京都大学新聞社 編集員が綴る 共通テスト体験記(2022.01.16)

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この紙面を開いた受験生の皆さんは、すでに共通テストを終えていることだろう。手応えを感じた人もいまいちな人も、来る私立入試や二次試験にはそれぞれ複雑な思いを抱えているはずだ。

ここでは、昨年共通テストを受けた4名の編集員が二次試験までの自らの体験を綴っている。紙面に目を落とし、かつての受験生の日常を覗いてみてはどうだろう。多くの受験生と同じように、それぞれ違った形で悩みながら乗り切った最後の1か月。これでいいのだろうか、そう不安になる気持ちを受け止める一助としてもらいたい。(編集部)


目次


    開き直りも大切
    自分らしさで戦い抜く
    生活の中の少しの息抜き
    限られた範囲の中で

開き直りも大切


現代の中高生は、その多くがスマホ依存症だと言われている。高3の春、部活を引退し受験生となった私も例外ではなかった。2年までは、登下校の電車ではゲームに熱中し、家で暇さえあればユーチューブを観てだらだらするのが普段の生活だった。そんな私にとって、受験対策における最重要課題はスマホを制限することだったと言っても過言ではない。依存から脱却するため、いろいろな対策を講じた。利便性の都合上、手放すわけにはいかなかったので、使うのが面倒になるように仕向けた。鞄の取り出しにくいところにしまったり、指紋認証をオフにして長いパスワードを設定したりと。そうまでしても、どうしてかスマホを弄って一日を無駄にすることが月に何度かあった。そういう日は罪悪感や後悔で引き裂かれそうになるのだが、共通テストの4日前にも同じように日中スマホで遊び続けてしまった。直前期の貴重な時間を潰してしまったのだ。その夜、我に返った私は自分への怒りのあまり、自室の窓から庭にスマホを投げ捨てた。

迎えた共通テスト前日の夜、ベッドの上で私は初めての感情に襲われた。「4日前のことも含め、今まで多くの時間を浪費してきたことのつけを明日、自分は支払わされる。断罪されるのだ」という、恐怖と不安と後悔の混じった悲観的な感情だった。しかしここで、担任の教師が「根拠のあるなしに関わらず、自信を持っている者は強い」と言っていたのを思い出した。そうだ。弱気になってはいけない。些か欲望に負けてしまうことがあったといえど、自分とてそれなりに努力はしてきたのだ。私は自分の汚点を全て無視し、不完全ながら確かに積み上げた時間を支えにすることで無理やり自信を作り出した。翌日、初めは緊張したが解き進めるうちに落ち着きを取り戻し、普段通りやれるようになった。2日目も精神的に余裕を持って取り組むことができ、点数は合格有望なものとなった。しかしもしも試験前、絶望感に呑み込まれていたらこれほどうまくはいかなかっただろう。共通テスト終了後、私は二次試験までの期間は絶対に遊ばないと誓ったが、結局は合計で7日ほど遊び呆けてしまった。私が二次試験でも、勉強してきた自分を信じ、勉強しなかった時間から目を逸らしたのは言うまでもない。

私のメンタル安定法は、言ってしまえば開き直っているだけである。だがその単なる開き直りが、合格という結果をもたらしたと私は考えている。(艇)

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自分らしさで戦い抜く


2日間の共通テストを終えた1年前の私は、有体に言えば「受かる気満々」だった。まず自己採点の点数が良かった。その点を見た先生の反応も良かった。加えて私の鬼門はリスニングと理科基礎だったので、これからは気兼ねなく好きな科目だけを勉強できるという解放感も、異常な高揚ぶりに拍車をかけていたと思う。しばらくは良い気分の中、二次対策に取り組むことができていた。

しかしそんな状態は長く続かず、二次試験の2週間前に突如メンタルが落ち込んだ。すぐに、心身とも異常をきたし始めた。昼間は常に眠いのに夜は寝付けない。当たり前に覚えていた人物名がなぜか出てこない。「いったい何を根拠に受かる気でいたんだ」と焦るだけ焦って、勉強は何も手につかなかった。

そんな私が気持ちを立て直せたのは、2つの格言のおかげだった。

1つ目は、長田弘の『一日の終わりの詩集』に登場する、次の一節だ。「いくら短い一日だって、1分ずつもし大切に生きれば、永遠より長いだろう」。当時の私は、勉強をしなければならないのに手につかず、時間が無為に過ぎていくことがとにかく辛かった。「残り10日そっとで何ができようか」と無気力にすらなっていた。この言葉は、たった10日であってもできることなんていくらでもある、くよくよしている暇があれば一瞬一瞬を大切に過ごしたほうがいいと、気持ちを前に向けてくれた。

