〈新歓企画〉上杉隆講演会 「マスメディアとプライバシー ~炎上しない大学生活~」(承前)(2012.05.16)

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「神」不在の日本のメディア


ドイツを国内中ずーっと巡回講演をしました。いくつかの主催元があったんですが、その中で回数が多かったのが実はプロテスタント教会。ドイツのプロテスタント教会が主催する会が一番多かったです。カトリック教会との合同もありました。ドイツは、約3割がプロテスタント、約3割がカトリック、約3割ほどがどっちかの教会に属しているけれど、積極的なキリスト教徒ではないと。残り10%が他の宗派と。早い話9割ぐらいがキリスト教徒なんですドイツは。これはヨーロッパの他の国でもそうかもしれませんが。ここで何を言いたいかというと、キリスト教の中では皆、非常に共通の意識の表出の仕方をするんですね。これは私の感想です。繰り返し言うように。みんなそれぞれの意見を言うんです。牧師もそうですけど、牧師の聖書の解釈の仕方もこの人にかかると違うと。要するに汝の敵を愛せよということの解釈を牧師さんが繰り返し言うんですけど、それが一人ひとり違うんですね。でもいいんです、別にその解釈の仕方が違っても。それぞれが違うけど、ああそうか、周りの人がお前はこうだなと言って、質問するんです。僕は違うけどね、と。で、その価値観をお互いに認め合いながら結局ディベートが行われるわけですね。それは人と人、自分と他人は違うものだという根底があるために、それを許す空間とそれぞれが好きにやればいい。言いたいことを言えばいい。相手が何を言おうとそれは意見なんで別にいいんですね。合理的だと思えばその人の意見を参考にして自分も変わっていけばいい。違うと思ったものを攻撃していちいち潰していく必要もないわけです。時間の無駄だから。世の中はもっと先に進まなくちゃいけない。これが、ドイツ全体を回ってきたときに感じた個人主義。その個人主義がきちんと対応できているということが一つの根底にあるわけです。親と違う意見をいう子供もたくさんいます。その個人主義の中から、ところが最終的にはみなまとまるんですね。バラバラではないんです。なぜかな、と思ったら国家の中での教会の位置づけ。というのも牧師が言ったのは、ドイツは1517年宗教改革が象徴的ですが、カトリック、プロテスタント関係なく常に神の存在があるわけです。神の下において人間は平等なわけです。逆に言うと、神は絶対、これはイスラムもある程度共通かもしれませんが、人間ていうのは所詮神と比べると必ず大したことないんですね。罪と罰もそうですけど、常に神に対して人間はそれより劣り不完全な存在である。その中で間違えることは当然だ、と。その根底から先ほど申し上げたようにメディアもその部分で、ジャーナリストたちと話していて非常に心地がいいのは、みんなお互いに価値観を認めあいながらもその違いを認めているんです、個人的に。それは違うね、と。ところがこの神の存在によってある意味、言論空間が安定される。神に対しては一体となるわけですが、難しいのは国家と教会においては教会が強い時期もありましたし、逆もありました。今でもやはり教会の力っていうのは社会的に絶対的なものがあるわけですね。同じ宗教に属する人間が9割いる国というのは最終的にはバラバラでもそこでまとまる。というところがあるのですが、日本が厳しいのは八百万の神というのもありますが、一見個人主義として好きなようにしていいとなっていると、その先にどうなるかというと、本当に好き放題になってしまうんですね。民主主義、天皇制が事実上象徴制になってからその歯止めの部分がなくなっているわけですから、価値観を勝手に認めてどんどんどんどんバラバラに言っていくと、バラバラになって止まらなくなってしまうわけです。ああ、だから社会が自動的にそういう風にシステムとして絶対的なものを求めるからマスコミも、あるいは政治も含めて所謂異論、それから価値観の違い、そして多様化、多元化という言論を作ることが苦手なのかなと。つまり、横の人といつも一緒、洋服も一緒、とりあえず違うことを言おうとしたら誰かが言うのを待って言おう。そうしたことが皆さんにもあったかと思います。同調した空気に関係なく言うというのは中々難しい社会なんですね。NHKがおかしいと思ったらおかしいんじゃないのって普通にみんな言えばいいんですけど、おかしいと言えば変な宗教にかかってるんじゃないの、とかそういうようなことを言われてしまうわけです。


原発報道の過ち


この一見実は自由に見えて、ものすごく不自由な言論空間というのが日本で、それが一番最悪な形で表出してしまったのが原発報道だったのかなと。なぜかというと今からお話しする部分は、原発報道で現実が、事実が伝わっているかというと非常に苦しいわけです。その1つ福島第一原発3号機の爆発の映像って皆さんご覧になったことありますか?

