文化

〈書評〉吉野源三郎・著『君たちはどう生きるか』

2017.12.01

子供向けと侮るなかれ

『君たちはどう生きるか』は1937年に『日本少国民文庫』の最後の配本として出版された。『日本少国民文庫』は、ファシズムが勢いを持ち言論の自由が抑圧されるなか、山本有三が次の世代を担う少年少女に希望をかけ、偏狭な国粋主義を越えた自由で豊かな文化があることを知ってほしいと考えて刊行した児童向けの読み物だという。『君たちはどう生きるか』はその中で倫理を扱っており、他には科学入門や文学名作選などがあり内容は多岐にわたる。本書は、15 歳の男の子・コペル君の体験、コペル君に宛てた叔父のノートや、コペル君の手紙によって構成されている短編集である。日々の学校生活と叔父との交流を通したコペル君の精神的成長を追いながら、道徳的・反戦的なメッセージを発している。

この作品には、誰かに直接説教されても何も感じないだろう道徳的な事柄について、中学生の実感として読ませることで、読者をハッとさせるという仕掛けがある。たとえばエピソードの一つに、実家が豆腐屋の普段はどんくさい同級生・浦川君の家にコペル君が遊びに行った際、自分とは異なる貧乏な生活を目の当たりにするものがある。浦川君は、重要な働き手であるために、学校に出られない時もあるのだ。叔父は、それをコペル君から聞いて、コペル君に何不自由なく勉強できることは有難いことだと語る。私は納得してしまった。これが、現実の先生や家族に「勉強できることを有難いと思いなさい」と説教されていたらどうだろう。浦川君が住んでいる小さな路地のにぎやかさ、コペル君の目から見た物珍しさ、浦川君の家族のユーモアなどといった鮮やかな描写があり、物語があるからこそ、叔父の言葉が素直に納得されるのではないだろうか。

また、少年少女向けとはいえ、一応まがりなりにも大学生である私が読んでも知的な刺激があるのもこの本の優れた点だろう。叔父は、ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を見つけたのはずっと疑問だったが、学生時代友人に聞いたところ、リンゴの高さをぐんぐんと伸ばしていき、ついに月の高さまで達したとき月が落ちてこないことから、引力と重力が同種の力だと気づいたのだと教えられたという。叔父はこう語る。「友だちから今いったような説明を聞いたとき、僕はつくづくそう思ったんだが、そういう偉大な思いつきというのも、案外簡単なところからはじまっているんだね」。「わかり切ったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もうわかり切ったことだなんて、言っていられないようなことにぶつかるんだね」。コペル君はそれを聞き、自分で考え、発見をしようとする。粉ミルクを出発点に、粉ミルクが生産され自分の手に届くまでにさまざまな人間が関わっており、人間は実は繋がっていることを「人間分子の関係、網目の法則」と名付けるのである(それは生産関係という名前をすでにつけられていると叔父は指摘するが)。このように、身近なところから論を進めていくこと、あるいはわかり切っていると思われていることをじっくり考えること、自分で考えてみることの重要性が語られている。大学生にとって、これは見習うものがあるのではないか。私は文学部の学生で、授業を受けてレポートを書くが、難しい先行研究を何とか理解してレポートの形にするだけで精一杯で、コペル君や叔父のように素朴な疑問を自由に持つこと、そして日常の事柄を出発点に自分の頭で熟考することを忘れがちだ。この話から得られるメッセージは、大学で勉強するうえで大切なことではないだろうか。

子供向けだと侮ってはいけない。はっとさせられ、大学生でも見習う点が見つかる一冊である。是非手にとってみてほしい。(竹)

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