京大生の読書傾向を覗き見! 年間ルネベスト2021(2022.03.16)

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本企画では、昨年1年間に京大生協ブックセンター「ルネ」で売れた書籍のランキングと、そこにランクインした本から編集員が選んだ3冊の書評を掲載する。並ぶタイトルは、毎年お馴染みのものから、世相を反映したものまで様々だ。厳しい寒さも緩み、日に日に近づく春の足音に胸が膨らむ今、気になる本を手に取って、静かな春の訪れを堪能してはいかがだろうか。(編集部)

目次


    「ルネ」での売り上げランキング
    第12位 『華氏451度』 失ったのか、手放したのか
    第21位・第36位 『銃・病原菌・鉄』 欧米中心社会のルーツを辿る
    第25位 『ライティングの哲学』 「書くこと」は理想化との戦いだ

「ルネ」での売り上げランキング


京大生協ブックセンター「ルネ」での売り上げランキング ※教科書・資格本など除く。
(データ提供:京大生協ブックセンタールネ)

1 人新世の「資本論」 斎藤幸平
2 スマホ脳 アンデシュ・ハンセン
3 推し、燃ゆ 宇佐見りん
4 問いの立て方 宮野公樹
5 民主主義とは何か 宇野重規
6 実力も運のうち
能力主義は正義か?
マイケル・サンデル
7 金閣寺 三島由紀夫
8 四畳半神話大系 森見登美彦
9 決定版
自律神経を整える。
Tarzan特別編集
10 熱帯 森見登美彦
11 夜は短し歩けよ乙女 森見登美彦
12 華氏451度 レイ・ブラッドベリ
13 文部科学省 青木栄一
14 英語独習法 今井むつみ
15 ケーキの切れない非行少年たち 宮口幸治
16 思考の整理学 外山滋比古
17 人生は20代で決まる メグ・ジェイ
18 心的現実感と離人感 松下姫歌
19 日常的実践のポイエティーク ミシェル・ド・セルトー
20 フォン・ノイマンの哲学 高橋昌一郎
21 銃・病原菌・鉄 上巻 ジャレド・ダイアモンド
22 現代社会資本論 森裕之
23 老人と海 アーネスト・ヘミングウェイ
24 「私物化」される国公立大学 駒込武
25 ライティングの哲学 千葉雅也・山内朋樹・読書猿・瀬下翔太
26 一九八四年 ジョージ・オーウェル
27 ヒトラー 芝健介
28 学術書を読む 鈴木哲也
29 英語の読み方 北村一真
30 ぼくはイエローでホワイトで、
ちょっとブルー
ブレイディみかこ
31 イシューからはじめよ 安宅和人
32 コンビニ人間 村田沙耶香
33 三体 劉慈欣
34 カール・マルクス『資本論』 斎藤幸平
35 文系と理系はなぜ分かれたのか 隠岐さや香
36 銃・病原菌・鉄 下巻 ジャレド・ダイアモンド
37 伝わる英語表現法 長部三郎
38 そして、バトンは渡された 瀬尾まいこ
39 大学は何処へ 未来への設計 吉見俊哉
40 三体 3 上 劉慈欣
41 デジタル・ミニマリスト カル・ニューポート
42 日本哲学の最前線 山口尚
43 三体 3 下 劉慈欣
44 京大 おどろきのウイルス学講義 宮沢孝幸
45 理不尽な進化 吉川浩満
46 かがみの孤城 上 辻村深月
47 四畳半タイムマシンブルース 森見登美彦
48 歴史修正主義 武井彩佳
49 正欲 朝井リョウ
50 かがみの孤城 下 辻村深月


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第12位 『華氏451度』 失ったのか、手放したのか


この話は、本の所持を禁じられた世界で、本を燃やして処分する「昇」火士の職に就く主人公・モンターグが、燃やす対象であるはずの本に興味を持ち、社会に歯向かいながら失われたものを取り戻そうと奮起する、ディストピア小説である。

