文化

〈書評〉圧巻の世界観、物語の奔流 円城塔 「Self-Reference ENGINE」

2022.05.16

本作は、2012年に芥川賞を受賞した円城塔のデビュー作である。ある日突然、時間という概念がぶっ壊れた世界で登場人物たちが繰り広げる冒険譚であり、前日譚であり、喜劇であり、悲劇である。一部と二部合わせて20の章から成り立っており、一見無関係なように見えて実はつながってそうでつながっていないような、そんな多次元空間の物語がおさめられている。

ここまでの説明でわかる通り、この作品はまったくもって「わからない」。第9章の始まりはこうだ。「祖母の家を解体してみたところ、床下から大量のフロイトが出てきた」。物語の舞台設定自体は、章を読み進めていくうちに何となくわかってくるものの、そもそも時間が凍結しているという設定なので、時間が一方向に進まず、起こったはずの出来事が起こっていない、ということが多々発生する。「鯰文書」の解読や「巨大知性体八丁堀」のドタバタ劇といった、ふざけているとしか思えないが、物語の根幹にもかかわっていそうなお話がいくつも続く。

だが読者は、そんな無茶苦茶な世界観にもいつのまにか没入していることに気づく。時空間を超えてありとあらゆるものを記述する文字の可能性に圧倒されるのだ。それが一際強く表れているのが、14章「Coming Soon」だろう。文庫化にあたって追加されたという本編は、作品内では描かれなかった物語の「次回作の予告編」であり、作者によるあとがき的な要素を含む。臨場感あふれるシーンが、断片的に次々と語られていくさまは、まるで映画の予告編だ。映像に限りなく近い解像度を文字で構築しようとしたという点で、この章は作者による実験的短編であるとも言えるだろう。

これらの物語は、「Self-ReferenceEngine」という機械仕掛けの無によって語られていることが最後に明かされる。これはまさしく、存在しないはずの物語の語り手、気ままに文字を操る小説家の存在に他ならない。言葉遊びも実験要素も小説の本質に迫るお話も、すべてごちゃまぜにした本作は、読者を広大な文字の海に引きずり込んでくれるだろう。(藤)

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『Self-Reference ENGINE』
著者:円城塔
出版社:早川書房
発行日:2010年2月
価格:748円(税込)

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