研究の現在地 VOL.9 微細な「泡」の物性 原子核で見る 京都大学複合原子力科学研究所 谷垣実 助教
2024.09.16
谷垣実(たにがき・みのる)京都大学複合原子力科学研究所 助教
1996年大阪大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。99年大阪大学博士(理学)。96年に東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター講師(研究機関研究員)ののち、99年より現職。原子核物理および不安定核を利用した物性研究、物理計測機器制御に取り組む一方、東電事故対応のためGPS連動型放射線自動計測システムKURAMAおよびKURAMA-IIを開発し、現在も災害時の放射線モニタリング手法の研究開発に取り組んでいる。
1996年大阪大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。99年大阪大学博士(理学)。96年に東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター講師(研究機関研究員)ののち、99年より現職。原子核物理および不安定核を利用した物性研究、物理計測機器制御に取り組む一方、東電事故対応のためGPS連動型放射線自動計測システムKURAMAおよびKURAMA-IIを開発し、現在も災害時の放射線モニタリング手法の研究開発に取り組んでいる。
目次
「探査機」としての原子核交流が研究の糸口に
泡の謎 原子核で解く
意思疎通の大切さを学ぶ
「ゲリラ戦法」で生き残る
困りごとから学際的研究へ
「探査機」としての原子核
――ご専門はなんですか。
核ビーム物性学という研究室で、不安定な原子核(不安定核)を用いた基礎研究をしています。不安定核とは、原子核を構成する陽子と中性子のいずれかの数が過剰になることで不安定になり、長く存在できない原子核のことです。基本的には、この不安定核をビームにして取り出すことにより、内部での陽子と中性子の結合のしかたや、その安定性などを研究しています。
一方で、不安定核ビームを使うことで、研究対象となる物質の中に不安定核を注入し、物性を調べることもできます。たとえば、結晶構造をとる物質の中に不安定核を注入すると、結晶中の原子核や電子との相互作用が観測できるため、物質の電子構造や磁気構造を探索できます。原子核そのものの研究と、それを利用した物性の研究が、私たちの研究室の大きな2本の柱です。
こうした研究をするうえで重要なのが、不安定核を作り、制御すること、そして不安定核から出てくるγ線(放射線の一種)を正確に検出することです。そのための技術を研究開発するほか、応用的な研究もしています。
――どのように相互作用を観測するのでしょうか。
不安定核から放出されるγ線を検出することで、物質の内部や周辺で起きた相互作用を観測し、物性を推測することができます。
放射線というと発生源から四方八方に飛んでいくイメージがありますが、一つひとつの原子核からγ線が出ていく方向は、物理法則によって厳密に定まります。素粒子や原子核は角運動量(※)をもち、これをスピンと呼びます。スピンは古典論での粒子の自転に対比されるものです。γ線の放出の際に角運動量が保存されるため、γ線の放出方向とスピンの向きとの間には相関が生まれます。つまり、ある方向のスピンをもつ原子核においては、γ線の放出方向に偏りが生じるということです。
※編集部注 物体の回転運動の勢いを表す量。
周囲の電子や原子核の作る電磁場の影響で原子核のスピンの向きが変わると、γ線の放出に変化が現れます。この変化を検出することで、不安定核の周りの電子構造など物質内部の状態を調べることができます。
――具体的にはどのような手法で物性を測定するのでしょうか。
検出器を2台用いることで、γ線がどの向きから来たかを検出します。1つ目の検出器でγ線を検出できれば、その向きにγ線を出しやすいスピンの向きの原子核が存在することがわかります。ここで同じ原子核が再びγ線を出すとどうなるでしょうか。すでにこの原子核のスピンの向きは確定しているので、2つ目の検出器がどの方向にあるかによってγ線の強さが変わるはずです。つまり、2つ目の検出器は、原子核のスピンの向きに対してγ線がどの方向に出やすいかを計測できます。この手法を「γ―γ角相関」といいます。実際に計測してみると、たとえば1つ目と2つ目の間の角度が90度付近でγ線が弱くなり、180度付近で強くなるといったことが観測できます。どこでも同じ強さでγ線が検出されるのではなく、γ線が強い部分と弱い部分が見られるので、この状態を「非対称度が大きい」といいます。
