〈新歓企画〉上杉隆講演会 「マスメディアとプライバシー ~炎上しない大学生活~」(2012.05.16)

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4月20日、京都大学新聞社の新歓企画として、講演会を開いた。講師は上杉隆氏。これから大学で多くのものを学んでいく学生に対して、ウェブ・メディアとの付き合い方や、原発報道、京都大学のカンニング事件報道などについて語った。(編集部)


「捏造ジャーナリスト」の上杉です(笑)。肩書きがどんどん変わっているのですが、4年前の11月祭で京都大学新聞社主催の講演会に来た時の肩書きは嘘つきジャーナリストだとか、インチキジャーナリストだとかいう肩書きでした。ところが今年は大分進歩して、捏造ジャーナリスト、デマジャーナリストという新たな肩書きが加わってこの場に戻って参りました。新入生の歓迎ということなので、新入生に向けてどうすれば私のようになれるのか、もしくはならないようにするにはどうしたらいいのかということを話していきたいと思います。京都大学ですから「カンニング」のこと、あるいは3・11以降大きく変わった日本のこと、また原発事故さらには放射能の現実というものを抱えながら日本という国が今後進んでいかなければならないといけないということ、それからまたツイッターで炎上が起こっているという風に思っている人もいるということで是非ともその辺りも話していきたいと思います。


「カンニング事件」とは何だったのか


まずカンニング事件についてなんですけど、これは今の2回生が入る時に、カンニングをしたということで日本中大騒ぎしたんですね。そしてマスコミもここぞとばかりに大騒ぎしたのですが、私自信は馬鹿らしいなと思って一切コメントせず放置していました。正直言って、そういう風に書いている日本の記者たちこそどんなにカンニングをしているんだ毎日、と思っているからです。「メモ合わせ」というものがあるんですけど、日本ではカンニングばかりしながら記事を書いているんです。更には昔に私の書いた『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎)という本の中で紹介した「分かった報道」、「一部週刊誌報道」というのがあります。これは日本の新聞・テレビの記者はある時一斉に、突然分かったという風に書いたりするわけです。それはなぜかっていうと、記者クラブというものの横並び意識で、誰かが書くまでは書かない、誰が書いたら一斉に書くということなんです。実際にやっていることはカンニングに他ならないんですね。みんなで見せ合って、そして答えを教えあって書く。『ジャーナリズム崩壊』にも書いたはずですが、ある時、週刊朝日がタレントが交通事故を起こしたという記事を書いたんです。もう数年年前のことですけど。すると次の日の朝刊で、そのタレントが交通事故で書類送検された、ということを書いたんですけど、驚いたのはタレント本人で、その交通事故自体が2年ぐらい前の話だったんです。ところが、情報源を週刊朝日によるとって書けばいいんですけど、日本の新聞テレビはどうでもいいメンツといったものがあり、クレジットを打たない。だから、どういう風にしたかというと警察からの情報にあてて、そして分かったと書くわけです。これが「分かった報道」。ですから超能力でも持っているかのように、昔のことでも、ある日突然みんな一斉に分かるんですね。これはこの後に話そうと思っている原発報道がそうで、最初はみんな書かないで横を見ながら様子見していて、どこかが書いたらある日一斉に放射能が出ていました、事故を起こしていました、そして原発事故に関しては政府が隠ぺいしているとか、そういうことを書いてくる。自分たちの主観というものがないし、自らのジャーナリストとしての矜持もない、というのがその報道なんですが、その最たるものがこの京都大学のカンニング報道です。

今まで他になかったのか、そして見逃してこなかったのか。カンニング自体正しいとは言っていません。ただ、自分たちが如何にも初めてその時、京都大学で「カンニング」というものが起こって、あたかもこれは重大ニュースであるかのように扱うこと自体が馬鹿馬鹿しい。昔からあるわけです。更には自分たちも日々仕事の中でやっているわけですね。それを、公式の発表になった瞬間にこぞって未成年の容疑者に押し寄せる。その風潮自体が馬鹿馬鹿しいということと、それと同時に、未成年の一人をいじめて何が楽しいんだ、もっとやるべきことがあるだろうと思う。この過程を記者クラブ問題と絡めて批判したいんです。そしたら全く同じ論調というかそれよりさらに過激な論調をしている人がいました。それが脳科学者の茂木健一郎さんで、「日本のメディアはクソだ」というような過激なことをメディアでガンガン言いだして、こんなことでいじめてんじゃない、とはっきりと主張しはじめた。茂木さんの論はもう少し進んで、カンニングするぐらいの知能と、携帯電話ではあるがその頭脳があるんだったらそれはまた才能だと。社会はそうした人物を逆に利用しろと。。それぐらいの独自性を持った人間がやはり将来的には新しい思考を発揮して世界の中で戦えるんだと。日本の横並びのルールにばかり浸かっている人間は所詮この島国で終わってしまうと。そういう論調を張っていたんです。そこで、たまたまその2つの論調が同じだということで小学館の週刊ポストの記者が私に「上杉さん、茂木さんと対談しませんか?」と電話してきました。同じこと言ってる同士で対談しても面白くないでしょうって言ったんですが、せっかくだからやってみようかということでそのカンニングの何が悪いのかということを小学館の週刊ポストで喋ったんです。小さな記事かなと思っていたところ、出てきた記事が右トップ数ページぶち抜きでした。


