文化

〈書評〉野球愛溢れるユーモアミステリ 野球ファンにもそうでない人にも 東川篤哉『野球が好きすぎて』

2021.12.16

本書の著者である東川篤哉氏は、『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞を受賞し、一躍有名になった推理小説作家である。東川作品の特徴をあえて一言で表現するならば、「くだらない」だろうか。殺人事件の関係者とは思えない緊張感に欠ける登場人物達が、くだらないギャグを飛ばしまくる。それが東川作品の常であり、東川氏が「ユーモアミステリ」の第一人者と言われる所以である。本書は、2016年から2020年にかけて毎年1作ずつ執筆された短編を5本収録している。

5本の短編に共通して見られるのは、ヤクルトスワローズを愛する父親刑事である神宮寺勝男と、「つばめ」と名付けられた娘刑事の親子が殺人事件発生を受けて奔走した後、人並み外れた推理力を持つ広島カープファンの女性が、ベースボールバーで親子刑事の話を聞いて事件の真相を言い当てる、という展開である。緻密に伏線が張られた本格推理小説であることと、登場人物達がくだらない言動を繰り返して笑いを誘うことの2点が両立された東川氏らしい作品である。しかし、本書は小説の下地に野球ネタを入れることで、東川氏の他作品と一線を画している。

本書には神宮寺勝男を代表格とする、贔屓のチームの勝利を何よりも喜ぶ、典型的かつ生粋の野球ファンが数多く登場し、そのやり取りがコミカルに描かれる。他のチームに対抗意識を燃やした神宮寺勝男が、捜査中にもかかわらずヤクルトのユニフォームに着替え出すなど、おもわず笑ってしまうシーンが沢山用意されている。

また、巨人で活躍した阿部慎之助氏の2000安打達成や千葉マリンスタジアムでの強い西日による試合中断など、執筆された年ごとの野球にまつわる出来事が、ギャグにとどまらずに重要な伏線として利用される。他にも、2019年に執筆された第4作「パットン見立て殺人事件」は、当時横浜DeNAベイスターズに所属していたパットン投手が1アウトも取れずに降板した後、ベンチ内の冷蔵庫を殴って怪我をしたという珍事件を素材とし、トリックの根幹に冷蔵庫を据えた作品である。冷蔵庫殴打事件を推理小説に使おうと考え、それを自然な作品に仕上げる力量を持つ作家は、世界広しといえども東川氏くらいしかいないのではないだろうか。

東川氏自身はカープファンとのことであるが、作品全体を通して東川氏の野球愛が伝わってくる一冊である。野球ファンは間違いなく楽しむことができるが、作中で重要となる野球ネタは丁寧に解説されているため野球に詳しくない人でも、東川作品のくだらなさと、作中の愛おしい野球ファン達のやり取りを十分に味わうことができるはずだ。ぜひ手に取ってみてほしい。(凜)

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著者  東川篤哉
出版社 実業之日本社
発行日 2021年5月
価格  1760円

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