文化

「やりたいこと」を肯定する生き方 『このようなやり方で 300年の人生を生きていく』

2023.07.01

「やりたいこと」を肯定する生き方 『このようなやり方で 300年の人生を生きていく』
「あたいは、船にのっている。でっかい船だ」1989年末、東京を発った19歳の著者「あたい」が、沖縄で過ごした3か月を綴るこの旅日記は、旅愁を誘う船上の情景から始まる。「でも、乗るまでが大変だった」用意をしていたら出港ギリギリになってしまった。タクシーを急がせて埠頭に滑り込み、収容寸前のタラップに駆け込んだ。冒頭11行にしてかくも破天荒な有様に、惹かれるものを感じる。この人は、これからどんな旅をするのだろう。続きが楽しみで、本から目が離せなくなる。

「あたい」はテントの入った大きな荷物を背負って、似顔絵の料金を書いた看板をさげている。似顔絵を描いて旅費を稼ぎ、野営をしたり、人に泊めてもらったりしながら旅をするという方法をとった。だから日記は自然と出会った人とのコミュニケーションが中心になる。似顔絵を描くときに人の顔をよく見るためだろうか、出会う人への眼差しの豊かさは本書の大きな魅力だ。沖縄独自の民俗の描写が、作品の基層を流れる雰囲気を形づくり、良いアクセントを加えている。

日記の形をとっているため、ところどころ記憶を辿るようなおぼつかなさがあるものの、それでいて読みにくいということはない。出来事はおおむね時系列で書かれているし、著者の気分の浮き沈みもわかりやすい。不愉快なことは不愉快そうに、嬉しいことは嬉しそうに書かれているから、素直に読み進めれば「あたい」のマインドで旅を追体験できる。

「あたい」は他人のために生きるよりも、自分のやりたいことをやる(あるいはやろうとしている)姿こそ、人の励みになり、社会や人のためになると考えていた。表題「このようなやり方で300年の人生を生きていく」は「あたい」の決意であり、沖縄への旅はそうした生き方を実践する一歩だった。

将来設計に直面する若い時期には、かくあるべき、という規範を強く意識することがある。規範に従って行動することは確実で楽なのだが、同時に自分がやりたいことを見つめたり、追求したりするうえで妨げになる。そこに葛藤が生まれて、悩むことになる。

本書を貫く「あたい」の人生への向き合い方は、時に規範と対立する「やりたいこと」にとことん寄り添い、やりたいことをして生きていく人生のあり方を肯定する。だからこそ、読者を規範意識から解き放ち、元気づけてくれるのだ。(汐)

『このようなやり方で300年の人生を生きていく あたいの沖縄旅日記』
キョートット出版
2023年

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