3号機の映像を見ていただくと、分かるのですが、その映像が、日本人がたぶん世界で最も知らない映像、写真なんです。各地を回りながらドイツ人に聞いたわけです。それを見せながら、知っている方に手を挙げてもらうと、ほぼ全員ですね。何の写真かというとちょっと分からない人もいるけど、この福島第一原発の絵を見たことがありますか、この一年間でご覧になりましたかって聞くと、ドイツ人ほとんど全員手を挙げるんです。ところが、この映像、日本では事実上ずっと封印され続けてきたわけです。日本では原発の爆発の映像っていうと1号機の爆発ばかりしか流れないんです。ところがこれは、マスコミの人たちはみんな知ってるんですね。それが3月15日の爆発なんですが、あまりにも爆発の規模が大きいんで、この映像を出さないという自主規制もありました。更には、政府や東京電力、それから原子力村を構成する所謂産業界や官界それから司法、これは誰がというシーンじゃないんです。先ほど言ったようにシステムが全体として横並びなので、どこも出さない。そして自主規制があったらこれはみんなで出さないことにしようというのが1年近く続いてしまうわけです。何が恐ろしいかというと、その時に起こった爆発の映像を見た外国の人たちがみんなこれは大変なことが起こったとガンガーセン博士などは1号機2号機は映像を見る限り水素爆発だが、3号機は核爆発の可能性が高いという風にも言ったんですね。高いんだったら逃げなきゃいけないということで、世界中が、当時は原発事故以降、まず大使館を関西の方に移す、もしくは国外退避。あとは国民に関しては子供や妊娠している女性、放射能の感受性が高い人は国外退避ということで3月18日ぐらいまでにチャーター機がきてみんな逃げたわけです。あとの一般国民は200キロ圏外へ逃げなさい、と。アメリカは、軍人は80キロ圏外。軍人がですよ。

テレビ新聞を見ている皆さんは繰り返し聞いたと思いますが、まさにそのようなことが起こっている最中に逃げるなと言って逆に最初の避難範囲を2キロ、3キロにしたわけです。その後10キロ、20キロ、30キロ、今また20キロに戻して4月から一部17~18キロに戻しています。このようなことがあったわけです。残念なのは、ここでもしメディアが知っていれば、その情報を流したら、その情報を見て、自分はこっちのメディアを信じる、という人がいてもよかったわけです。でも情報を一元化してしまったために、皆知らないで、知らず被ばくしているわけですね。今頃になって政府もマスコミも認めましたが、多くの方を被ばくさせ、その被ばくの根拠が明らかになっても隠すことによって5月までそこに居住させたということがあります。さらには3月21,22日の大量の放射性の物質の放出によって東京都民の方を含めて多くの方が被ばくしたと。被ばく少量なので、イコール病気になるということではありません。被ばくの是非を言っているわけで、健康被害のことを言っていませんが、被ばくをしたかしないかで言ったわけです。このような事実も隠された。だったら、別に逃げなくてもいいんです。ただ逃げたいと思っている人もいたわけです。そういう人たちに対して情報を出さなかったというのは、これは殺人的じゃないかと。ということで3月12、13、14日ぐらいから私自身も旧知である、枝野幸男当時元官房長官や、他の大臣などの知り合いに片っ端から電話をして、子供とお母さんだけでも逃がす判断をした方がいいんじゃないかと言う風に直接言い続けたわけです。

