文化

〈展示評〉よろこばせることが最大のよろこび 『やなせたかし展』

2025.08.01

〈展示評〉よろこばせることが最大のよろこび 『やなせたかし展』

「絶望のとなりに」(提供)

7月11日から8月24日まで、JR京都伊勢丹7階に隣接する美術館「えき」KYOTOで『やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ』が開かれている。本展はアンパンマンの生みの親・やなせたかしの作品を扱い、全国7か所をめぐる大規模巡回展である。漫画家、詩人、絵本作家、イラストレーターとして多彩な活動で人々を魅了してきたやなせの作品が、原画を中心に数多く展示されている。

展示ではやなせの初期の作品から『アンパンマン』まで、彼が何を思って詩をつづり、どのような絵を描いてきたのかを感じ取ることができる。展示の柱となっている5テーマのうち、「やなせたかし大解剖」では、幼少期の思い出や戦死した弟への思いが込められた作品を、「漫画」では、高知新聞に連載していたコマ漫画を原画で楽しむことができる。コマ漫画の中には、台詞がなく絵だけでストーリーを伝えるという斬新な作品も見られ、読むと思わず笑みがこぼれるものばかりだ。展示の後半では、アンパンマンが不動の人気を誇るようになるまでの道のりが明かされる。

展示されている絵のタッチや作風は作品ごとに異なる。評者はアンパンマンのイラストとはかけ離れた雰囲気の『星屑ひろい』という絵に惹かれた。高くそびえるビルの上に広がる星空と、空から落ちてきた星屑を拾う小さな人影を、細い黒の線のみで描いた作品だ。建物の影が伸びる様子や地面に落ちた星屑の輝きが緻密な線で表現され、全体としては暗く無機質な光景と言える。しかし、落ちてきた星屑に手を伸ばす1人の人物によってこの絵にストーリー性がもたらされる。

本展の最大の特徴は、やなせからのメッセージを、彼の絵だけでなく、言葉からも受け取れることだ。それぞれの絵を描いたときに彼がどんなことを考えていたのか、絵を描こうと思ったきっかけは何か。絵の「解説」としてではなく、作者の「語り」として絵に添えられている言葉が見ている者の心をつかむ。生きること、死ぬこと、幸せ、さみしさ、悲しみ。これらは詩のテーマとしてはありふれたものかもしれない。しかし、奇をてらった難解な言葉を使わない、鋭くストレートな表現は時がたっても大勢に届く力をもっている。

展示されている詩を読むうちに彼の詩の中では、「さみしい」や「かなしい」という言葉が「うれしい」や「たのしい」よりも先にあることに気づいた。例えば、作詞した童謡「てのひらを太陽に」では、1番に「生きているからかなしいんだ」とあり、2番に「生きているからうれしいんだ」と続く。「愛別離苦の世界に生きる人間にかなしみは付き物であり、そのかなしみがあるからこそ喜びが感じられる。つまり、かなしみは生きている証だ」という、過去のインタビューで語られていた彼の考えがその背景にありそうだ。彼は、かなしみやさみしさを否定するのではなく、それら全てが「生きる」ということだと受け止めているのだ。「たったひとりで生まれてきて/たったひとりで死んでゆく/人間なんてさみしいね/人間なんておかしいね」という詩も印象的だ。人間のさみしくてちっぽけな一面を描きながらも、そこに絶望するばかりではなく、「さみしいね、おかしいね」と誰かに語りかけることができる喜びを描き出しているのではないか。

そしてもう1つ、注目したい詩がある。「しあわせよ/あわてるな/カタツムリにのって/あくびしながら/やってこい」評者はこの言葉を見たときに、しあわせは早く来た方が良いに決まっていると思っていたので、どうしてしあわせにゆっくり来てほしいと願うのか疑問に感じた。けれども考えるうちにこの言葉の意味が、評者なりに分かってきた。幸せな人は「しあわせ」が当たり前なので、それがどのようなものなのか分からない。「しあわせ」を心から幸せと感じられる自分であるために、ゆっくりと来てほしいと思うのかもしれない。それは、不幸でありたいということではない。「しあわせ」が徐々に近づいてくる、その間にもきっと違う類の幸福があるはずだ。良い結果をなるべく早く得たいと思いがちな現代人に、「あまりあわてるな」と教えてくれる言葉である。それに人間は、不幸には敏感であるのに幸せはよく見逃したり、見失ったりしてしまう。今ある幸福を当然視してはいけないと戒められる言葉でもある。

やなせたかし夫妻は、NHKで現在放送中の連続テレビ小説「あんぱん」のモデルである。本展のあちこちにドラマとのリンクが感じられる作品があり、ドラマのシーンや台詞を回想しながら楽しむのも良いだろう。「なんのためにうまれて、なにをしていきるのか」と迷ったら、ぜひやなせの言葉と作品にふれてみてほしい。きっと新たな発見があるはずだ。展示は8月24日まで、各日10時から19時半。入館料は大人1000円、高・大学生800円、小・中学生500円。前売券はそれぞれ200円引き。(悠)

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