文化

映画評論 Season 2 第6回 「小さな映画」が紡ぐ日常の物語 『小川のほとりで』

2025.12.01

映画評論 Season 2 第6回 「小さな映画」が紡ぐ日常の物語 『小川のほとりで』

主人公のジョニム(演:キム・ミニ)©2024 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

【寄稿】ミツヨ・ワダ・マルシアーノ 文学研究科教授

主人公クム・ジョニム(演:キム・ミニ)は、ソウルにある女子大で講師としてテキスタイルデザインを教えている。女子大では演劇祭が近づき、ジョニムの学生たちも寸劇を発表する予定だ。しかし学祭間近、若い男性演出家が学生たちとスキャンダルを起こし、急遽ジョニムは叔父チュ・シオン(演:クォン・ヘヒョ)を招聘し代役を任せる。シオンは有名な俳優で演出家だったが、ある「事件」をきっかけにここ数年本業を捨て、ソウルから離れた街で小さな書店を経営している。ジョニムは、常日ごろ世話になっている上司チョン・ウンニョル教授(演:チョ・ユニ)にシオンを紹介する。以前から彼のファンだったというウンニョルは、シオンと次第に親しくなっていく。

後景化される「事件」


特別ではない日常の出来事が描かれる『小川のほとりで』は、「小さな映画」に分類されるだろう。撮影日数は短く、キャストを含め製作メンバーの数も少ない。しかし、この「小さな映画」には、人々の感受性が鮮明に描かれている。ホン・サンス作品では「事件」そのものがハイライトされず、痴話喧嘩や噂話によくあると思える出来事の数々は、むしろ描かれている人々の言葉や行動、気持ちや精神の揺れを表現するための口火でしかない。例えば本作品の場合、若い演出家のスキャンダル自体は背景に配置される。むしろ、本作は、ジョニムがどのように彼が引き起こした出来事に対峙するかを前景化する。シオンの「事件」も、映画内では少しも明らかにされない。つまり「事件」が問題なのではなく、その結果として、小さな本屋を営みながら、数年前に離婚もし、躓きを抱えてしまった中年の彼が一人で人生をやり直しているという彼の立ち位置、それによって引き起こされる感情の方が、映画にとって重要な要素として扱われている。ホン・サンスは、物語を紡ぎあげるために、こういった「事件」を糸口としながら、人々が何を考えているか、また何を感じているかを描写する。

監督ホン・サンス


本作の監督ホン・サンスは1960年にソウルで生まれ、韓国中央大学で映画製作を学んだ後米国に渡り、89年にシカゴ芸術学院で美術修士号を取得している。卒業後フランスに数ヶ月滞在し、その後韓国に戻り長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』(96)を発表した。「韓国のゴダール」「エリック・ロメールの弟子」などと称された彼は、ヨーロッパの三大映画祭で次々と受賞し、名声を勝ち取った。会話を通して男女の恋愛を描き出す彼独特のスタイルが、30作を越える作品を通して貫かれている。彼は文字通り多作な監督だが、一方で彼の代表作を挙げることは難しい。彼は「小さな映画」をサラッと作り上げ、興味のある人物像を描きながら、彼らの考え方を前景化する、所謂「作家主義」にあてはまる映画監督だと言えるだろう。

本作品ではキム・ミニが主演を務めているが、彼女とホン・サンスとの婚外恋愛というスキャンダルは、『正しい日 間違えた日』(2015)にキム・ミニが出演して以来続いている。このようなスキャンダルが彼の作品の良し悪しを決定することはないし、韓国の文化に詳しくない観客にとっては無意味なことかもしれない。しかし、スキャンダルも含めた文化環境の中でこの作品を考えるとき、本作品が「事件」とする、複数の女学生との肉体関係や、独身の女性教授と元俳優/演出家の親密な関係性には、明らかに含意が付随することになるだろう。『小川のほとりで』を発表した後、キム・ミニはホン・サンスの子どもを2025年4月に出産しており、2人の関係は未だ続いている。

「月刊ホン・サンス」という作戦


韓国の文化圏を離れ、日本でのホン・サンス作品の売り込みはどうなっているのだろう。日本での配給会社ミモザフィルムズは今回、2023〜25年にかけて製作された5本のホン・サンス作品を、11月から3月まで「月刊ホン・サンス」として売り出す。また「別冊」として一作ずつ旧作品も再上映されることになっているのも嬉しい。

すでに11月作品として『旅人の必需品』(2024)が公開されており、イザベル・ユペールを主人公に据えたこの作品も見逃せない「小さな映画」だ。筆者は11月の「新作」である『旅人の必需品』も出町座で見たが、鑑賞後映画館で葉書大のスタンプカードが渡され、そこには「10作品すべてご鑑賞の方には全員プレゼントをご用意」と書かれていた。あたかもシリーズ本の全巻購入を誘う販促のようだ。ホン・サンスの作品が「小ぶり」であること、また彼がここ数年今まで以上に多くの作品を作り続けていることに着目する、工夫を凝らした配給・宣伝方式だと唸らされる。読者の皆さんには、5ヶ月に渡る「月刊ホン・サンス」を「定期購読」することをお薦めしたい。

◆映画情報
原題 수유천
監督・脚本 ホン・サンス
配給 ミモザフィルムズ
上映時間 111分
京都では出町座にて2025年12月19日より上映

関連記事