文化

〈11月祭講演会連動書評〉『21世紀の資本主義を読み解く』

2015.11.01

本書は橘木氏のこれまでの著作、論稿等をまとめ、新たな知見を取り入れたものである。本著は全4章からなり、第一章はこれまでの経済学の歴史を振り返る。アダム・スミスに始まる古典派経済学から始めて新古典派経済学、マルクス経済学に至る流れをざっと解説。一方でアダム・スミスには多くのページを割き、『国富論』にて想定され、今後の経済学の方向を決定づけた合理的な人間像と、『道徳感情論』で説かれた他者を思いやる利他的な人間像との矛盾を説明し、人間の幸福についてより関心がある著者は『道徳感情論』の方を支持する。あくまで経済学における潮流をまとめているため、様々な学説や現代の経済学については言及されていない。一方で、話の途中でピケティにも触れ、『21世紀の資本主義を読み解く』というタイトルからピケティを連想して購入した読者を飽きさせない工夫も見られる。

第二章ではピケティの『21世紀の資本』がいかなる点において優れているか、またその論点をどうとらえるべきかを説明する。『21世紀の資本』の優れた点に関しては、膨大な年月にわたって分析していること、複雑な数式を用いず平易に書かれていることなどさほど真新しい主張はないが、単なる本のまとめではなく著者の理解に基づく解説になっていて面白い。そして、日本にピケティの分析があてはまるかについては懐疑的である。ピケティによる分析をもとにすれば、日本の格差はやや遅れて進行しているという結論が得られるが、これは、高所得者の分析から得られたものであることに注意しなければならない。所得分布の中央値50%に満たない人々の割合である相対的貧困率を見れば、すでにアメリカに次ぐ2位の高い貧困率だと著者は言う。このようにして、格差と言ってもその国固有の姿があり、ピケティの分析を日本に適用するには注意が必要である。

続く第三章で著者は日本の格差の重大な要因として教育の格差を挙げる。現在の日本では大学の高額な授業料や塾などの教育費用が家計を圧迫するため、所得の違いによる教育の機会の平等が損なわれている。加えて十分な教育を受けられなかった人々が給与の高い職に就けないために貧困が再生産されるという状況にある。そのために、著者は国による教育支出を増やすほか、最低賃金の上昇と言った施策をとるべきだとする。教育を個人の責任に帰着させる「私的財」として捉えるのではなく、社会にとって有用な「公共財」だという認識を持たなければならないと主張する。

第四章では幸せとは何かを問うことで、経済成長のみを追い求める姿勢に疑問を投げかける。一般の経済学で定義する「幸福」は財をどれだけ消費したかによって判断されるが、それでは人間の行動を全て説明することはできない。最近の研究では、人間は通常、ある程度他者との公平性を重視するという結果が出ている。経済成長という「効率性」の追求と、他者と共存する「公平性」は並立可能なのだ。これからの社会を幸福という観点から改めて問い直すことで、格差はどこまで認められるべきか、望ましい社会政策とは何なのかを考えることができる。

本紙主催の講演会ではまさにそこがテーマになってくる。GDPの成長に意味があるのか、格差はどこまで許容されるべきか、そもそも幸せな社会とは何か。ぜひ講演に足を運び、考える機会にしてほしい。(奥)

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