱気に包まれ、高瀬川はいつも以上に存在感が薄く、限りない低い水位でもって日々の営みを続けていた。」「人気のない道を川音に耳を浸されながらペダルを踏んでいると、妙にしんみりとした気持ちが寄せてくるから、夜の鴨川は苦手だ」。生活の機微なにおいまでも包含する文調、それと対照的に、奇想天外で興味をそそる非日常的なストーリーのコントラストが読者を物語の世界へ誘い込む。特に青春時代を京都で送った方に、自信をもっておすすめできる一冊だ。(順)

◆書誌情報
著者:万城目学
出版社:文藝春秋
発行日:2023年8月
定価 1600円+税

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