文化

戦う「植物のお医者さん」 『植物病理学は明日の君を願う』

2023.08.01

「植物病理学」という学問をご存じだろうか。その名の通り植物の病気を研究する学問なのだが、初耳だという人も多いかもしれない。しかし、この学問は人類存続の命運を握っていると言っても過言ではない。人類は摂取カロリーの大半を十数種類の植物性食物に依存しており、もし主要作物の間で病気が蔓延すれば、私たちの食生活が根底から揺らがされることになる。こうした危機を回避するために、植物と病原体の関係を明らかにし、植物病の治療・予防を可能にする植物病理学が必要不可欠なのだ。

本作では、植物病理学者の叶木レンリが、新米秘書の千両久磨子とともに植物にまつわる怪事件の真相を科学の力で解明するというスリリングなストーリーが描かれる。この作品の素晴らしさは、マンガに求められるエンタメとしての魅力をいささかも減じることなく、植物病理学という学問の重要性を読者に印象づけることに成功しているところにある。私たち読者は、先の読めない展開に釘付けになるうちに、植物病理学がいかに自分の生活に深くかかわっているかを理解するのだ。

この作品の魅力をさらに高めている要素として、事件の真相にたどり着くために叶木が地道に事実を積み重ねていく過程が緻密に描写されている点に着目したい。たとえば、静岡のある村で発生したミカン樹の大量枯死の真相を探る「災厄の箱事件」において、村中の木々の葉を採取し病の進行度を地図と照らし合わせるという一見地味な調査が、病気の発生地点という、真相解明への大きな手がかりをもたらすことになる。その成果が「魔法」のように想像されることさえある科学は、実は証拠を一つひとつ積み重ねるという泥臭い作業を経てはじめて魔法のような結果を生み出すのだということが全編を通して伝わってくる。そして、地道な道のりだからこそ、事件の全貌が明らかになったときの感慨はひとしおである。しばしば単調で退屈になりがちな科学的に正確な描写を、見事にエンタメに昇華させている作者の力量には脱帽するしかない。

もちろん純粋な娯楽作品としても本作は秀でている。テンポよく進み読者を飽きさせない展開、叶木と千両のコミカルな掛け合い、事件の裏側に隠された人間模様の細やかな描写。一度読み始めるとグイグイと引き込まれ、いつの間にか読み終えてしまう。植物病理学に興味を持っている人だけでなく、今までその存在すら知らなかったという人にもぜひ読んでほしい作品だ。(鷲)

◆書誌情報
『植物病理学は明日の君を願う』
竹良実/著、小学館、
2023年4月発売、650円+税

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