文化

社会規範を映すヒロイン像に迫る 『女の子の謎を解く』

2023.10.16

社会規範を映すヒロイン像に迫る 『女の子の謎を解く』
「女の子」が活躍する物語には、読者を惹きつける不思議な魅力があると思う。彼女たちが何かを成し遂げようとする姿勢は、力強くてまぶしい。そんな彼女たちの姿に、私自身これまで何度も励まされ、毎日の生活を頑張って生き抜こうと思えた。

著者はヒロインが大好きな書評家である。彼女たちについての疑問を解こうとした時、女性主人公の物語や少女漫画の評論が少ないことに気付く。本書は「もっとヒロインについて批評する言葉が増えてもいいはずでは!?」という思いから、コンテンツに描かれた女の子について語った本である。小説・漫画だけにとどまらず、ドラマや映画など広範な作品を対象にしてヒロイン、つまり「物語で活躍する女性」について丁寧に分析する。1部では登場キャラクターに、2部では作品に、3部では物語を貫徹するテーマに焦点を当てて、ヒロインがどのように描かれてきたかを紐解いていく。

例えば、1部では「なんで物語の姉妹キャラクターは姉が落ち着いていて妹が元気なことが多いの?」という謎を取り上げる。この「テンプレート」的な姉妹の規範を見出すことができる作品として『若草物語』や『細雪』、『となりのトトロ』や『アナと雪の女王』をあげる。『アナと雪の女王』では、姉のエルサが妹のアナの結婚に反対したことをきっかけに、2人の関係が悪化する。加えて、エルサの「あなたのためを思って」という態度は、まるでエルサがアナの母親であるかのように映る。物語における姉妹は、時に母娘のメタファーとして存在するからこそ、多くの作品で「テンプレート」的な姉妹が描かれていると著者は分析する。

ヒロイン分析はアイドルにまで及ぶ。3部では「なぜ2010年代になって大人数のアイドルが流行ったの?」という謎を解くために、新自由主義とアイドルの関係に着目して解説していく。日本では、00年代以降に市場競争を重視する新自由主義的な政策が本格的に実施されてきた。著者は、これらの政策が10年代以降に社会の人々に本格的に影響を与えたと考える。若者を中心とする労働者の間に漂う空気感が、アイドルのあり方に反映されているという仮説のもと、流行の変遷を追う。市場競争による格差が顕在化した10年代初頭、一世を風靡したAKB48には、総選挙や握手会など、競争を促す仕組みがあった。市場で傷ついた人が、競争する少女たちに自分を無意識のうちに投影していた側面があるという考察は、アイドルのあり方について考える新たな視点を提供してくれる。

現代社会を映すヒロイン像を分析する批評の内容は鋭いが、著者の口調は軽快だ。まるで友人と好きな作品について語りあっているかのような親しみさえ覚える文体も、本書の魅力の一つである。著者は「世界は変わってないのに、世界の見え方が変わること」が評論の面白さだと言う。本書を通して、キャラクターや作品に託された作者の思いや、作品に込められたメッセージを多面的に読み解くヒントを手に入れることができる。ヒロインが活躍する物語に一度でも心惹かれたことがある人におすすめの一冊である。(史)

◆書誌情報
『女の子の謎を解く』
三宅香帆/著、笠間書院
2021年11月発売
1500円+税

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