インタビュー

広瀬浩二郎 国立民族学博物館准教授「『障害』を切り口に学びを変える」

2015.02.16

『知のバリアフリー』刊行記念インタビュー

学生が常識を問い直すきっかけに

2014年12月、京都大学学術出版会から『知のバリアフリー』が刊行された。嶺重慎・京都大学理学研究科教授と広瀬浩二郎・国立民族学博物館准教授が共同編集したこの本は、「障害」を切り口に新しい知の可能性をひらくことを提案している。編者の一人である広瀬浩二郎氏に話を聞いた。(智)



――本についてご説明をお願いします。

13年6月に京大でバリアフリーシンポジウムがあり、2日間でのべ450人あまりが出席しました。シンポジウムでの熱気あふれる議論を形に残したのがこの本です。講演された先生に原稿を依頼し、不足分野は専門の先生に新たに寄稿して頂きました。

――編者は広瀬先生と嶺重先生ですが、なぜお二人が担当されたのですか。

僕は全盲の視覚障害者で、87年に京大文学部に入学しました。専門は日本史・文化人類学ですが、最近は「触る」をテーマとするワークショップを各地で開催しています。嶺重先生は天文学、とくにブラックホールの研究者で、近年は活字の本や写真を見ることができない視覚障害者にも天文の世界を伝える活動をしておられます。09年に知り合って、一緒にワークショップや教材開発に取り組むようになりました。12年には共著で『さわっておどろく! 点字・点図がひらく世界』(岩波ジュニア新書)を出しています。

そして、京大の障害学生支援を拡充するために、バリアフリーシンポジウムを開きました。僕と嶺重先生が中心となって企画したシンポジウムだったので、必然的に二人で本書を編集しました。

――タイトルの『知のバリアフリー』、サブタイトルの「「障害」で学びを拡げる」には、どういう意味が込められていますか?

今は「ユニバーサルデザイン」(年齢や性差、障害の有無などに関わらず誰でも利用できるように設計されたデザイン)や「インクルーシブ教育」(障害者、健常者が教育機関でともに学ぶこと)という言葉が頻繁に使われます。しかし、バリアフリーシンポジウムを企画する時は、一般の人にもたくさん参加してほしかったので、簡単でわかりやすい言葉、「バリアフリー」を使いました。本を作る時も同様の理由で「バリアフリー」を用いることになりましたが、これは言い古された言葉で、新鮮さに欠けます。物理的バリアフリー、心のバリアフリーなど、いわゆる福祉的な文脈ではなく、もっと普遍的な理念を打ち出したい。出版会の編集者と議論を重ねる中で出てきたのが、「知のバリアフリー」でした。

サブタイトルの「「障害」で学びを拡げる」は、単に障害がある人を支援するのではなくて、障害がある人からも何か発信できればいいという意味を込めています。例えば、視覚障害の人は見る代わりに触って学びますが、目が見えている人も触ることで色々な発見があります。大野照文・京都大学総合博物館館長が行った貝の模型を触るワークショップが「学びを拡げる」好例で、目が見える人も見えない人も、触ることで貝の生態を知ろうという試みです。

初めは「「障害」が学びを拡げる」だったのですが、僕が少しこだわって、「「障害」で学びを拡げる」にしたいと言いました。学びを拡げる主体は人間で、障害はそのための手段であることを明示するためです。障害を切り口にして、あくまでも人間が学びを変えていくという気持ちを込めています。

――本書は二部構成になっていますが、どういう分類をされていますか。

第一部に登場する先生は、障害学生支援の現場で、障害学生がどうやって健常学生と一緒に勉強できるか試行錯誤している人たちです。

第二部は、僕や嶺重先生、大野先生のように、むしろ障害がある人たちの学び方を一つの標準、新たな知的生産の技術にしたいと考えている人たちです。

第一部の先生からすると、第二部は理想論としてはわかるけれども、障害がある学生が学ぶ態勢を作ることが喫緊の課題なのだから、まずはそれをやらないとダメだという思いがあるでしょう。僕や嶺重先生、大野先生のように、障害学生支援に直接関わっていない人たちは、ある意味、自由に未来を語ることができます。第一部という土台があって第二部という未来があるので、両方大切に読んでいただきたいです。

――表紙が触っても楽しめるつくりになっています。どういう意図が込められていますか。

タイトルの「知のバリアフリー」を凸文字にして浮き上がらせるとともに、中央に長く続く道をイメージしたドットを入れました。このドットは透明な樹脂で印刷されており、細かい点から粗い点へ、つるつるからざらざらへと触感が変化しています。ドットの手触りに対する印象は十人十色だと思いますが、この「触る表紙」から何かを感じてほしいです。

京都と滋賀の地図を「触図」にした口絵も二枚あります。「触る口絵」の目的は、「視覚障害者はこうやって地図を学習していますよ」と知ってもらうことではありません。「見る地図に対して触る地図がある」「見えている人にも触るという学習法がある」と気付いてほしいのです。

――専門家だけでなく一般の人も読者に想定しているということですが。

この本の核となる読者は、障害学生支援に携わっている人や、障害福祉などを勉強している人でしょう。ただ、そこに留まらずに、「障害」というテーマに特に関わっていない若い学生さんにも読んでもらいたいです。

大学では、高校までのように教科書の内容を暗記するのではなく、能動的に学ぶことが求められますよね。吸収力がある学生時代にこの本を読んで、「常識」を問い直してほしいです。

――これからの展望を教えてください。

バリアフリーシンポジウムの第一回を13年に開催して、去年も小規模ですが発達障害関係で第二回を実施しました。まだ京大における障害学生や障害学生支援ルームの存在が十分に知られていないので、地道に「知のバリアフリー」をアピールしていかないといけません。4年に1度くらいのペースで大規模にやって、その間の年はテーマを絞って研究会のようにできればいいでしょう。

僕自身の活動では、触ることを主題として、「知のバリアフリー」の展覧会を開きたいです。展覧会では「モノの力」があって、活字が読めない外国人でも、子供でも、モノが並んでいれば、そしてそれらに触れることができれば、何かを感じることができる。来年、再来年くらいに、この本のエッセンス、「触る表紙」に凝縮したメッセージを、展覧会という形で社会に訴えかけたいと思います。

――ありがとうございました。

ひろせ・こうじろう

国立民族学博物館 民族文化研究部 准教授
1967年、東京生まれ。13歳の時に失明。筑波大学附属盲学校から京都大学に進学。同大学院にて文学博士号を取得。2001年より国立民族学博物館に勤務。専門は日本史・文化人類学。主著に『さわる文化への招待―触覚でみる手学問のすすめ』(世界思想社、2009):『万人のための点字力入門―さわる文字から、さわる文化へ』(生活書院、2010):『さわって楽しむ博物館―ユニバーサル・ミュージアムの可能性』(青弓社、2012):『世界をさわる―新たな身体知の探究』(文理閣、2014)等。


書籍

『知のバリアフリー』嶺重慎、広瀬浩二郎編・京都大学学術出版会

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