この時に、日本の新聞・テレビなんと言ったか。枝野官房長官の言葉を使いました。「3号機でポンという爆発的事象がありました。」これ(写真)ポンにはどうしても見えないですよね?そして3月18日に官房長官会見に入って、枝野さんに「こういう状況なんで、海外の人はみんな避難している。今朝、大統領令が出て、オバマ大統領が演説して、アメリカの国民・軍人を80キロ圏外に全員出した。なんで日本は中に残しているのか。枝野さん、デマとか風評とか言うんだったらオバマ大統領に抗議してください。デマを流すなと。それができないんだったらご自分の発言を撤回して、早く国民を逃がして下さい。だって福島の人不安でしょう」と質問しました。その日はまだ20キロまでしか逃げてませんから。その間の60キロの間に住む人の中にもし外国のメディアを見ている人がいたらアレ、なんかちがうんじゃないかと不安になりますよね。情報隠ぺいじゃないかと。新聞・テレビの記者は逃げましたから。日本では新聞テレビでは記者はいつも逃げちゃうわけです。これデマと言われてますけど本当ですからね。みんな最初に逃げたんです。原発事故に対する内規があるんで。そして、逃げといてテレビ新聞で爆発的事象はありましたが放射能は飛んでいませんって普通に答えるんですよ。ホントに殺人的ですね。それが私がジャーナリストをやめた理由です。こんな人たちと一緒の職業は恥ずかしいと。後世、多くの日本人があの時ひどいね、あの記者たちは何をやっていたんだと。国民を被ばくさせて、と言う時に、ジャーナリストっていう彼らと同じ職業っていうのは恥ずかしいし申し訳ないんで、少しは良心が残っているんで3月31日にやめると宣言して、実際12月にやめました。これが最大の理由なんです。そしてどうなったのかというと、見たことない人がビックリすると思うんですけど、この映像が世界中に広まったんですね。福島の映像というとこの三号機の爆発ばっかりなんですね。ドイツでもこの映像を見た人ばかりなんです。だからただごとじゃないとなった。とてもじゃないけど、ポンという爆発的事象じゃないですよと。そして解説者がいっぱい出てくるわけです。これはまずいと。少なくとも放射能が漏れているだろうと。実際、当時、一番高線量の放射能が漏れていたのは3号機ではなくて2号機だったんですけどね。その後、4号機の今問題となっている使用済み核燃料。元から問題ですけど。とてもじゃないけど、現状も安心できずに危ないと。にも関わらず、4月から子供達も含めて、校庭で遊ぶ時間を戻してしまったわけです。当時3月までは高校生・中学生が2時間、小学生が30分、幼稚園児が15分など、これが福島の現実です。ところが、そうやって放射能があるので遊ぶ時間を短くしていると子供たちのストレスが溜まると。放射能の危険性を言うと子供達が遊べなくなるからストレスが溜まってそっちの方が重要だという本末転倒なことを言う学者がたくさんいますけど、逆でしょ。だからこそみんな避難させなさいと一旦子供だけでもということを私は一年以上も言い続けているわけですが、政府は逆の決断をしました。そしてさらに逆の決断をしたのが、こんな事故を起こしている国が大飯原発を再稼働するというニュースが僕がドイツにいるときに入ってきたわけです。ドイツの人はみんな最初は冗談だと思っているわけですね。総理官邸前に1600人ぐらいデモ隊が集まって、知り合いも入ってましたから、向こうの運動でやっている人間が知らせてくれたと、今、再稼働が事実上枝野経産大臣と仙谷さんが言って決めたと。いうことを言ったら、「狂ってるのではないか」、そういう反応を示した人もいました。原発やるかやらないかは別にいいんですよ。ただ、そんな事故を起こした国がきちんとチェックもしないで原発を稼働させる。異常じゃないかというのが普通の感覚だと思うのですが、そういう感覚は日本でいうところの「デマ」とか「放射能の危険を煽るやつ」と言う風に言われてしまう。つまりこれはなぜかというと、マスコミを含めて作ってきた世論が、原発の放射能は危なくない、原発に関わる事故は基本的に終わって、そういう危険性はもう抜けてると言ったために、それの帳尻を合わせるためにずっとこの1年間その路線で行っているわけです。新たにいろんな問題が出てくるということをチラチラ言うんですが、それは実は昨年の3月にほとんど出ていたことなんですね。でも3月に知っていたとなると自分たちが誤報を打ちまくったということがバレるんで、今分かったということを突然言い出すわけです。


