文化

〈展示評〉キュビスムとは何か問い直す 『キュビスム展―美の革命』 京都市京セラ美術館

2024.06.01

〈展示評〉キュビスムとは何か問い直す 『キュビスム展―美の革命』 京都市京セラ美術館

ロベール・ドローネー《パリ市》、1910~1912年、ポンピドゥーセンター所蔵

キュビスムという言葉を聞いたことはあるだろうか。そうでなくとも、ピカソという名前なら誰もが知っているだろう。ピカソといえば、『泣く女』や『ゲルニカ』など、奇抜な色使いや幾何学模様で構成された、率直に言えば「子供の落書きのような、よくわからない」絵が連想される。そう、この「よくわからない」絵――それが典型的なキュビスムの絵画である。キュビスムは、20世紀のはじめにピカソとブラックによって生み出された表現様式であり、その名前はキュビスム初期に発表されたブラックの風景画が「キューブ(立方体)」と評されたことに由来している。キュビスムはそれまで前提とされていた写実的な表現様式を使わず、幾何学的に平面化された形を用いて画面を構成しようという試みであった。それは当時の芸術シーンに激震を与え物議を呼んだと同時に、パリをはじめとした世界中の沢山の若い画家たちを魅了し、虜にしていったのである。レジェ、マルセル・デュシャン、シャガール、モディリアーニ……これらの個性的な錚々(そうそう)たる芸術家たち、彼らの代表作は一見互いに共通点を持たない。だが20世紀初頭当時、彼らは皆一様に、熱にうかされたようにしてキュビスムへ入れ上げており、キュビスムはそれほどに絶大な影響力を持った芸術運動であったと言える。

今年3月末から京都市京セラ美術館で開催されている『パリポンピドゥーセンターキュビスム展―美の革命ピカソ、 ブラックからドローネー、シャガールへ』はパリのポンピドゥーセンター/国立近代美術館のコレクションより選ばれた100点あまりの作品を中心に構成されており、その他資料などを含めると展示物は130点にものぼる壮大な展覧会となっている。このようにキュビスムに特化した展示が行われるのは、日本では50年ぶりである。そのなかでも本展覧会はまさに、「キュビスム総集編」とも言える大規模な展示企画であり、キュビスム発生の原点からその最盛期、衰勢と次の時代への移り変わりを余す所なく追い「キュビスムとは何であったか」を多彩な角度から熱量高く問い直す。

キュビスムとは何なのか。簡単には、「モチーフの本質を捉えるため、対象を新たな視点で解釈し実験的な表現方法をとったものである」と説明することができるだろう。そしてその点においてキュビスムは新しいのだ、と。しかしその理念だけで、果たしてキュビスムという至大なムーヴメント、またキュビスムそれ自体の魅力を説明することができるだろうか? めくるめくような色彩、「キューブ」に溢れた空間に圧倒されつつ歩みを進めるなか、ある巨大な絵画が目に飛び込んできた。それはロベール・ドローネー『パリ市』、本展示会のメイン・ヴィジュアルともなる作品である。横幅4㍍にも及ぶ大作であり、左右にはパリの街とエッフェル塔が、中央に古典的な三美神を思わせる裸婦が描かれている。画面はキュビスムらしく分割・再構成されているが、それまでのキュビスムにはない繊細かつ際やかな色使いが駆使されている。それはまるで色の総体が存在感を持って迫ってくるように思われ、理解しようとするほどに掴みどころのないものとなる。見る者は、美の前にただ立ち尽くすことしかできない。そう思ったとき、不意に、筆者のなかにキュビスムに対するひとつの回答が浮かび上がった。「キュビスムは、言語である」

キュビストたちは彼ら独自の「目」を通してモチーフを作品のなかに描き出す。そうすることでめいめいの作品においてしか成り立ち得ない体系を形作るが、出来上がった作品は我々の日常的な感覚を遥かに超えており、「よくわからない」ものとなっている。しかし我々は、その「よくわからない」作品の前に思わず立ち止まる。なぜならそれらは、決してただ訳のわからないものなのではなく、それ自体に必然性を持ち、根底にある体系により強烈な意味を持って我々を説得してくるからである。ドローネー『パリ市』は、フランスの伝統や古典主義と彼らの時代との繋がりを表現しているという。三美神とエッフェル塔というモチーフのチグハグさにも関わらず、キューブで作られた画面は色使いと相まって絶妙な調和が保たれており、無二の世界観を醸し出している。そして見る者は理屈を超えたところで作品の世界にひたすら納得させられ続ける。それは、まるで知らない言語のようである。知らない国の、殆ど理解できない、なのにどこか美しい響きを持つ言語――。

だがキュビスムの黄金時代も長くは続かない。1918年に第一次世界大戦が終結すると、人々の関心は専ら実質を追い求め、現実を生き抜くことへ向いていく。そのような時代の趨勢のなか、キュビスムは徐々に下火になっていった。本展覧会は「キュビスム以後」と宣言された、ル・コルビュジエなどによるピュリスム、機械主義の時代の到来をもって幕を閉じる。しかしやはり、「キュビスム以後」の芸術にもその根幹にはキュビスムの表現様式、言語そのものは保存されており、今の時代まで生き続けている。キュビスムは、当時の芸術シーンにおける画期的な発明であると同時に、現在も花開き続けるモダニズムの夜明け――まさに美の革命であったのだ。

会期は7月7日まで。月曜日は休館。一般2100円、高校・⼤学生1400円、小中学生900円。(舲)

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