ラジオやテレビが普及するにつれ、人々は効率的に享受できる素早くて短い情報ばかりを求めるようになった。途中で閉じて考える時間を取れる本とは違い、テレビやラジオはそんな間を一切与えず進んでいき、答えをすぐに言ってしまう。こういったメディアに囲まれた彼らには、もはや考える時間は無くなってしまい、目の前のことにしか心を使えなくなってしまった。本が焼却されると決められたから悲惨な状況になったのではなく、人々がこんな体たらくになったから本が邪魔になった、というのがこの小説の中の世界の正体である。

昇火士であったモンターグが、この世界に対して疑問を抱き始めるきっかけの1つに、クラリスという少女との出会いがある。考えることのできる数少ない人間の1人だった彼女との交流を通じて、モンターグ自身の考えにも変化が起きていく。

そしてクラリスがモンターグの妻、ミリーと対照的に描かれている点にも注意したい。彼女は日夜テレビに夢中な典型的な大衆である。モンターグが本を持っていることを通報したのもミリーだった。これは彼を陥れようとしたというより、本を持っている人を見たら通報しないといけない、という決まりを無批判に受け入れ、なにも考えないまま行動した、と言った方が正しい。

最もモンターグに近しい存在であるミリーと、モンターグやクラリスとの対比を通じて、この話のテーマの1つ、「幸福とはなにか」が描かれている。

この問いの答えとして考えられるものの1つに、「不快がないこと」があるだろう。考えることを放棄して目の前の快楽に溺れているミリー達はたしかに「幸せ」だろうが、それでいいのかは別問題だ。モンターグは、専ら目の前の快楽に溺れるといった幸せに抵抗しているが、彼にもその兆候があることが仄めかされている。モンターグはミリーとの会話の中で、ミリーとどこで、どのように出会ったのかを思い出せないことに気付く。目の前のことにだけ意識を向けさせて思考を奪う社会に、モンターグも例に漏れず蝕まれているのだ。

そんな中、戦争が勃発してミリーの残る街に爆弾が落とされた。それを遠くから見ているしかなかったモンターグが激しく動揺しながら発した次の台詞は、この物語に出てくる数々の言葉の中でも群を抜いて印象的だ。「ミリーと俺は、シカゴで出会ったんだ」。少しでも不都合なものは全て消し去ってくれる清潔な火、という物語を通じてのモチーフが、ここでも用いられている。しかし、ここで火は物語上初めて、消し去ることに失敗した。つまり、この世界においては死んだ者は燃やされた書物の著書たちと同様、生きる人々の意識からいなくならなければならないはずだが、モンターグは確かにミリーを恋い慕って慟哭したのである。

ミリーとの出会いを思い出すと共に、それまでどうしても思い出せなかった「黙示録」の節が降りてくる。ここでモンターグは自らの、あるいは人類の過去を取り戻したのだ。

これを機に、今までの絶望的な描写が嘘のように、合流した仲間たちとの穏やかで希望に満ちた話が展開されていき、モンターグがほのかな期待を未来に見出して物語はラストを迎える。

さて、この物語に描かれている問題は、我々の社会に通じないだろうか?ネットが発達して簡単に情報が得られるようになり、短くまとめられたニュースで満足し、さらにはキャッチ―な見出しだけで全てを知った気になることさえある。また物語中には耳に差し込めば心地よいラジオが流れてきて思考も現実との関わりも遮断してくれる「巻貝」という機械が出てくる。これは、予言かと疑うほどワイヤレスイヤホンに似ている。現実は、物語が辿ったものと同じ方向に進んでいる。筆者は「このままではいずれこうなるぞ」と脅しているというよりは、多少の誇張はあるものの、現代社会をそのまま風刺したつもりだったのかもしれない。筆者が生きた時代より、今現在の方が物語の世界に近づいてしまっているが。

とすれば、ディストピア小説としては珍しいこの物語の比較的明るいラストは、読者への「今からでも間に合う」というメッセージともとれる。せわしない時代に生きて、ともすれば目の前のことでいっぱいになってしまう我々は、利便さと引き換えに失ったものにそろそろ気付かなければならないのかもしれない。(滝)