「大本営」を繰り返す国


これSPEEDI(※)ですね。これSPEEDIの2001年のですけど、ご存じの方もいるかとおもいますが、日本政府がSPEEDIの情報をフルに公開したのは昨年の5月です。実際これは3月11日から稼働していました。その間繰り返し記者会見で突っ込んでも回答なし、みんなこれは動いていない、と思っている。ところが驚いたことに、海外の人はこうした放射能の飛散状況をみんな知っていたんですね。なぜかというと、3月15日にアメリカ軍にSPEEDIを提供したのを象徴として、。日本の文科省から官邸に上げ、官邸から国務省、国務省からアメリカ軍。つまり、国民の税金を何百億円も使って作ったものを、残念ながら日本の国民でなくてアメリカ軍に渡したわけです。その時、3月15日前後ですが、アメリカ軍の情報を色々と得ていたので、米軍情報というツイートをひとつだけある人のツイートに対して返したら、そこから「米軍情報はデマ」というのを1年ぐらい言われています。これを公開していれば、先ほど言ったように、少なくとも20、21、22日の被ばくは避けられたわけです。それが無いと言ったために、マスコミも含めて加害者なんです。マスコミも国家的犯罪の一員だと言っているのはなぜかというとこれを知っている人間が私の周りにたくさんいたんです。だから言ったわけですね。なんで書かないのかと。別に書けと言うのでなくていいから、このSPEEDIのことを否定するな、と。AERAは3月の最終号でSPEEDIのことを隠ぺいしていると書きました。そしたらAERAもデマ扱いされました。驚くのは、記者会見に出てる人間はほとんど知っているんですね。放射能の実際のことなど。そして記者たちも知っているんです。ところが200人ぐらいいる記者クラブの記者たち、テレビの前に出て、放射能は飛んでいません、食べ物も安全です、みなさん落ち着いて行動してください、インターネットなどのデマや風評に惑わされないでくださいということを言うわけです。みんな信じてしまいますよね。日本は最初言ったように、NHKや朝日新聞は正しいと信じていますから。これが国家的犯罪ということと同時に、多様性のない国の恐ろしさなんですね。

日本のメディアから事実上追放されている群馬大学の早川由紀夫さんのずっと作り続けている10万ポイントの場所を測っているマップです。早川さんはヘイトスピーチをする人間というレッテルを貼られています。でも、私から言わせると、彼の出す情報はイコール間違いかというとそうではないんですね。彼はヘイトスピーチに関しては確かに私の基準からすると受け入れられないものがありますけど、放射能の専門マップに関してはすごく正しいんです。4月の頭に彼がここに出したものは、その後日本政府が出すモニタリングポスト、サンプリングポストの数値、ほとんどこれと一致します。

つまり、日本は70年前の大本営発表をまたやっているわけですね。当時の大本営発表、なんであんなことをやってたんだろうといま皆さんは疑問に思うでしょうけど、実際その中にいる人間ていうのはマインドコントロールされてしまっているんでどうにもなんないんです。海外に行って比較対象があると、あぁ、海外って普通だな、と。個人の意見もあるし、そしてそれに対立する意見もあるし。ただお互いの価値観を認め合う民主主義の文化、これがきちんと言論空間に存在しているので非常に居心地がいいんだなと実感するわけです。僕ドイツ語は全然喋れませんけど、第二外国語だったんでごく簡単なあいさつぐらいはできます。つかみはドイツ語で喋って、あとは日本語になりますけど。ドイツに行って言葉が通じないけど居心地がいいっていうのは、私の意見も別に反対する人がいっぱいいるんです。だけど、それを端から否定して嘘つきだとかインチキだとか言わないわけですね。で、間違いがあったら、さっきのところ違うんじゃないかと言ってあぁそうか、とそれだけで話は終わりです。日本は…違いますね。間違いがないというのは先ほど言ったように、神でもない限り人間には無理です。アメリカ・ヨーロッパの文化で健全なのは、間違いに関しては非常に寛容です。ただ、嘘・捏造に関しては非常に厳しい。ですから、間違いに関しては後を引かない。ただ先ほど言ったクリントンのメディア戦術、なぜそれが成功したか。ニクソン大統領は事実上職を追われました。大統領の尊厳も失いました。なぜならば、彼が、ウォーターゲート事件でずっと最後まで嘘をついていたからです。やってない、と。ところがクリントンは途中でプライベートから戦略を変えて不適切な関係を認めたわけです。認めた、確かに間違いをおかした。でも認めたんだからいいじゃないか。と言って世論が戻って、最高支持率の大統領で終わる。これが大きな違いなんですね。


