21世紀の音楽批評を考える 人文研対談(2009.06.16)

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人文科学研究所で6月2日、特別対談「21世紀の音楽批評を考える」がひらかれ、人文研准教授の岡田暁生氏と慶應大学准教授の片山杜秀氏が対談した。前半は「音楽批評と暴力」というテーマで、後半には実際に二人が今回の対談のために、1970年代の人気テレビドラマ『非情のライセンス』のテーマ曲(渡辺岳夫作曲)について書いた批評を題材に、音楽批評のあり方を論じた。

「暴力でもあり、無力でもある」音楽批評

前半は批評の暴力性を中心に語られた。批評というものは誉めるであれけなすであれ「言い切ってしまう」というかたちで潜在的に暴力を有しているという議論。特に、現代のクラシック批評については片山氏が指摘したように「受け手が少ない上に、共有されている知識が少なすぎて、みんなの意見を喚起したり公論が形成されたりしない。結局はきめつけでしかなくなり、結果として検証・議論がされず、いいっぱなしになってしまう。だからいわば、暴力でもあり無力でもある」。そのような現状の背景として岡田氏は「カノン、いわば規範的な名曲・名作という概念の崩壊」を指摘。「東西冷戦がおわるまでは名曲・名演が一種の公論として存在しており、伝統的な批評として、『これは名曲だ』『これもまたやはり名曲・名演』だ、という2つの論法があればよかった。しかしカラヤン、バーンスタイン、ホロビッツなどの大作曲家が死去した後、90年代には大衆の興味関心がマイナーな作曲家再発掘の方向へむかった」と持論を展開した。

そして「そのような風潮の中だからこそ片山さんの、いわばアンチ教養主義的な、カノンの崩壊の中でまた別のカノンをひっぱってくるというような、無名の曲に人権を与えるスタイルが爆発力をもった」と分析したうえで、自身の批評スタイルを「伝統的な教養主義の批評体系が支え」であり「名曲かどうかを吟味するための批評をする」ものとしてそれと対照してみせた。片山氏も「自分自身、元々テレビ、映画などから入った人間であって、加えて幼少の頃からクラシックぎらいだった。いわゆる名曲もたしかに名曲だとは思うが、好きな曲は『カノン』というカテゴリーに入っていない。そういう原体験の延長に、自分の批評スタイルが形成されたのかも」と応じた。

さらに岡田氏が「そもそも日本においては、音楽にしてもどの分野にしても有意義な議論がおこるような、社交としての言説空間がない」と指摘し、音楽批評の今後の展望・可能性について問うと、片山氏は「そのうち批評する場もなくなって、廃墟となった中で、かといってネット空間から新しい批評がでてくるとは思えないので、やっぱり(批評自体が)消滅しちゃうんじゃないか」と悲観的な結論を提示した。対して岡田氏は「なぜ批評家がここまで無力化したのか、についての検証は少なくとも意味があるのでは」とすると、片山氏は「以前にはカノンの判断が必要とされており、そのために批評家の養成がなされたが、巨匠の時代がおわり、クラシックでカノンができあがったために判断が必要なくなり、必然的に批評家の必要性が喪失した」と語ると、岡田氏は、19世紀に芸術が資本主義に取り込まれる中で批評家がいいものとわるいものをさばくという役割を有した、と補足したうえで「ただ、ジャンルをこえた判断、批評なら現代でも意味をもちうるはずだ」と語り、「20世紀の批評家が分野を限定しすぎたという側面もあるだろう」と指摘。「その殻を破る可能性をもっているのが片山さんのような人なんだと思う。つまり、分野横断的に、いいものはいい、といいきってしまうような力をもっているのが」として前半をしめくくった。

作品を「文脈化」する批評の在り方ー『非情のライセンス』をめぐって

続いて後半では冒頭で1970年代の人気テレビドラマ『非情のライセンス』のテーマ曲が映像とともにに流されたあとで、2人が事前に行ったその批評文をもとに議論。岡田氏のものが自身の体験を背景におかれて短くまとめられたものであるのに対して、片山氏のものは作品自体の解説めいたものはほとんどなく、様々な切り口から作品を対象化するような視点で延々と語られるのびやかな内容。岡田氏は「批評とは感想ではなく、文脈の中で作品を分析する作業だと実感。特に片山さんは対象自体についての記述は極端に少なく、とにかく対象作品を出来る限り大きな文脈に位置づける」と述べ、自身については、「予備知識がそれほどない以上は個人の体験でもって文脈化するしかない」と述べた。一方で、「私」とかの一人称を消すことでマイノリティと認定されるのをさけ、説得力や権威を高めるのも批評にとって不可欠とも言い、価値判断を自身の感情とからめる強制誘導的批評には価値を感じ得ない、と断じた。片山氏もそれに同意し、単なる感情発露ではなく補助線をひいたり文脈を与えたりでないと、批評としての価値が分からない、とするなどして、対談は幕をとじた。

本対談は、毎年、1年を通じて公開セミナーや講演会を行う人文研アカデミーの1つ。「人文研アカデミー」は2006年、発足されたもので、従来から行われてきた夏期公開講座(7月)、開所記念講演会(11月)、退職記念講演会(3月)のほか、共同研究セミナー、シンポジウムなど、ひろく社会人を対象とする人文研の催しを企画・運営する組織。今年はほかに、7月に公開講座「名作再読」11月に「ラカンを読む」などを予定している。

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