文化

〈書評〉ウイルス目線で考える 『生物はウイルスが進化させた』武村政春

2020.06.01

新型コロナウイルスの感染拡大によって、最近は、ウイルスという単語を聞かない日はない。新型コロナウイルスによってもたらされた世界の悲惨な状況を考えると、ウイルスは、私達人間を病気に感染させる悪者だと思える。また、新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真をニュースで見ていると、憎々しく思えてくる。しかし、ウイルスは、必ずしも生物に感染して病気を引き起こす病原性ウイルスだとは限らない。ウイルスを悪者だと決めつけず、ウイルスが生物の進化において果たしてきた役割を明快に解説し、ウイルスから見た画期的な生命観を提示しているのが本書である。

ウイルスは、カプシドというタンパク質でできた殻が、遺伝子の本体である核酸を包み込んだものであり、生物ではないというのが通説である。大きさは、十数ナノメートルから二百ナノメートルであり、光学顕微鏡では観察できないほど小さいとされてきた。しかし、光学顕微鏡でも観察できるほど巨大なウイルスが2003年に発見されると、次々と巨大ウイルスが見つかるようになった。本書の著者である武村政春氏は、2015年に巨大ウイルスである「トーキョーウイルス」の分離に成功しており、日本で初めて巨大ウイルスを見つけた人物となった。

巨大ウイルスは生物に感染すると、細胞内に「ウイルス工場」と呼ばれるmRNAを合成する場を作る。著者は、本書の中で、この「ウイルス工場」が進化して、真核生物の細胞核ができたとする「ウイルスによる細胞核形成説」を唱えている。真核生物とは、細胞核を持つ生物のことを指し、人間も真核生物に含まれる。真核生物への進化という生物の歴史における重要な出来事に、ウイルスが関わっていたとする仮説は、ウイルスに対するイメージをがらりと変えてくれるものだろう。

さらに著者は、生物の細胞はウイルスが増殖していくための土台にすぎず、ウイルスは生物を利用してきたと指摘する。従来は、ウイルスは生物に感染してタンパク質を作らせ、増殖するものだとされてきた。一方、著者は、ウイルス粒子はいわば生殖細胞のようなものに過ぎず、ウイルスの本体はウイルスに感染した細胞であるという斬新な主張を展開し、ウイルス目線で見た新たな生命観を提示している。

本書に書かれていることは、当然科学的な知見に基づいているものである。ただし、著者自身が指摘しているように、仮説の域を出ていないことがある。しかし、ウイルスは悪者であるとの考えに染まった身からすると、本書は、あっと驚く切り口で生物進化やウイルスの増殖を解説する、興味深い一冊であることは間違いない。本書は全体を通して、生物の知識を持っていない人でも理解できるように、分かりやすく丁寧に書かれている。新型コロナウイルスの感染拡大を経験した今だからこそ、ぜひ多くの人に読んでもらいたい一冊である。(凜)

書誌情報
著者 武村政春
出版社 講談社ブルーバックス
発行日 2017年4月20日
価格 980円

6月1日10時30分配信

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