二元化された言論空間


カンニングに関して皆さんにやれと言っているわけじゃないんですよ。そういうことを吊し上げる社会自体がいびつだし、異常なんだということを是非分かってほしい。これは東京大学と比べて京大の方がまだマシなんですけど。とにかく横並びで独自性を消すということが実は今回の原発事故、あるいは日本社会全体に覆う閉塞感の源になっている。特にそれをメディア自身がやっていることに私自身も10数年前に気づきました。メディアというのは民主主義国家においては大なり小なり基本的に様々な意見を表出する、所謂、「多様性の装置」なわけです。その中で働く人物は多種多様です。それは当然で、日本を含むこの社会は、多様な人物によって多様な価値観のもと構成されているのが国家、あるいは社会であったりするのですから。特に世界における面では人種も違う、考え方も全く違う。教育も違い、中には法律も違うと。これが当たり前の世界なんです。ところが日本は小さいころから基本的に正しいことは一つということを半ばマインドコントロールされて生きているわけですね。その最たるものがマスコミで、例えばNHK。地震が起これば皆さんNHKを見ましょう、災害や事故が起こったらNHKです。そこに疑問というのはありますか?おそらくあまり無いと思うんです。NHKは常に正しい、ということを小さい頃から洗脳されるわけです。また、テストには天声人語、朝日新聞が出ます、と。読みたくもない面白くもない天声人語を読まされるわけですよ、子供の頃から。そして新聞は正しい、この文章は正しい、美しい文章だ、素敵な文章だ、と言って駄文を繰り返し読まされる。それが日本全体に広がっているというのが非常によくない。なぜかというと、NHKも朝日新聞も所詮人間が作っているものであるにも関わらず、その媒体によって正誤を決めつけるわけです。私がかつて朝日新聞で連載している時、私のことを正しいと言ったかというと、その時は言われているわけです。さすが朝日新聞に載っているだけあっていいこと書くね、と言われるわけですね。ところが同じことを書いても、ネットで書くとデマ野郎と言われる。日本人の言論空間の不平等性の歪みがそういうところに、つまり権威に現れてしまうわけです。この権威に関してノーと言ったり違う考えがあるんだということを紹介するのが本来のメディアの役割。例えば政府はこう言った、こういう風に発表した、いや違うんだ、こういう意見もある、と。そしてそれが二元化三元化、あるいは多様化することによって民主主義の根幹である多様性が担保され、そして普通の民主国家ができるわけです。しかし単一化する、単元化されればされるほど独裁に近づくわけなので、社会構造としては一見非常に安定したものに見えるんですけど、その中を見ると極めて危険な体制が出現する。それは特に今回は3・11以降原子力というものに関して発生したわけです。原子力国家の危険性というのは世間で70年代既に分かっていた通り、原子力というものを権力が掴むことによって行政司法律法含めてその国家、産業界含めてそこに膝を折るような形になってしまう。それは非常に危険なので軸機能を働かせるしあわよくば原子力に関してのカウンターとなる情報を出せ、とかなり大ざっぱにまとめるとそういうことなんですね。そうするとまたデマ野郎という風に、全部そこに結び付けられるんですけど、いずれにしろカンニングに関してもそうなんです。これはけしからんというメディアはあってもいいんです。だけどもう一方でそんなのでいいじゃないかというのがあってもいい。みんなカンニングやってるだろうという風に、彼はカンニングをやって試験で入れなかった、ということで十分に処罰を受けているんだから、それで十分だろと。なにもマスコミに吊し上げられて、親のところまで記者が来て親に謝らせるとか、それはもう集団リンチに他ならないという意見が茂木さんと私以外にもあってもよかったわけです。ところが無いんですね、日本は。それを言っちゃうと、じゃあカンニング肯定派か!と訳の分からない論理で対抗してくる人がいっぱいいるわけです。これがまさに日本の言論空間の一元化の怖さそしてその網にかかってしまった人たちは徹底的に貶められるか、反論を許されないというような状況ですね。

