漢文学を通して見える王朝文学の新たな世界 東京オフィス講演会(2010.11.16)

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京都大学東京オフィス(東京都港区)で11月10日、「王朝文学と漢文学」と題して文学研究科の大谷雅夫教授が講演した。今回の講演は12月1日まで毎週水曜日に全4回行う連続講演「東京で学ぶ 京大の知 ~王朝文学の世界~」(主催:京都大学・後援:朝日新聞)の1回目。漢詩文の資料を用いながら平安時代のかな文学を読み解いていくかたちですすめられ、聴衆約100人が耳を傾けていた。

講演では冒頭で、平安時代の貴族が漢文学をどのように認識していたかを紹介。現代では源氏物語・枕草子をはじめとした、女流作家が著したかな・日記文学の方が一般に知られているが基本的にはそちらが従で、漢文学・漢詩こそが主として認識されていたことを強調。その証左として、1010年成立の漢詩文集『本朝麗藻(ほんちょうれいそう)』の一節が『狭衣日記』の中で引用されていることや、中唐の詩人・李白などの漢詩で広く使用されている「はづ」〔例えば「白雪も容顔に『恥づ』」(雪が恥ずかしく思うほどに白い)といった比喩表現〕の用法が源氏物語で見られることなどを指摘した。

また後半では、有名な『枕草子』の冒頭部分の一節「夕日のさして山の端いと近うなりたるに、…」の解釈について自説を展開。従来の解釈では「夕日がさして、もう山の頂におちかかろうとするころ」(角川文庫)といった夕日「が」山の端「に」近くなると理解されている例が多いが、漢詩文においては山「が」近くなるという表現が多くあることを白居易の詩など7つの作品を引いて紹介。特に中唐の詩人・劉商の詩の「夕陽に到る毎に嵐翠近し」〔嵐翠(らんすい)は「山の空気・気配」の意〕という部分や同じく詩人・劉長卿の「山は秋色を含みて近く 鳥は夕陽に渡りて遅し」という一節を読んだ上で、前述の『枕草子』の一節が、夕陽がさすことによって山「が」近くなる(見える)、とも解釈できるとした。 大谷教授は「よく知られている王朝文学でも漢文学を参考にするとまだまだ新しい解釈が見えてくることもある」として今回の講演をまとめた。

京都大学東京オフィスは2009年9月、首都圏での広報活動・情報収集の拠点として設立された。各種シンポジウムや入試説明会、就職相談会の会場として利用されているほか大学主催の春秋講義・未来フォーラムなどの同時中継をしている。今回の連続講演は朝日新聞からの呼びかけで京大の外部戦略室が中心となって企画。文学研究科の教員4名が王朝文学を題材に講演する。また、1月には生物学をテーマとした連続講演第2段も企画されているという。

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