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〈書評〉「陰謀論」受容のメカニズムに迫る 秦正樹『陰謀論』

2024.12.16

〈書評〉「陰謀論」受容のメカニズムに迫る 秦正樹『陰謀論』
様々な社会事象を「秘密の企み」によって説明する「陰謀論」は、今や誰にとっても身近な存在だ。11月に投開票が行われた兵庫県知事選では、知事の失職を招いた疑惑が「県の既得権益層にねつ造された『罠』」とする噂が、ネットなどでまことしやかに囁かれた。こうした陰謀論的言説を一部の政治家やインフルエンサーが吹聴したことが、知事の再選を後押ししたとする見方もある。

陰謀論的言説を少なからぬ人が受け入れ、社会や政治に影響を及ぼしている事実を無視することはできない。いったい「誰が」「なぜ」そして「どこから」陰謀論を受容しているのか。本書では政治学者である著者が、実証的な立場からこうした疑問に答えるとともに、陰謀論が拡散する要因やその影響についても考察を加えている。

本書は複数の実証研究をまとめたような構成だが、分析結果の考察に十分な紙幅が割かれており、その含意は明快だ。2022年に出版された比較的最近の本とあって、分析のテーマにはネット上で右翼的、保守的、国粋主義的な主張を展開する人々を指す「ネトウヨ」や「コロナワクチンにマイクロチップが仕込まれている」とする言説など、現代に即した話題が含まれていて親しみやすい。分析はやや専門的だが、研究手法は一般向けにかみ砕かれており、論文よりも低いハードルで読むことができる。

著者は、「誰が」陰謀論を受容するのかという問いに対し、アンケート調査の結果から日本人の2~4割程度が陰謀論的な信念を持つと指摘。また、右派・左派といった政治的立場にかかわらず、自分に都合の良い陰謀論を受け容れうることを示し「自分の正しさ」に固執することで、誰もが陰謀論を受容しうると警鐘を鳴らす。ある陰謀論を疑わしく感じていたとしても、「自分は陰謀論に騙されない」とは言いきれない。

「陰謀論」が無根のままに流布するのとは対照的に、本書『陰謀論』は分析の手続きや結果を根拠として詳しく示し、社会現象としての陰謀論の受容を専門的に分析、考察している。玉石混淆の情報が溢れる時代、知らず知らずのうちに陰謀論を信じて判断することのないように、客観的な視座を持つ契機となる一冊だ。(汐)

◆書誌情報
『陰謀論―民主主義を揺るがすメカニズム―』
秦正樹 著
中公新書
2022年
価格 946円

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