茂木さんがその対談の中で言っていた面白いことは、もしこれがアメリカなどで起こっていたらたぶん入学試験を通してるな、と。携帯電話という非常に単純なやり方だったんですが、色々な形で、アプローチでそういうカンニングをするということがそれなりに考えられたわけで、場合によっては彼は京都大学へのキャリアを歩く。政府の機関がカンニング防止のために彼を雇うことだってできる。それがまさにアメリカの言論空間の強さですね。ご存じのようにアメリカでハッカー対策の担当者に、FBIやCIAでもそうですけど、元ハッカーなどを使っているわけです。ジュリアン・アサンジがそうですよね。オーストラリアのハッカーで、若い頃捕まっていますが、だからといってオーストラリアが彼をつぶすことはしないわけです。むしろその分野で使えばいいわけですから。これが日本との大きな違いですね。そしてこれは政治全体にも当てはまります。


政治をマニピュレートするスピンコントロール


スピンドクターという言葉が、アメリカ・イギリスのみならず、ほとんど今全世界の先進国など、非常に高度な政治集団の中にあります。特にメディアポリティクス、テレポリティクスと言われるような形態を行っている先進国では顕著ですね。情報発達の先進国に関してはスピンコントロールというものを行うスピンドクターの存在が無くてはならないものとなっています。具体的に言うと、アメリカで最初にスピンドクターと言われたのは、80年代、クリントン政権がですが、ジェームズ・カービル、それから今ABCのキャスターをやっているステファノボロスです。特にジェームズ・カービルという人は、日本ではスピンコントロールという言葉が当時はなく、メディアコントロールと言いましたが、情報を出したりひっこめたり、場合によっては作ったような情報を出したりという風にしてメディアをコントロールするわけです。クリントン大統領は二期目の後半でルインスキーさんとの不倫問題が出てきました。その時に繰り返し用いたのが「プライベート」という言葉を使う戦術です。公聴会に呼ばれ、ホワイトハウスで何が起こったかを繰り返し「プライベート、プライベート」と言って、その反論をするわけです。それがプライベートな問題であるということを国民に印象づけた後でどうするのかというと、不適切な関係にあったことを初めて自分の非として認め、それ以上言わないんです。そして家族に対して謝った。家族の問題に矮小化させる。これが大きいですね。あ、そうかプライベートな問題なのか、と。そこに戻してその後に家族から許してもらった。そうすると、いいじゃないか、プライベートな問題で家族から許してもらったんだから、となる。ホントは違うんですね。ホワイトハウスという非常にオフィシャルなところでそういう行為が行われてたんですから。だけど、その戦術によってクリントンは最後二期目の八年後、支持率が逆に上がる。そして非常に優れた大統領としてホワイトハウスを出て行ったわけです。その印象がいまだに残っている。つまりスピンコントロールが成功した例ですね。これ以降アメリカ・ヨーロッパを含め、スピンコントロールということが政治をマニピュレートするという意味での非常に重要な方法論として持ち上がっています。このスピンコントロールという言葉はその後、ブッシュ大統領の時はカール・ローヴとか、オバマの時はデイヴィッド・アクセルロッドという人が出てくるんです。そしてなんといっても世界で最も有名なスピンドクターが英国ブレア政権の時のアラステア・キャンベルという人ですね。彼らに共通しているのは、皆、新聞やタブロイド紙などジャーナリストの出身ということです。彼らは補佐官という立場に立ったり、あるいは参与という立場から広報担当官、政権の中枢にいて、彼らだけが情報源を知る位置にいるんです。実際、かつてブッシュとライスとブレアと、もう一人名前を忘れましたが、外交政策の担当者4人の英米会談がありました。その時の写真が残っているんですね。その中で一人真ん中に足を組んで座っている人間がいるんです。それがアラステア・キャンベルですね。彼はブレア政権から、どんな情報にもアクセスできるという承諾を得ているんで、そのような最高機密の会談にも立ち会えるわけです。そして彼らがやることは、自分たちがやってきたことの逆をやればいいわけですから。最も手ごわいジャーナリストやネット等、あるいは今はネットですけど、当時で言えばフリーや雑誌などの記者が考えていて、政権を潰そうとやってくることに対して未然にどんどん、どんどん手を打つんですね。なぜそれができるのか。かつて自分たちがやってたからです。これがスピンコントロール。そしてそれをやるのがもう今や、これは良い悪いを別として、当然の世界形態になっているわけですね。世界の情報分野における。なぜかというと、自分たちがいくら善人であっても、相手が悪意を持っている。そして最終的に外交の行きつく先は戦争ですから。そういった最悪の事態を避けるためには、その最悪を避けるためにあらゆる方法をもって国民国家を守るというのがやはり国家の役割、政治家の役割という観点から当然の手法だということで、今やこの方法を以てスピンコントロールというのを行っていない政権というのは独裁国家の政権だけですね。北朝鮮とか。国民を洗脳していますからね。中国もスピンコントロールを事実上、実はあるんですけど、いらないと。そして日本です。元々必要ない。記者クラブというのが実はスピンコントロールをやってくれているので全く必要ないと。