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『華氏451度』
レイ・ブラッドベリ(著)、伊藤典夫(訳)
早川書房
2019年6月発売
946円+税
(原著 1953年出版)

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第21位・第36位 『銃・病原菌・鉄』欧米中心社会のルーツを辿る


「東大生協第1位!」の帯に巻かれた本書は、ダイアモンド氏が20世紀末に発表した、ユーラシアの文明優位の世界状況について、地理的観点から説明づけた学際的ノンフィクション書籍である。

タイトルの『銃・病原菌・鉄』は、それぞれ軍事・疫学・インフラの3つの面でユーラシアの文明がいかに発展し他の文明を支配したかを、上下巻全体で議論するという本書の構成を表したものである。そしてこの3つの直接的要因の背景として、各地域の地理的条件を議論の出発点に置いている。

人類史を3つの軸で語るという点では、「認知革命」「農業革命」「科学革命」の3つの革命を挙げたユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を連想させるが、ハラリはホモ・サピエンス全体の発展の歴史を通時的に3分割して論じているのに対し、ダイアモンドは地理的に分けた人間集団同士で現在のような文明格差が生まれた歴史を、3つの異なる視点を導入して共時的に議論している。

本書が売れ筋である最大の理由として、知名度はもちろんのこと、触れられている知識の豊富さや分野横断的な内容が一番に考えられた。中学・高校の世界史や地理で習った言葉が多く出てくる上に、一般向けに書かれた本ともある以上、地域や実験方法などの説明がかなり丁寧であるため、スムーズに読み進めることができる。

大学生なりたてで読む価値もまた大いにある。それぞれの専門科目に入る前に自分の興味関心を把握したり、専門の研究のときは直接触れないだろう一見無関係な知識に触れ発想の幅を広げたりと、リベラルアーツとして得るものは大きい。また、世界の全地域の先史と歴史を著者の切り口でたった2冊の本にまとめているこの作品は、将来自分が論文を書くとなったときの参考になるかもしれない。文章の組み立て方、根拠の挙げ方、図表や地図のまとめ方などの構造に注目して読むのも面白い。

一方、原書が最初に刊行されたのは1997年のことだが、国内外での人権意識の拡大や「発展途上国」の急速な経済成長など国際情勢が複雑に変化した現在あるいはこの先では、本書の発想自体は驚くべきものではないだろう。刊行すぐにベストセラーになったことも原因しているだろうが、新しい着眼点も世に出れば非常に簡単に見えてしまうのは「コロンブスの卵」である。

また、本書はビルゲイツ、ひろゆきをはじめビジネス界からの支持を多く得ている。それは、アメリカ資本中心の国際経済を起源にまで遡り例証しているからだろう。例えば小国分立で自由競争をすることが国家運営の多様性を生んだとして、中央集権的な中国よりヨーロッパが文明を発展させたという議論を展開している。自由競争がより豊かな文明を生むという筋は経済にも流用でき、新自由主義との親和性が高い。下巻に行くほど、現在の世界地図が地理的「偶然」によるものだとしながら、「必然」だったと捉えられる文脈が散見され、欧米中心社会を結果肯定している自己矛盾がある。

著者、ジャレド・ダイアモンドは、アメリカの生理学者・進化生物学者・生物地理学者である。そして本書は、著者が現地調査でニューギニアを訪れた際の、ニューギニア人「ヤリ」が投げかけた疑問に対し、遺伝的な能力の差ではなく地理が生んだ偶然の結果だと答える目的で書かれている。ピュリッツァー賞など多くの賞を受け国際的にも認められる作品だが、ヤリの「あなたたち白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」という疑問に、著者がどう向き合っているのか、様々な視点から見てみると面白いだろう。(怜)

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『銃・病原菌・鉄 上・下』
ジャレド・ダイアモンド(著)、倉骨彰(訳)
草思社
2012年2月発売
各1900円+税

