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〈マンガ評〉「京大生恐怖症の京大生」必読! 若木民喜『ヨシダ檸檬ドロップス』

2024.12.01

〈マンガ評〉「京大生恐怖症の京大生」必読! 若木民喜『ヨシダ檸檬ドロップス』

©️若木民喜/小学館

京大入学後、私は周囲に溢れる「京大生らしい天才たち」の中で、自分はなぜこんなにも凡庸なのだろうかと悩んでいた。京大には一葉の写真から地名を当てる者や洒落た文章をすらすらと書く者がいる。彼らのような京大生に対して、自身の凡庸さに悩んだ経験を持つ読者もいるのではないだろうか。そんな読者にオススメするのが、京大で哲学を学んだ若木民喜作の『ヨシダ檸檬ドロップス』だ。

本作の主人公は、一浪の末、憧れの京大文学部に合格した山川可志夫(カシオ)だ。彼は入学後勉強が得意という個性を失い、周囲の個性豊かな京大生に圧倒され、「京大生恐怖症の京大生」になってしまう。それでもカシオは周囲の京大生と関わり、少しずつ「自由」について学んでいく。

そんなカシオの平穏な日常は、京大イチ有名な女子プロレスラー、ザ・サンシャインキッドによって粉砕される。新歓で圧巻のプロレス技を披露し観客を沸かせた彼女が、試合後突如、カシオに愛の告白をしたのだ。彼女は、高校3年間をカシオと同じマンドリン部で過ごした沢北洋子(ヨーコ)だった。カシオは京大イチ高名な彼女に恐怖し、その場から逃げ出してしまう。その後もヨーコの猛アタックを受けるが、自分は釣り合わないだろうという劣等感から断り続ける。

私の大好きな場面は、ひょんなことから、カシオが公園のベンチに座り、ヨーコの要望でマンドリンを奏でるシーンだ。演奏が始まると、公園はイタリアの雰囲気に包まれ、ヨーコの脳裏に高校での情景が流れ出す。放課後の教室、夕景、そして、一人マンドリンを弾くカシオの後ろ姿。瞬間、ヨーコは眉を八の字にして、カシオが恋しくてたまらなくて、切ないという表情で彼を見つめる。今までカシオに感情移入し、ヨーコに劣等感を抱いていた私は、その1コマで視点が反転し、ヨーコがカシオにたまらなく憧れていたことを知った。

物語には、「ジェイムスキッチン」や「ケニア」といった京大生になじみ深いお店が数多く登場する。先述の演奏の舞台も、京大近くの吉田山公園だ。私は読後、感動から吉田山に登り、同じベンチに腰掛けて、スマホでマンドリンの演奏を聴いた。京大生という同じ立場で物語を追体験することで、私のそばには気づけばカシオとヨーコが座っていた。

登場人物の経済3回・西大路曰く、「自由」とは自分の構成要素をぶっ壊し、再構成する作業である。連載中の本作を読み、すぐそばにいる登場人物と共に、凡庸に悩む自身を再定義してみてはいかがだろうか。(雲)


◆書誌情報
『ヨシダ檸檬ドロップス1』
著者:若木民喜
出版社:小学館
発行:2024年11月
定価:770円(税込)

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