インターネットメディアとしてのその位相


そこで何が言いたいかというと、良いか悪いかは別としてそういう現実っていうのは、多様な価値観でこの世の中は動いている。戦争も行わなければいいけど、日本だけが正しいことを行っても世界中で様々な国があって、国家があって、そして為政者がいるわけですから、自分たちの論理が通用するかというと、国内では通用しますけど世界では通用しないわけです。そういう意味で、そこの世界に通用する人材はどこかと言うと、色々言うわけです。それは逮捕されてようが逮捕されてまいが関係ないと。いわばそういう人間を使えば良かったわけですね。その象徴的な例が、カンニング問題からいきなり飛んでですね、実は今インターネットなどを含めて非常に社会の中心になっているような感じはあります。この部分では。社会の中心というのは若い世代のこと。私もドイツから帰ってきたばかりと言いましたが、ドイツの中でずーっと、11日間で15か所講演して、そしてインタビューが5つの新聞社と2つのラジオ局と1つのテレビ局ですかね、を受けてきました。そして日本の話をずっとしたわけです。3・11以降の。みんなから質問がきます。「日本はインターネットが発達してるんだろ?なんでインターネットの情報を社会的にも利用しないんだ?」いやしてるんだ、と言うと、「なんでマスコミやインターネットの情報をそれに使わないんだ?」と。基本的に日本のマスコミというのはインターネットはインチキだと色々レッテルを最初に貼ってしまったために、そこから脱却できないでいると答えた。所詮ツール。先ほど申し上げましたね。NHKにしろ朝日新聞にしろ、正しいことは大変多いんですが、かといって全部正しいかというとそうでもないんです。インターネットは所詮ツールです。そこの媒体が正しいか正しくないかなんて判断する必要ないんですね。中身で判断すればいいだけですから。これはさらに言えて、インターネットで悪いとされている人が何かを書いている時に、この人はインチキだからこの情報は間違えているとレッテル貼りをするのは非常に稚拙な言論空間の人ですね。NHKで書いたから、これは水野解説委員が書いた、言った、正しいだろう。それも稚拙です。水野解説委員も山崎解説委員も、科学文化部の人ですけど、原発報道で間違えたこともあるわけです。かといって全部間違いかというとそうでもない。一人ひとりがそういう情報は正しい、正しくない情報は持っているわけです。日本にはこうした感覚が大きく欠落しているんですね。全員ではないですけど。これが日本の文化の未熟性と、とりわけ言論空間の稚拙な対応ということにつながって、結果として本当のことが国民に知らされないということがあるわけです。ドイツで繰り返し聞かれたのがまさにインターネットがこれだけ発達して、そしてそれだけの先進国である日本がなんでまだ原発を再稼働するんだと。それはみんな分かってないんですよと言っても理解できないんです。「なぜ放射線の、所謂空間線量のレベルがチェルノブイリの現在の30キロ圏内より高いのに、そこに人を戻すんだ。ましてや普通に住んでいる。おかしくないか」と。こういう風に繰り返し言われたんですね。

そういう意味で、所詮インターネットはツールなんです。わざわざ蔑む必要はないんですが、そういうことがまず感覚としてできないと。さらには、所詮利用すればいいのに利用しないで自分たちのぬるーい言論空間に閉じこもっているのが日本のメディアということで、それがまさしく3・11以降象徴的に現れてしまったというのが非常に残念なわけですね。それから脱却できるかどうかというのが日本の社会構造上の大きな変革がないと難しいかなというのがドイツに行った時の率直な印象です。せっかくドイツに行ってきたんで、自分の印象を話します。印象を話しても事実という風に受け取らないでくださいね。大体これで印象を話しているのに事実だという風に書かれてそしてデマだ!となると非常にめんどくさいので(笑)。

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