γ線の強度が角度依存性をもつことを利用すれば、不安定核のスピンの運動を観測することができます。たとえば、1つ目の検出器でスピンの向きを確定させた後に不安定核が周囲の原子核や電子と相互作用を起こした場合、スピンの向きが変わり、γ線が強く出てくる角度が変わります。ある相互作用に対してγ線の角度分布の変化がどのように起こるかということは電磁気学の計算で求められるため、γ線の角度分布の変化を計測することでどのような相互作用が起きたのかを推測できます。この手法を「摂動角相関」といいます。
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交流が研究の糸口に
――現在はウルトラファインバブル(UFB)の研究をされています。何がきっかけだったのでしょうか。
私は、2011年の福島の原発事故以降現在まで、「KURAMA」という、自動車に搭載し移動することで放射線量などのマップを作成する広域モニタリングシステムを開発・運用する仕事もしています。当時京都大学の様々な方が東電原発事故対応をされていましたが、京大生存圏研究所助教の上田さんもUFBを活用したセシウム除染に取り組んでおられました。上田さんとは彼が開いた研究会での発表依頼を受けたのがきっかけとなり、現在まで交流が続いています。
福島の飯坂温泉にある私たちの定宿で彼と一緒になり、お酒の席で喋っていたときに、彼が「UFBはわからないことがいっぱいあるが、小さすぎてレーザーでの観測にも限界がある。放射線を当てたら何かわかったりしませんかね」と言うので、酔った勢いもあって「できるんじゃないですかね!」と安請け合いしました(笑)。その日は酔っぱらって終了だったんですが、落ち着いて考えてみれば、泡の状態を変えずに中に不安定核を作ることができれば、いつものやり方で泡の物性を調べられるはずだと気付きました。そこからUFBの研究を始めました。
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泡の謎 原子核で解く
――UFBとはなんでしょうか。
約1㍃㍍未満の大きさの泡のことで、その小ささから変わった特徴をもっています。普通の泡なら水中を浮き上がって破裂したり、水に吸収されて小さくなったりしますが、UFBほどの小ささになると浮き上がることもなく、水分子と衝突して不規則な運動をします。また、水中で数か月もの間存在することが知られています。実用面では産業界の幅広い分野で活用が進んでおり、物質表面の汚れを落とす効果や魚や植物の成長を促進する効果があることなどが確認されています。
――何がわかっていなかったのでしょうか。
応用が進むUFBですが、様々な特徴や機能がどのようにして生まれるのかについて、研究は進んでいません。UFBは数百㌨㍍ほどで可視光の波長(約380~780㌨㍍)とほぼ同じ大きさなので、可視光によって泡の形や内部の状態を観測することができないことが主な要因です。従来の研究では、UFBにレーザーを当てたり、外から電圧をかけたときの挙動を観察したりすることで運動や帯電状態を観測していましたが、結局詳しいことはわかっていませんでした。
この状況を打開するため、不安定核を利用してUFBの物性を理解する方法がないか考えはじめました。UFBの中には気体が存在するので、その気体の原子核に電荷を持たない中性子を照射して不安定核に変えてしまえば、泡の状態を変えることなく内部の気体だけを観測対象に変えられます。また、UFBの周囲に不安定核を置くことで、泡と相互作用した不安定核が出すγ線の変化から、どのような相互作用が起きたのかを観測できます。このような手法により、UFBの基本的な性質や、周囲との相互作用のメカニズムを研究できるはずだと考えました。
――どのような発見がありましたか。
