文化

〈書評〉長沼伸一郎著『経済数学の直観的方法 マクロ経済学編』

2016.11.16

物理学から経済学へ接近する

日本の数理経済学の第一人者であった故・森嶋通夫はかつてこう言った。「需要に適合するという態度は学問ではない。経済学も社会学も両方できる人こそが100年後の経済学の主力となり、数理経済学のモノカルチャーはなくなる」。そんな提言もどこへやら、現代の経済学は数学が幅を利かせている。あるミクロ経済学の教科書には「大学院以上の経済学を追求するには、高度な数学の習得が必要不可欠である」などと書いてあるくらいだ。経済学部の学生は、数学につまずき、経済学を諦めることもある。

本書は物理学者である著者が、経済学部で数学に悩む人々のために、経済学で使われる数学の鳥瞰図を描くことで、その理解を助けようというものである。著者は現在の経済数学を「大半の学生が理解を諦めて、お経のように丸暗記して乗り切っているのが現状」だとしたうえで、理論の大元にある思想から理解すれば、たとえ難解との呼び声高い「動学マクロ均衡理論」や「ブラック・ショールズ理論」といえども、直観的に把握することができるのだと主張する。実際その構成は、経済学史を振り返りながら、数学・物理学がいかに経済学と関わっていくかを概観する初級編、物理学で用いられる原理をもとに均衡理論を説明する中級編、そして具体的な式の立て方や各部分の意味などを解説した上級編からなっている。経済学徒にとっては、中級編と上級編がとりわけ有用だろう。

とはいえ、もちろんこの本を読んだからといって、経済学の専門書を読まなくても良いということにはならない。あくまでも直観的な理解を助けるものなので、すべてを説明し尽くしているわけではないし、細部は省略されている。初級編の経済学史もアダム・スミス以前を一切無視していることから、ケネーがアダム・スミスに与えた影響を過小評価し、物理学を過大評価しているとも言える。著者が物理学の人間であるため、多少のひいき目もあるだろう。そのため、初級編は話半分で読んだほうがよい。

本書は「マクロ経済学編」と題して「動的均衡理論」を中心に扱ったが、11月15日には「ブラック・ショールズ理論」を学ぶ「確率・統計編」が刊行されている。経済学部で開講されている「ファイナンス工学」でも、理解することは求められず、訳も分からず聞かされる理論だ。こちらも目を通しておいて損はないだろう。(奥)

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