文化

〈書評〉『アキラとあきら』運命に立ち向かう、二人の俊英

2017.10.16

「やられたら、やり返す。倍返しだ!」の流行語を生んだ半沢直樹シリーズ、心のねじまがった銀行員に張り手を食らわす花咲舞シリーズなどの銀行を舞台としたビジネス小説、さらに実際の事件をモチーフとした『空飛ぶタイヤ』、ロケット事業を通して研究員から中小企業の社長として成長していく主人公に思わず心を打たれる直木賞受賞作『下町ロケット』。池井戸潤のどの作品も与えられた仕事に対して真摯に向かい、困難を乗り越えていく人物の姿が描かれ高い人気を集めている。今回紹介する『アキラとあきら』にもそういった人々の姿が見て取れる。

本作は池井戸作品には珍しく主人公が二人、そして彼らの生い立ちが幼少から丁寧に描かれていることから読者に新鮮味を与える。題名の通り主人公の名前はいずれも“あきら”。漢字で書くと彬と瑛。二人とも会社経営者の長男だが、彬は日本有数の船舶会社の御曹司、瑛は倒産の危機に瀕した零細企業の社長の息子だ。その生い立ちはあまりにも違い、二人に面識はなかったが、彼らの気づかないところで二人の人生は交わっていき話は進んでいく。

瑛は父の経営する工場が倒産し、母親や妹とともに、小学校の友達に別れも告げられず、そのまま夜逃げ同然で生まれ故郷を後にする。この経験が後に瑛という人間形成の大きな糧となり、花開いていくという点も見逃せないポイントだ。その後、なんとか大学に進学して銀行に就職する。一方の彬は既定路線である父の跡を継ぐことを嫌い、大学卒業後に就職活動を進め、瑛と同じ銀行の銀行員となる。これより先が今までの銀行を舞台とした作品と違う点だが、ここからはあえてここでは紹介しないのでぜひ本書を手に取って一読していただきたいと思う。小学校、高校、少しではあるが大学、新人研修時代、そした二人が融資担当者として企業とかかわってから、それぞれの時代の苦悩などが丹念に書き込まれており、二人の成長を見守りつつ、熱く応援してしまう自分を発見できると思う。また、半沢直樹シリーズにみられるような悪役を叩き潰すといった場面や「倍返しだ!」などのきめ台詞はない。しかし、保身に走るものや私利私欲に走り目先のことしか考えないもの、さらに身内なのに足を引っ張るものなど、数々の困難に二人の“あきら”が知恵と努力、細部まで考え抜かれた心配りともいえる方法で解決していくさまは、読者の心に爽やかな風を吹かせてくれる。あえて少し欲を言えば、1冊で完結するというより、上下巻となってもいいから瑛に関わる話のボリュームを増やし、さらに彬の叔父がスーパーを出店して失敗するエピソードなどを、もう少し書き込んでほしかったかなと思う。ただこの本が面白いことは間違いない。本の分厚さに躊躇せず読むことをオススメしたいと思う。(湊)

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