〈百載無窮〉修論と一石二鳥 連載総括①
2025.04.01
※「百載無窮」のほかの記事はこちら。
編集部では創刊100周年事業として、様々な事業に取り組んできた。現在進行中のものもあるが、記念紙面の発行に合わせ、ここまでの取り組みをどのように進めてきたのかを振り返り、反省とともに総括する。
2022年夏、何気ない雑談から、創刊100周年が近いことを意識した。社史を編纂したい、百周年号は派手にやりたい、リポジトリ(紙面PDFのウェブ公開)の整備や縮刷版の制作もしたい……またとない節目を前に、夢が膨らんだ。
記念事業に携わりたい気持ちが高まる一方、学年を数えると、このとき筆者は修士1回生。100年目の年は博士過程1年目もしくは社会人1年目になる。後者であれば編集員(学生)として関われない。前者はと言うと、正直なところ進学を視野に入れられるほど熱心に研究していなかった。当時の研究テーマに行き詰まりを感じ、逃げるように目先の新聞発行に没頭していた。そこで浮上した選択肢が、1年間の休学だった。そうすれば、100年目に在籍し、例年3月末に発行する4月1日号、すなわち100周年号にも関与できる。大学の近くにある実家から通っており、下宿を延長するなどの障壁はない。ついでに研究テーマを大学新聞史にすれば、修士論文も書けて一石二鳥だ。所属する専攻はメディア文化を対象としていて、テーマ設定の自由度が高い寛容な研究室だ。次々とピースがはまり、道が開けた。
さっそく計画を立てて編集部に共有し、まず65周年記念書籍『権力にアカンベエ!』の読書会を開催した。80年代後半ごろまでの基本的な歴史を捉えるにあたって有意義な会になった。しかし、その日以降は、直近の新聞の作業を優先し続け、ほぼ何も進まないまま約1年が経過してしまった。
日程を逆算するともう先延ばしできないところまで来た2023年9月、ようやく紙面の見返し作業を開始した。分担して各自進めるというやり方ではなかなか進まなかったため、「見返し会」と称して日を決め、集まって作業することにした。とにかく1号ずつ順番に見て、気になった記事の見出しや記述、社告の内容などをメモしていく。書き込むドキュメントを共有し、複数人で手分けして少しずつ進めていった。本来は、チェック項目や観点を共有したうえで進めるべきだったが、そういったことを練る余裕も知識もない。縮刷版に収録された膨大な紙面を前にして、ひたすらページをめくり続けることにした。
並行して、紙面連載の準備を進めた。団体の卒業生名簿から『アカンベエ!』の執筆者に連絡し、書籍の紙面転載を相談した。全員とやりとりするには至らなかったが、当時の編集委員会の事務局長が、「連絡のつく範囲の委員から承諾を得たうえで、私の責任で許諾する。連絡できていない者との間で何かあれば私から話をつける」と言ってくれた。そこまでお膳立てしてもらえれば、あとは紙面にするだけだ。こうして23年10月から連載を開始した。ちょうどそのころから休学を開始し、これに専念できる環境が整った。
名簿上、存命者がいないと思われる戦前の期間は『アカンベエ!』の再構成に加え、研究者からの論考を得て視点を補強した。地道な見返し作業が軌道に乗り、それも紙面化した。第4回で戦時中に到達。続いて1950年代以降は、名簿を見て端から順に連絡し、聞き取り取材を打診した。
長い歴史があり、多くの関係者が守ってきた新聞だ。偶然100年目に在籍しているだけの自分が出しゃばるわけにはいかない。その気持ちが強く、できる限りの敬意の示し方として、紙面を見返すことと、なるべく関係者に会って話を聞くこと、この2点は絶対に取り組もうと考えた。幸い複数人から快諾の返事を得て、連載の次の段階が見えた。(村)(総括②に続く)