UFBにおける最大の謎の一つに内部圧力のパラドックスがあります。泡においては表面張力と水圧を合わせた外部からの圧力が内部の気圧と釣り合うことが知られています。UFBに外部からかかる圧力はおよそ1・5㍋パスカルですが、内部の気体がこのような高い圧力だと、水と接触すると瞬時に溶解してしまいます。しかし、UFBは数か月も水中に存在することが知られています。そこで不安定核を使ってUFBの内圧を測ってみようと考えました。
しかし、どうすれば圧力を測れるのかすぐには思いつきませんでした。そんなある日、キセノンの気体の中にキセノンの同位体と中性子の核反応でヨウ素の不安定核を作り、そこから出るγ線の角度分布から原子核の性質を解明しようとした古い論文を見つけました。その中で、キセノンの圧力を変えると、ヨウ素の不安定核が出すγ線の非対称度が変わるという現象が報告されていました。多くのグループの研究により、この圧力依存性の原因がわかりました。
核反応の結果生成したヨウ素の不安定核は様々な価数のイオンとして存在しており、その結果原子核のスピンはイオンの価数に応じた電磁場による影響を受けます。この状態にある不安定核は、スピンの向きが安定せず、2つ目の検出器で検出されるγ線が出る向きもでたらめになってしまい、ゆえに本来のγ―γ角相関ができなくなっていました。しかし、キセノン原子の衝突により電子のやり取りが起きてヨウ素の不安定核の電子構造が安定化すれば、そのような影響を受けなくなり本来のγーγ角相関が見えるようになります。気体分子運動論によればキセノンとヨウ素との衝突頻度は圧力に比例するはずで、これが圧力依存性の原因です。
そこで気がつきました。γ線の非対称性の程度が圧力に依存しており、その機構も明らかなのであれば、不安定核を圧力計として使えるじゃないかと。さっそく生存研の上田さんにお願いしてキセノンガスでUFBを作ってもらい、熊取キャンパスにある5MW原子炉の中性子を照射し、UFB中のヨウ素から出るγ線の非対称度がどれくらいかを調べました。過去の研究で非対称度と圧力の定量的な関係が調べられていたので、それに当てはめると、UFBの内圧はおよそ0・36㍋パスカルであることがわかりました。従来の理論から想定される圧力の4分の1程度であり、どうやらUFBは外圧と内圧の単純なバランスだけで維持されているわけではなさそうです。
――なぜ内圧が低くてもUFBは存在できるのでしょうか。
まだ解明できていませんが、一つの可能性として、UFBの表面が負に帯電していることが関係しているという説があります。表面の負電荷どうしの反発が表面張力を打ち消して、結果的に外圧が緩められているのではないか、という考えです。しかし、それが正しいとすると表面は非常に強く帯電する必要があり、表面の電位の実測値とも整合しません。最近はそもそもUFBは泡とはいえないのではないかという人もいます。
このUFBの安定化機構はぜひ解明したいですが、実験で得られた結果を理解するうえでも、分子動力学のような理論計算の力も借りたいと思っています。物理法則をインプットしたシミュレーション上で、基本的な相互作用だけでUFBを再現できれば、そこから予想される物性が実験から予想される物性と整合するかどうかを検証できたり、シミュレーション上のUFBの成り立ちを解析することで実際のUFBの物性を推測できたりするかもしれません。非常に興味がある領域です。
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意思疎通の大切さを学ぶ
――UFBの研究を始める前はどういった研究をされていましたか。
私は大阪大に入学し博士課程まで進みました。当時から放射線計測を通じて原子核として陽子が極端に多い不安定核の内部構造を調べる研究や、不安定核を不純物として見立て、金属や半導体などの物質中に注入した際の挙動を調べる研究をしていました。研究の対象は変わってきましたが、不安定核を作って放射線を測るという手法はずっと変わっていません。
不安定核を使った研究には加速器が不可欠ですが、市販されているわけではないので、自分たちで建設する必要があります。博士論文が3年で書けず、生活も苦しくなっていたところをポスドクとして拾ってもらった東北大では、陽子を100MeVまで加速することのできるサイクロトロンの建設に従事しました。京大に移ってからも、その経験を買われて加速器の建設に従事しました。京大ではまず崖を切り崩して加速器を収容する建物を建設するところから始まりました。その際、大学の施設部と鉄筋やコンクリートをどれくらい入れるかといったところから議論したり、業者と毎週工程会議を開いて施工状況の管理や現場で起きる様々な問題に対処したりと、研究者というよりほとんど建設業者のような仕事をしていました。
