インタビュー

研究の現在地VOL.16 専門性の強化で 官僚に「働きがい」を 京都大学法学研究科・公共政策大学院 待鳥 聡史 教授

2025.11.16

研究の現在地VOL.16 専門性の強化で 官僚に「働きがい」を 京都大学法学研究科・公共政策大学院 待鳥 聡史 教授
連日紙面をにぎわせ、世界に波紋を広げるトランプ政権。その背景にあるアメリカ政治のダイナミズムと深層とは?

さらにインタビュー後半では、日本で官僚志望者が減少している現状に焦点を当てる。政治・行政改革の中で失われつつある官僚の「働きがい」をどう取り戻すか?

法学研究科の待鳥聡史教授に伺った。(順)
待鳥聡史(まちどり・さとし)京都大学法学研究科・公共政策大学院教授
専門はアメリカ政治、比較政治学。1996年京都大学大学院法学研究科博士後期課程退学、大阪大学法学部助手。98年大阪大学法学部助教授、2004年京都大学大学院法学研究科助教授、07年より現職。

目次

手探りで始めた アメリカ政治研究
ダイナミックなアメリカ政治
政治学から見る 日本の官僚志望者減少の背景
「働きがい」を取り戻すには

手探りで始めた アメリカ政治研究


――アメリカ政治を専門にしたきっかけを教えてください。
絵に描いたような、美しいきっかけはありません。大学院での専攻を行政学に決めたものの、十分に興味が湧きませんでした。それをみかねた担当教員の村松岐夫先生(行政学)からアメリカ政治の勉強を勧められました。アメリカには一度も行ったことはなく、アメリカのスポーツや映画が好きなわけでもなかったです。

――著書『アメリカ大統領制の現在』に修士時代に読んだレーガンの新連邦主義(*)に関する論文がアメリカ政治を専門にしたきっかけとの記述がありました。
行政学という専攻の枠内でアメリカを扱おうと思っていたので、当初はアメリカ政府における中央と地方の関係を研究しようと考えました。新連邦主義に限らず、アメリカの政治では予算や法的権限が関係すると、連邦議会の立法が必要になります。レーガン政権の場合も、議会によって阻まれ、思うように政策を実行に移せない部分がありました。そこから、連邦議会による予算編成権限に関心が向かっていったのです。

ただし、修士論文は今なら書き直しになる程度の出来栄えでした。日本のアメリカ政治研究は長く東大法学部が中心で、そこでは歴史的なアプローチを基本としていたこともあり、当時は現代アメリカ政治の研究は少なかったのです。私が研究を始めた1990年代は、80年代のレーガン政権期に近く、連邦議会の内部過程に関する日本語の研究はわずかしかありませんでした。そのため、日本語である程度基礎的なところを身に着ける過程がないままに英語の文献を読み始めざるを得ず、自分の研究としての手応えはないまま修士論文を書いた感じでしたね。

*新連邦主義
「小さな政府」を目指すレーガノミクスの一環として行われた、連邦政府の権限と財源を州政府へ大幅に移譲する政策。ニューディール政策以来拡大してきた連邦政府の役割を縮小し、州や地方自治体の裁量権を強化することで、政府全体として効率化と財政支出の削減を図ることを目的としていた。

――博士課程ではアメリカへ留学されています。
ウィスコンシン大学マディソン校に2年半にわたって留学をしました。当時はまだインターネットが普及しておらず、現地の学生なら当然知っている政治家の名前さえ知らないという状況でした。アメリカの大学院では、特に優秀な学生がアメリカ政治を専攻する傾向があり、その中ではずっと劣等生でした。また、アメリカの政治学は歴史学などとは別学部で、現代政治を重視しており、日本のカリキュラムとの違いにも戸惑いました。

それでも、授業で多くの文献を読み、ペーパーを書いているうちに、少しずつ研究に対する「勘」が育ってきました。「これはこういうタイプの研究なのか」「この研究の背景にはこうした議論があるのか」「今はこういうテーマが面白いとされているのか」という感覚が、漠然とではあるが分かってきました。

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ダイナミックなアメリカ政治


――研究対象として見たときにアメリカ政治のおもしろさはどこにありますか。
大統領選挙や二大政党の競争、激しい人の入れ替わりなど、アメリカ政治はダイナミックです。そこにおもしろさがあります。アメリカ社会の根底には、面白いことがあったら、それまでの評価と無関係に取り入れるという、チャレンジを重視する傾向があります。例えば、日本で実績を積んだ日本人メジャーリーガーがアメリカで「新人王」を獲得することがあります。それまでの実績にかかわらず、アメリカ国内のルーキーとして評価するのが当然という感覚です。この感覚は政治の世界にも共通していて、トランプやオバマのように政治家としての実績がほとんどない人物でも大統領になり得ます。

その一方で、女性大統領が未だ誕生していないなど、乗り越えられていない構造的な障壁も存在します。実力主義の側面だけでなく、深く構造化された役割期待があることも事実です。

――トランプが大統領になってから「ダイナミック」な変化が加速しているように見えますが。
トランプ大統領自身は強い主張が実際あるわけではなく、自分が中心にいたいという個人的な欲求が強いのでしょう。それでも、トランプというアイコンを使って自らの主義主張を通している人たちがいます。第2期の政権はその傾向が顕著だと感じます。