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第25位 『ライティングの哲学』「書くこと」は理想化との戦いだ


本書は、書くことを仕事にしながらも「執筆が苦しい」という悩みを抱える4人が、書くことについて多面的に考えをめぐらせ、新たな執筆のあり方を模索した一冊である。参加メンバーは、哲学者の千葉雅也、美学者で庭師の山内朋樹、正体不明のWebライター「読書猿」、編集者の瀬下翔太。

全体は「座談会その1」「各人の提出原稿」「座談会その2」という3つの章からなる。第一回目の座談会では、互いの執筆経験を共有しつつ、書くことの難しさや挫折の体験を打ち明け合う。そして、「座談会を経てからの書き方の変化」をテーマに、実際に4人が8000字の原稿を執筆する。さらにその執筆体験を元に、「執筆からの解放」というテーマで第二回の対話を行う。

そもそも、一度目の座談会が開かれたのは、「アウトライナー」という文章作成ソフトの使用方法や、それを組み込んだ執筆術について、情報を交換するためであった。アウトライナーは、見出しによって文章をグループ化して表示する機能を持ち、文章全体の構造を階層的に作成・編集することができる。Workflowy、Acta、Tree、Inspirationなど、知らないツールが次々と話題に上り、アウトライナー未経験者には少しマニアックな内容だ。しかし、読み進めるうちに、アウトライナーが、「書けない」悩みを打破するために、有用なアイテムであることがわかってくる。まず、真っ白な画面にゼロから文章を書くのではなく、枠組みの固定されたアウトライナーを用いることで、機械的に文章を構成していくことができる。また、ツリー状に見出しが表示される機能によって、全体の構造と執筆中の地点の関係が把握しやすくなる。座談会終盤には、具体的なツールの話から発展し、いかに理想を捨てて、できることの限られた現実の執筆に向き合うかといった、根本的な課題も共有される。

座談会を経て提出された4人の文章は、構成も表現もバラバラだが、どれも「書くことの苦しさを減らす」ために行なった涙ぐましい試行錯誤の過程を綴っている。「読書猿」氏は、アウトライナーに代表される多様なツールを研究した。千葉氏は、細部まで形式を統一したり余計な言葉を省いたりといった調整作業をやめ、自由な執筆を展開した。山内氏は、書くことをルーティンに組み込み、執筆活動の持続に精力を注いだ。瀬下氏は、ツイキャス、Discord、LINE通話などライブ感のあるツール上で考えを発信し、それらを文字に起こしてまとめることで、編集作業を執筆作業に代えた。どれも書き手の正直な制作過程の記録であり、書くことに対するひたむきな執念が感じられる。

最終章で、4人は、「書くためには、書くことへの諦めを内面的かつ身体的に醸成すること」が必要であるという結論に至る。もっといいものが書けるはずというとめどない理想を捨て、今の自分が書ける範囲の文章を半自動的に文字に起こしていくのだ。執筆という創作的な行為から芸術性を排除し、作業の中で言葉を出してしまう。その装置として、内面的には締め切りなどの時間的制限が設けられ、身体的には、アウトライナーなどのツールが有効に働くのである。これは、書きたくても書けない悩みに苦しんだ経験のある人には、深く刺さる思考の転換だろう。

本書の座談会に参加する4人は、プロの書き手でありながら、「書きたいのに書けない」感覚を生々しく保持し、語っている。それは、どこかで聞いた言葉を並べるだけの形式的な執筆をよしとせず、自らの思考をできるだけ正確に言葉にしようともがく、誠実な苦しみであるように見える。本書を手に取る読者も、言葉の端々に滲む彼らのリアルな「書けなさ」にふれ、執筆の苦しみに押しつぶされそうになっているのは自分だけではないのだと、安心できるだろう。書きたいという欲望や理想を持て余して、形にすることができずにいるすべての人々に、救いをもたらす一冊である。(桃)

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『ライティングの哲学』
千葉雅也 山内朋樹 読書猿 瀬下翔太(著)
星海社
2021年7月発売
1100円+税

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