文化

日常風景に人々の思いを見出す 水俣に教えられたこと―写真家と歴史家の対話

2023.12.16

日常風景に人々の思いを見出す 水俣に教えられたこと―写真家と歴史家の対話

水俣について語る芥川氏(左)と藤原准教授(右)

12月6日、人文科学研究所にて講演会「水俣に教えられたこと―写真家と歴史家の対話」が開催された。写真家の芥川仁氏と藤原辰史・人文科学研究所准教授が登壇し、芥川氏の経歴を振り返りつつ、公害問題について議論を交わした。

芥川氏は、大学在学中から写真家として活動し、高千穂・土呂久鉱害事件や水俣病の取材を行ってきた。作中では、公害の健康被害を伝えるというよりもむしろ人々の日常生活の1コマを切り取っている。

土呂久鉱害では、硫ヒ鉄鉱から医薬品や農薬の原料となる亜ヒ酸を生成する過程で排出された煙を吸った住民が慢性ヒ素中毒となり、呼吸器疾患や皮膚ガンを患った。宮崎で育った芥川氏は新聞の告発記事に衝撃を受け、「俺が撮らなきゃ誰が撮るのか」と土呂久に行き、被害の実態を映そうとカメラを向けた。しかし、症状が目に見えないために被害を的確に伝える写真を撮ることはできず、「写真なんか撮って俺たちの役に立つのか」と住民からは門前払いされた。取材を続けるうちに健康被害だけでなく、希望を持った人生や集落の幸せな営みが公害によって奪われたことも被害だと気付いたという。

芥川氏は土呂久の取材を行った後、水俣にも足を運ぶようになった。撮影したのは、何気ない家族の生活風景や漁師の暮らし。しかし、人々の表情や日常の暮らしの中に水俣病事件が与えた不安が垣間見えると語った。そして、水俣病患者と向き合ううちに、「胸の奥にある言葉に仕切れない思いをどう汲み取り、写真に表現するのか」という課題を突きつけられたという。「写真家としてその課題に正面から向き合い、表現の可能性を追求し続けることが自分の役割だと思う」と対談を締めくくった。

質疑応答では、参加者が現在多摩地域で発生している水源汚染の問題と水俣病事件に関連性を見出したと述べ、当事者として問題を考えるために、表現者として心がけていることは何かと問いかけた。それに対して、芥川氏は個々の事案を矮小化せずに問題提起をするために、「暮らし」という人々の共通項を映し出すことが求められていると答えた。当日は約80人が会場に集まり対談に耳を傾けた。講演後には会場に展示された写真を熱心に見入る人の姿もあった。(史)

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