ここで学んだのがコミュニケーションの重要性です。研究者や建設業者といった専門家は、自分の領域のことはよく知っていますが、他の分野については詳しくありません。だから、自分の譲れるところと譲れないところをしっかり伝えておかないと、相手の道理で勝手に物事を進められてしまうことがあります。面倒だからと手を抜かず、ちゃんと意思疎通をすることでうまくいくという経験ができたことは非常に良かったと思っています。
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「ゲリラ戦法」で生き残る
――研究するうえで難しいことはなんですか。
研究内容そのものの難しさはもちろんありますが、それよりも研究を継続していくことがとても大変でした。たとえば私が重要と考え取り組んでいる「KURAMA」は東電事故後の放射線モニタリングで大きな成果をあげ、原子力防災分野で広く受け入れられ活用されています。このKURAMAに関する研究開発についても、成果があがった今では支援を多く受けられますが、実際に活用できることが見えてくるまでが辛かったです。周りから「そんなことやってないで本業に戻ったら」と言われることもありました。
私は、一つのテーマにひたすら集中して取り組むことも大事だけども、自分の分野にとらわれず自分のノウハウや経験が活用できる場所に飛び込んでいくことも大事だと考えています。院生の頃から周りに優秀な人が多くいたので、そういう人たちと競争しながら研究者として生き残るにはどうすればいいのか考えることがありました。そのとき、本業を極めるのではなく、まずは他の人に負けないコアとなるようなものをもっておいて、それを使ってゲリラ戦法的なことをしてみても面白いんじゃないかと思い立ちました。社会で困っている人や行き詰っている研究者がいれば、「自分ならできます」と飛び込んで、問題を解決したり新たな情報を与えたりすることができる研究者もありだなと。
先ほど話に出た福島の旅館は、事故直後から救援活動に入っていた私たちをサポートしてくれました。そこは温泉の源泉が引かれている旅館で、「電気も暖房もないけど温泉と布団はあります。ぜひゆっくりしてください」と言ってくださいました。そういう福島の方々は、私たちがKURAMAを使って放射線量を測っていることに救いを感じてくれています。その気持ちは大切にするべきで、自分のコアな部分でしっかり貢献するところだなと。とはいえそこから一定の成果が出てお金がもらえるようになるまでは、すごく辛かったです。
特に私のアプローチでは研究テーマが大きく変わり得ます。その結果、新しい研究を始める際に過去の研究実績があまり評価されないのが辛いところです。また、研究テーマを遂行するうえで必要となる人員を確保するのも一苦労です。そういう意味ではこの生存戦略は失敗だったかもしれません(笑)。それでも、これまで自分が問題解決の支援をした人たちが逆に支えてくれたおかげでここまで来ることができました。
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困りごとから学際的研究へ
――今後はどのような研究をしたいですか。
まずKURAMAはきっちりやります。KURAMAやその活動に勇気づけられた、ここで生きていく自信が湧いたと言ってくれる福島の人たちの思いに応えていく必要があり、これは一生続けていく仕事であるとも考えています。
UFBについては、内部圧力の測定に成功し、今後の研究の方向性を示せたと思っているので、一定の区切りがついたところで、その成果を知った人がどういう困りごとをもってくるかにも注意を向けてみようと考えています。実際、微小な領域の物性を調べる研究に取り組む複数のグループから、「泡の研究ができるのであれば、こんなものも調べられませんか?」と相談が寄せられています。このように、ある一つの困りごとを解決して、それを見ていた人に「自分たちの困りごとにも使えるかも」と思ってもらえればしめたものです。そうした「数珠つなぎ」こそが学際領域を開拓するのではないかと思います。
――ありがとうございました。