2つ目は、第二次世界大戦期のイギリス首相・ウィンストン=チャーチルの言葉だ。「現在我々は悪い時期を通過している。事態は良くなるまでに、おそらく現在より悪くなるだろう。しかし我々が忍耐し、我慢しさえすれば、やがて良くなることを私は全く疑わない」。

蝶ネクタイと太いパイプ、「ヴィクトリー」を意味するVサインなどの独特な格好で有名なチャーチルは、言葉の使い方が非常に上手く、のちにノーベル文学賞を受賞する人物だ。チャーチルが予見した通りイギリスの戦況は悪化する。しかし彼は決して屈せず、ついにファシズムに打ち勝った。格言通り最終的に事態が良くなったというこの史実も、私にとって励みだった。受験が近づくにつれ今以上に辛くなるかもしれないが、それを乗り越えれば輝かしい未来が待っていると、チャーチルは教えてくれた。

長い人生に比べれば、共通テストから二次試験までの期間なんてたった1か月。しかし当事者にしてみれば、「たった1か月」なんてとんでもない。当時の私にとって受験は人生の全てだった。そして、「人生の全て」とまで言ってしまうほどの一世一代のイベントだからこそ見えてくる、自分の生き方がある。当時も今も言葉が好き。読むのも眺めるのも、紡ぐのも好き。実際こうやって、新聞社で編集員をしている。先人たちの言葉に励まされる当時の自分を振り返ると、「やはり文学部(当時は志望だが)の性だなあ」と微笑ましく思えたりするのだ。

受験生の皆さん。辛い時にどのように自らを鼓舞して前を向くかは人それぞれだからこそ、自分の選ぶ道に自信を持って、頑張ってください。(滝)

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生活の中の少しの息抜き


私は、特筆すべきこともない至って平凡な京大受験生だった。高2の秋に部活動を引退してからは、スマホと机に半々の割合で向き合っては中高でサボったツケを少しずつ回収する毎日。自宅ではあまり集中できなかったので、いつも塾の自習室で時間を過ごした。仕切り板で隣の人と区切られたあの狭いブースが、生活の中心となっていた。

去年の今頃、特に大きな山も谷もなく共通テストを終えた私は、少しの満足感と大きな脱力感に満たされていた。気持ちを切り替える暇もなく、ほとんど手が回っていなかった過去問を進めつつ苦手な世界史と英語の知識を詰め込む日々になる。マークシートに慣れた頭を二次試験に切り替えることは難しく、思うように勉強は進まなかった。赤本を開いては首を捻りながら自分の答案を採点して、別の参考書を開いては、昔の自分が思い出せなかった単語や解けなかった問題を端からさらい直す。自習室の小さな囲いの中で、ひとり、自分とにらめっこする毎日だった。

そんな閉じこもった生活の中で一息つけるのが、食事の時間だった。朝9時ごろから勉強を始め気がつくと3時や4時になり、たまらなくお腹が空いてくる。お昼ご飯を買うためにコートを着込んで財布だけポケットに入れ、一月の寒空をコンビニに向かうときの、身軽で爽快な気分を今もなんとなく覚えている。塾の最寄りのファミリーマートは少し治安が悪かった。接客に難のある店員も多かった。でもそれも全部、単調な受験生活を彩る少しの面白みに感じられた。コロナで教室での飲食が制限されて、私が休憩をとる時間帯と食事用の教室が開放される時間帯が合わないことも多く、机がなくても食べられるように決まって菓子パンや肉まんを買う。大抵は、コンビニ裏の路上や校舎1階の寒い食事スペースに座った。1階の食事スペースは前面がガラス張りになっていて、20分くらいの短い時間、一人きりでパンをかじりながらぼうっとガラス越しに道路を眺める。行き交う人や街のざわめきを目で追いながら、束の間、受験生としての自分を忘れていた。

また塾から駅へ向かう帰り道も、代わり映えしない毎日の癒しだった。通っていた塾の校舎は出入り口の目の前に歩道橋があり、上から工事中の新宿の大通りを見下ろすことができた。暗くなると道路に沿って並んだ三角コーンが光り、ライトアップされたように赤く大通りの輪郭が浮かび上がる。1日中頭の中に閉じこもっていた私には、眼下に伸びた赤い大通りとその上に立ち並ぶ高層ビルの蛍光灯の生々しさが心地よかった。さらにそこに月が出る夜などは、疲れた頭をむしろ勲章のように感じながらいい気分で夜の新宿を歩いたことを思い出す。

