文化

書評 ポストゲノム時代を生き抜くために

2008.07.16

文部科学省が企画し発刊された「一家に1枚ヒトゲノムマップ」が、全国の小中学校と高校に無料で配布されたのが2006年。本書はそのヒトゲノムマップの解説書として著された。著者はヒトゲノムマップの作成者でもある生命科学研究科の加納圭さん。生命科学教育について研究している大学院生だ。

本書の前半では、グレゴール・メンデルのエンドウ豆交配実験からヒトゲノム解読計画までの歴史を追いながら、分子生物学全体を俯瞰することができる。高校生物の知識を前提としなければやや難解な部分もあるが、図やコラムが各所に挟まれているため、読んでいて苦痛になることはない。理学部1・2回生レベルの話が出てくるので、私個人としては楽しみながら復習できたという印象。

また、M期・S期、Cdkなど、生物学ではアルファベットで略された単語が多く登場するが、そのひとつひとつを語源から丁寧に解説してくれているところが、ちょっとうれしい。M期のMはMitosis(体細胞分裂)の頭文字、S期のSはSynthesisの頭文字、CdkはCyclin-dependent kinase(サイクリン依存蛋白キナーゼ)の略である。著者の細やかな思いやりが伝わってくるようだ。

後半は「ヒトの耳あかにはドライ型とウェット型の2つがあります」といった遺伝子にまつわる話がオムニバス形式で紹介されている。友達に聞かせたくなるようなおもしろいトピックを交えつつ、ヒトゲノム研究の倫理など、社会的な問題についてもしっかりと言及している点が特徴的だ。文系と理系の融合分野と言われる、サイエンスコミュニケーションの研究者ならではの内容となっている。

巻末には遺伝子の解説がずらりと並ぶ。一応、ヒトゲノムマップの解説とされているのだが、この部分を楽しく読める人はもうゲノムマニアと呼んでいいだろう。相当にマニアック(これは失礼に当たるのか?)な遺伝子の、相当にマニアックな解説が100ページにもわたって行われている。さすがに、全部は読めなかった。しかし、それはさておき、ヒトゲノムマップの解説書としてではなくミクロ生物学の入門書として本書を捉えれば、これほどの良書はなかなか無いように思う。ぜひ一読をおすすめしたい。そして願わくば、巻末の遺伝子解説を夢中で読み進められるような、ゲノムマニア、もとい生物好きになっていただきたい。(侍)

《本紙に写真掲載》

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