最後に信じるのは「自分」


この部分を日本人が知らないと厳しいのはどうしてかというと皆さん、京都大学に新入生として入った人が社会の中心に出る頃っていうのはですね、日本は10年、20年前のような輝かしい国家ではないわけです。放射能の問題を抱え、それによって経済力的にも国力的にも中国が圧倒的な力を出してくるような時代ですから。これは良いか悪いかは別として現実ですから。その厳しい日本で過ごすということもできますが、同時に世界と共に戦わなくちゃいけないということを考えるとそうした世界中の、世界の覇権を握っているのは現在、アメリカやヨーロッパ文化ですね。それに対して個人である程度戦うんだったらやはりそのルールと慣習の中で戦わなくてはいけない。自分は日本人だからいいよと言ったら、じゃあお前もういいよで終わりますから。その慣習っていうのが先ほど言ったように価値観の違い、そしてそのディベート力っていうのは別に言語がいらないんです。なぜなら堂々と日本語で言い続ければいいんですから。で、その中で何が必要かというと所謂自らの主観、考えをきちんと主張する。それによってさまざまなディベートとか論争いも含めて行うと。こういうことが必要だと思うんですね。何が言いたいかというと、人のことはどうでもいんです、はっきり言って。無責任なようですけど。自分が何をできるか。それを個人個人がやり続けることによってしか社会に対しての健全性を達成することができませんし、ひいては国家や日本という国を建てなおすということができないわけです。日本の中であいつはこう言ったとかどうでもいいんですね。あいつはこう言ってるな、そういう考えもありだろう。自分はこうやろう。そしてそれが外に向かっていくのが実は世界で通用するような人間なので是非とも京都大学の新入生の方にはそういう人物になって頂きたいという風に最後取ってつけたように新入生に贈る言葉を申し上げました(笑)。もう一つ取ってつけると、日本にもそういう人はたくさんいます。個人で。最初に言ったように

他人との違いというのを気にせずにどんどん主張し、日本社会からこいつはダメだというレッテルを張られるぐらいの勢いで新入生にはやっていただきたい。人と違うことは全然平気です。別に命が取られるわけじゃないし。自分が思ったことをやった方がいいです。それは今やろうと思ってやらないで将来後悔するよりも、やって失敗した後悔の方が全然楽だからですね。これは私の経験からもそうですが、やらないという判断をして後で後悔をすると非常に気分が悪いです。やって失敗するとまあ炎上だろうがデマだろうと言われようがまあいいやと納得できる。自分の中では納得したことをやったんだと。こういう風に思えるんで、これは楽です。やるかやらないか悩むんだったらやった方がいい。特に若いうちは。どんどん失敗して、どんどん人から批判されて、そうすると色んなものが見えてきますんで、人と違うことをやって、そして自分自身で納得する。自分さえ納得していればいいと。ずいぶん我儘かもしれませんが、その方が精神衛生上もいいし、今後の日本においてもそうした人材が必要になると。京都大学はその雰囲気がたくさんある大学なので、是非そういう自由な校風のもと新入生の方は学んでいただきたいと思います。ありがとうございました。

※SPEEDI:緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムの略。 原子力発電所などから大量の放射性物質が放出される・その恐れがあるという緊急事態に、放射性物質の大気中濃度や被ばく線量など周辺環境への影響を、各種データを基に迅速に予測するシステム。


>>質疑応答に続く<<

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