例えば政権と深いつながりを持っていたイーロン・マスクに代表される「テクノ・リバタリアン」と呼ばれる人々です。彼らは政府による介入を嫌います。政権発足当初は、そうした人々の影響力が強まると見られていましたが、実際の経済・産業政策は、予想に反して非常に保護主義的な路線を辿っています。現在、政策を動かしているのは、「MAGA」(*)と呼ばれる支持者層の影響力が大きいです。

ただし、外交政策においては、「より孤立主義的になる」という予想に反して、中東やウクライナの問題への関与が続いており、「MAGA」以外の勢力も力を持っていると見ています。

*MAGA
Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)の略。トランプが大統領選で掲げたスローガンでトランプ支持層の象徴として定着した。支持者は白人労働者層を中心とし、グローバル化による格差拡大や移民政策への不満を持っている。

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政治学から見る 日本の官僚志望者減少の背景


――ところで近年、官僚志望の学生が減っています。先生のもうひとつのご専門は日本政治ですが、政治学の観点からはどのような背景があるとお考えですか。
1990年代の選挙制度改革(*)の影響が大きかったです。政党が互いに政権交代を目指して競争するだろうという構想のもとで改革は進められました。小選挙区制の導入によって、公認権(*)を持つ政党幹部の力が強まり、党の内部はより集権的になりました。与党であれば結果的に内閣に権力が集中することになります。同時期に進んだ行政改革(*)によっても内閣機能が強化され、こうして「官邸主導」の政治システムができました。

改革以前の自民党はむしろ分権的で、党内の政策部会から政策づくりが始まりました。各省庁の官僚と与党の議員が協調しながら政策立案を進めました。こういったボトムアップ型の政策形成過程では、若手・中堅の官僚にも多くの出番がありました。

しかし官邸主導が新しい日常になると、官僚は自分で政策を作る場がなくなってしまいました。加えて、政治家が官僚の人事権を掌握して官僚を「コマ」のように動かせるようにするため、2014年に内閣人事局が作られました。実際の効果はともかく、各省庁の官僚幹部の人事が内閣官房を通じて一元的に管理・調整され、「官邸の意向に逆らった官僚は出世できない」という意識が醸成されました。こうした制度的な変化が官僚不人気の大きな理由のひとつになりました。

予測困難な時代になり、適切な政策立案が難しくなったことも不人気の原因のひとつです。戦後日本の成功を背景に、1980年代まで官僚は自分たちの能力に対する自信がありました。ところが90年代の冷戦終結後、グローバル化やIT化が進むと世の中の変化のスピードが格段に上がり、方向性も多様化しました。旧来のように官僚が政策の見通しを的確に得ることが難しくなりました。

同時期に大蔵省の接待不祥事問題に代表されるような官僚不祥事(*)が起きました。「優秀で清廉である」という官僚の世間的イメージも壊れたのです。

さらに21世紀になるとコンサルやITなど新しいタイプの外資系企業が人気を集め、官僚制が日本の組織の頂点だという構図が描けなくなりました。

*選挙制度改革
以前の中選挙区制では同じ党の候補者同士が票を奪いあうために資金や派閥を過剰に活用した選挙活動が問題視されていた。1994年に小選挙区比例代表並立制が導入され、党の看板や政策を掲げて他党の候補者と戦うことに集中できると期待された。

*公認権
政党が立候補者を正式に認めること。公認されると、政党の資金や組織的な選挙活動の支援、政党名での選挙公報掲載などの恩恵を受けられる。公認権を持つ政党の執行部は、この権利を通じて、所属議員や立候補予定者に対する強い統制力を発揮できる。

*行政改革
内閣機能の強化と縦割り行政打破を目的に、主に橋本龍太郎内閣で進められた。具体的には内閣官房の強化や内閣府の設置、中央省庁の再編が行われた。

*官僚不祥事
都市銀行、長期信用銀行、大手証券会社など、大蔵省の金融検査の対象となる金融機関が、検査日程などの機密情報や便宜供与を引き出す目的で、大蔵省の官僚を頻繁に接待していた事件。大蔵省が財務省と金融庁に分離する転機となった。

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「働きがい」を取り戻すには


――では官僚志望の学生を増やすには、どのような取り組みが必要でしょうか。
大阪大学の北村亘先生(行政学)や京大の曽我謙悟先生(行政学)の研究によると、「政治家の指示に従うだけ」という政治に従属的な官僚が増えているのは事実です。しかし、「公共的なことに尽くしたい」という志を持つ官僚も多くいます。だからこそ政治家と離れたところに官僚の働きがいのある場所をどう整えるかが重要だと思います。

私は、専門能力を向上させる必要があると思っています。例えば、30代前半までに長期的に海外で学ぶ機会を与えるべきでしょう。2年の修士号ではなく、最低でも3年以上留学させて博士号を取らせるべきです。これまでの日本の官僚は、専門知識よりも経験や人脈の蓄積に重きを置いてきました。しかし、そのやり方は通用しなくなっています。例えば、夜遅くまで働くとか、飲み会で人脈を築くような方法では、女性官僚を増やそうとする今の時代にはそぐいません。

本当の意味の専門知識を身に着け、その結果として政治家の望まない政策を出す官僚が出てきてもいいと思います。政治家もまた、官僚の能力を自分の望む政策を出すかどうかで測るべきではありません。官僚が本来持っている公共精神にどうやって報いることができるのかを考えるのが大事でしょう。

――ありがとうございました。

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