〈書評〉 雨宮まみ著『女の子よ銃を取れ』(平凡社)(2014.07.01)

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自由に美しくなりたい


あなたのクローゼットにも、「着られない服」はあるだろうか。破れたりボタンが取れたりしておらず、サイズも合うのに、それを着て外を歩くことを何となくためらってしまう服。私たちはなぜそれを着ることができないのだろう。太って見えるからだろうか。自分のキャラに合わないからだろうか。私たちの装いを阻んでいる目に見えないものに、一体どう向き合えばよいのだろう。

さて、世の婦人服売り場が紳士服のそれよりはるかに広く、賑わっていることから見ても、女性と服飾の切っても切れない関係性は伺える。そのなかで女性が直面する特有の息苦しさがある(男性にも同じくあるのだろうけれど)。本書において筆者は、その息苦しさを分析し、そこから解放される道筋の模索をエッセイ形式で綴っている。

「女らしさ」が、女性に対する非常に重要な評価軸となっていることは言うに及ばない。そして時に外見は、内面の女性性の発露のように捉えられる。「女の子なんだから身だしなみに気をつけなさい」「はしたない格好はやめなさい」、誰もがこういったセリフを一度は耳にしたことがあるだろう。「女らしく」美しく装うことが良しとされ、刷り込まれ、不文の命令規範として働いているような気すらする一方で、「身の程をわきまえない」「ただ単に美しくなりたい」だけの美の追求は「虚栄」「感心できない」と白い目で見られる。筆者はこの「強烈なダブルバインド」「上限と下限を決められている美しさ」には収まりきらない、「もっと野蛮でめちゃくちゃな」美しくなりたい(もしくはなりたくない)という欲望が存在することを切々と訴える。

本書では、この世に溢れる多種多様な「女の欲望を急き立て、制限する壁のようななにか」――劣等感、同性・異性からの評価、他人への嫉妬など――を「自分自身」「他人の目線」「失敗や不安」の3つの類型に分類したうえで、時に自身の失敗談を交えつつ、それぞれの束縛に対する見解が語られる。そして、それぞれのエッセイに通底するのは、「女は美しくあるべきだという呪いのような圧力」を打ち負かして、気持ち良く美しくありたい、「自由になりたい」という願いだ。求める「美しさ」を見失った読者を導くというスタンスではあるが、叱咤激励したり、社会を糾弾する語り口ではないし、より良く装うための具体的なアドバイスを提示することもない。むしろ、筆者自身を奮起させるための独白のような、強気で淡々とした文章である。

様々な「壁」に阻まれて不安に陥ることなく、「自分らしく」堂々と装うのはとても難しい。そこで筆者は、「自分自身を変えることはできなくとも」「いまよりも少しだけ良いと思える自分になる」ために装うことを提案する。そのためには自分を受け入れ、自分の中の「こうなりたいという欲望」を見つけ出さねばならない。その上で、洋服やメイクはすなわち自分の内面を映し出すものだと思い込まず、自己実現の手段として使いこなすことができたら。そうなればどんなに楽しく装うことができるだろうか。所詮自己啓発本、根拠なき理想論にすぎないのでは? という反発心も忘れてニヤニヤしてしまう。

ともかく本書が装いにまつわるモヤモヤした何かを、丁寧に分析的に書いていることは疑いない。筆者の目線に共感を覚える人はスッキリするだろうし、そうでなくても興味深く読めるだろう。評者は読了後、装うことを楽しみきれない焦れったさを抱えているのが自分だけではなかったことに安堵し、気づかないうちにずっと張り続けていた緊張の糸が緩んだような気がした。価値ある一冊である。(易)

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