受験生の皆さんは、共通テストを終えてひと段落つき、二次試験に向けて気持ちを切り替えている頃だろうか。長かった受験生活のゴールが見え一層勉強に熱が入っているかもしれないし、はたまた、一つ試験を終えた脱力感でモチベーションが上がらなくなっているかもしれない。どちらにせよ、どんな人にも休息が大切である。疲れたら少し立ち止まって周りを見れば、そこには受験とは無縁のありふれた生活があって、乱れたペースを落ち着けてくれるだろう。そうして等身大の自分を取り戻して試験にのぞめば、怖いことはないはずである。皆さんの健闘を祈っている。(桃)

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限られた範囲の中で


私は一浪して去年の春に入学したため、センター試験最後の年と共通テスト最初の年を経験している。センター試験の後、現役の時は自信のなさと先の不安で勉強が捗らなかったから、受験全体のことに触れつつ二次試験までやそれ以降のことを書きたい。ちなみに共通テストのほうが勉強はしにくかったが、誤差の範囲だ。点数はほぼ伸びなかったけれど気にしない。

範囲といえば、当たり前だが試験には範囲がある。勉強には終わりがないと言うが、こと受験に関しては、違う。出題範囲は限られていて、教科書の目次に収まらないジャンルは基本出ない。もし出たら、誘導が丁寧すぎて逆に簡単な問題なはずだ。もうあと慣性だけで合格しそうな人が周りにいても、それは各科目の各分野で、「出そうな問題が全部解けそう」だからだ。早生まれみたいなものだから、よそはよそ。残り僅かの限られた期間の中で、一つでも多くの分野をマスターしたいと、うまくモチベーションを保ってほしい。

かく言う私も、先に述べたように現役のこの時期は勉強が捗らなかったが、それは浪人期も同じだった。これを読む受験生には成功してほしいから、うまくいった最後の受験を思い出しながら書いていく。

2次試験まであと何日、必要書類の提出が何枚と、急に見えてくる終わりの日に焦りながら時間は溶けていった。義務感と呼応するように倦怠感もおしよせ、3時間で理科の問題を解いたかと思えば3時間机に突っ伏していたこともあった。しんどくなったときは寝るのが一番だが、だらだらとなるのが心配な時は、好きなお菓子を買って食べたりお笑いを見たりして気を紛らわせた。ただ本番数日前は意外と冷静で、明日受けてもいいようにと毎日ほぼ似たような総ざらいをした。英単語をはじめ多くの知識を薄く何層にも刷り込んでいった。

試験当日はやっぱり緊張する。やせ我慢のように、「来年の今頃はここも歩き慣れてるんだろう」などと想像した。現役の時は、会場入り口で教員を大声で取り囲む受験生の輪を突破したと思いきや、昼食時間の教室に某有名進学塾の大学生講師がしれっと入ってきて塾生を激励するから、不意にも「先代合格者の息がかかっているマウント」をとられ、心細くなったものだ。だがコロナ禍で予備校や高校の教員は現場にいない。コロナ関係なくどうかと思う大学生もいない。意外とこれは少数派にはフェアだなと思う。私と同じお上りさんには特に頑張ってほしい。

2日目が終わった直後は、幸福にも合格を確信した。昼の休憩のとき会場にいた同期から「もしだめだったらどこに行くの?」という無神経な質問をされたこと以外、特になにも起こらなかった。3日目に面接を控えていたがお構いなしに、帰った後『僕は明日、昨日の君とデートする』をネトフリで見て泣き、ロケ地京都だよな~などとどうでもいいことを考えながら翌日のシミュレーションをし、寝た。試験期間は総じて、思いのほか前向きだった。ちなみにだが、受験に面接がある人は、アピールシートを書く時などに背伸びをしないことをお勧めする。専門用語をできるだけ避けて受け答えの範囲を狭めておかないと、根掘り葉掘りと圧迫面接を受けたとき多分困る。

試験を終え、合否を待つだけの期間が一番不安だったように思う。3日目から解答速報を見ては一喜一憂しながら採点し、今年の難易の傾向をあれこれ考えて平均点を予想するが、何にもならない。本当にどうにもあがけないのはこの時で、神のみぞ知る結果に祈るときが一番落ち着かなかった。そわそわするのは試験が全て終わってからに取っておこう。

受験前の過ごし方はいろいろだ。自分の立てた計画を黙々とこなし勉強できた人、普段関わりのない先生に相談に行き添削などを通して励まされた人、出願校選びのことでもめ親と絶縁状態になった人、後先考えず恋人をつくり繰り返し浮気された人、急に連絡がつかなくなった人。受験生活を通して関わったいろいろな人が、ちゃんと合格している。彼らに共通していたのは、シンプルに勉強をやめなかったことだと今では思う。

時間は限られていてもできることはある。範囲が限られているからできることがある。うまくストレスを逃がしながら、最後まで頑張ってほしい。いい受験になることを祈っています。(怜)

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受験生諸君の健闘を祈る!!

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