文化

映画評論 第12回 『青春』から感じる中国

2024.06.16

映画評論 第12回 『青春』から感じる中国

© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CSProduction - ARTE France Cinéma - LesFilms Fauves - Volya Films – WANG bing

【寄稿】ミツヨ・ワダ・マルシアーノ文学研究科教授

ワン・ビンの映画を見たことはあるだろうか? 前作『死霊魂』(2018)から6年、彼の待望の新作が公開された。ドキュメンタリー映画作家にとって、コロナ禍は大きな痛手だったに違いない。中国では2022年12月までの約3年間ゼロコロナ政策が実施され、その一環としてロックダウン(都市封鎖)が強制された。それは多くの労働者だけでなく、映画作家ワン・ビンの活動も停止させた。この20年間ワン・ビンはドキュメンタリー映画を作り続けており、どの作品もニュース番組では見ることのない市井の人々を捉え、現代中国の片隅に息づく貧困下層階級や精神障害者、歴史の中で消し去られてしまった人々を撮り続けてきた。[1]彼の作品は中国政府から認められておらず、本作品も「フランス=ルクセンブルク=オランダ製作」であり、多くの制作会社及び共同制作者からの出資によって作られている。

織里


日本での配給会社ムヴィオラは、『青春』をアクション映画のようであり、ダンスのように軽快で、ボーイ・ミーツ・ガールの恋愛映画のようだと宣伝する。しかし、なんといってもこの作品は、現代中国の経済的な現実を観客に強く訴えかける。舞台は、長江デルタ地域にある浙江省湖州市の「織里(しょくり)」という名の町。上海から150㌔離れたこの地域は、子供用衣料品製造の中心地として歴史的に名高い。織里には周辺各省から多くの農民工が出稼ぎ労働者として集まっているが、彼らの労働環境は劣悪で、賃金は安い。おまけに出来高払い、6ヶ月ごとの後払いだ。半年の収入が3万元だとすると、約51万円(8万5千円/月)の収入にしかならない。[2]しかし、そんな彼らの生活は、実際のところ活気に溢れている。

経済の仕組み


本作品の特筆すべきところは、被写体である織里の若き労働者達を、貧困生活に喘ぐ犠牲者として描いていない点だ。十代後半から二十代にかけて織里に出稼ぎにくる彼らは、年相応にナイーブであったり、ひっきりなしの喫煙から健康管理の杜撰さなどが気になるが、彼らは充分に独り立ちした大人だ。僅かな額の賃上げのために工場経営者と団交を重ねたり、結婚したい相手と将来について話し合ったり、文字通り青春を謳歌している。ワン・ビンも彼らの暮らしを、そして織里という町のシステムを、好意的に受け止めている。「この業界、特に織里の工場群は国のお金に頼らず、パートナーシップと互助によって完全に個人で運営されている」「最も貧しい人々でさえ居場所を見つけることができる、そんなシステムなのです。国家と銀行制度によって完全にコントロールされている国営経済下で、このような実験は希望の光を与えてくれる、少なくとも未来の可能性について何かのイメージをもたらしてはくれるのです」と、彼は語る。[3]織里での生活は、若き中国の働き手にとって必ずしもユートピアだとは言えないが、少なくとも強権を振りかざす国営経済からは距離を置いた、中国の未来を感じさせる市民共同空間であることをワン・ビンは感じている。

居住資格


経済の仕組み以外にも、『青春』から気づかされる点は多い。例えば、中国社会における「居住資格」の問題だ。居住資格は、中国の歴史を通じて形を変えながらも長く続いている制度である。それが1949年、中華人民共和国が建国された時点で制度化され普遍化された。この制度によって居住地が厳しく統制され、戸籍のある場所から自由に他の地域へ移住することは許されなくなる。政府の許可なしには転居できず、許可を取るためには煩雑な手続きを踏まなくてはならない。それならば、何故、『青春』に映る若者は地元から織里に移動し、そこで仕事ができるのだろう。それはあくまでも彼らが「出稼ぎ」だからである。しかし、彼ら出稼ぎ者たちは、健康保険や医療保険、教育を受ける権利といった公共サービスを享受することができない。

一人っ子政策


もう一つの問題は、1979年から2015年まで実施された産児制限政策である「一人っ子政策」だ。『青春』で撮影されている労働者の多くは一人っ子である。そのため、異なる地域からやってきた彼らが結婚を考えるとき、どちらの戸籍に入るかが大きな問題となる。結婚によってのみ戸籍/居住の変更が可能になるが、一人っ子を相手方の家族に取られてしまうと、残された両親には子供が不在となるだけでなく、その子供に紐付いていた公共サービスを一切合切剥奪される。貧困生活をおくる家族にとっては譲歩できない決断だ。ちなみに一人っ子政策は、その後15年から21年までの間は「二人っ子政策」に移り変わり、21年5月以降、中国共産党は1組の夫婦が3人目の子供を出産することを認めている。

『青春』の雑駁さ


このように記述すると、本作品はあたかも現代中国社会を眺めるための小窓のように思えるかもしれないが、それは違う。ワン・ビンの作品は、長い作品が多い。『青春』も〈ワンビニズム〉の一例であり212分と長く、一塊が約20分と比較的長いエピソードが9つ連なっている。撮影期間は、2014年9月から2015年6月までの10ヶ月間であり、長期にわたって撮り貯めたビデオ映像フッテージを編集するのは並大抵ではなかったと思われる。彼は、細かいカット割をしながら編集するのではなく、各エピソードが観客の意識に充分定着するように、一つ一つのショットを長めに繋いだ編集スタイルを意識的に採用している。その提示の仕方は、単に時間軸に沿うのでも、異なる工場という「場」に基づくのでもなく、登場人物によって厳格に区切られているわけでもない、いわば雑駁な時空間の提示の仕方をしている。このような映像テクストを初見で観る我々観客は、織里の中に迷い込み、自分自身を不可視の存在にしながら、ただ目の前の光景を観察することに終始する。この行為から、必ずしも一つの意味が見出されるわけではないが、映像に寄り添う自己の感性を増幅する楽しみを味わうことができる。

京都では短い期間しか公開が予定されていないこの大作、「波乗り」ならぬ「映画乗り」を楽しんで頂きたい。現代中国をより知ることのできる一作と言えるだろう。

[1] ワン・ビンの多くの作品はドキュメンタリーであるが、『無言歌』(2010)はフィクション映画であり、また彼は幾つものインスタレーション作品も制作している。
[2] 映画撮影当時の2014年9月から2015年6月までの換算レートである、1元=17円で計算(現在は円安のため約20円)。
[3] 「監督インタビューより(国際版プレス)」配給会社ムヴィオラからのプレス資料。

◆映画情報
『青春』
原題: Youth (Spring)
公開:2023年
上映時間:212分
監督:王兵/ワン・ビン
全国上映中。
公式HP https://moviola.jp/seishun/

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