文化

映画評論 Season 2 第7回 ガザからのメッセージ 『手に魂を込め、歩いてみれば』

2026.01.16

映画評論 Season 2 第7回 ガザからのメッセージ 『手に魂を込め、歩いてみれば』

ガザの廃墟の中に座るファトマ・ハッスーナ

【寄稿】ミツヨ・ワダ・マルシアーノ 文学研究科教授

2025年10月に発効された停戦合意にもかかわらず、1月現在、イスラエルとガザ地区の間ではいまだ散発的な戦闘が続いており、状況は依然として不安定かつ深刻である。23年10月の戦闘開始以来、ガザ地区の犠牲者は7万人を超えた。インフラは完全に破壊され、危機的な食糧不足のために全域が飢饉に見舞われた。『手に魂を込め、歩いてみれば』は、このような環境に住む女性ファトマ・ハッスーナの証言を記録したものである。

監督とハッスーナの出会い


イラン人であるセピデ・ファルシ監督は、イスラム原理主義勢力が起こした1979年のイラン革命以後、反体制活動を行ったという理由で投獄され、18歳でフランスへ亡命した。その後、パリを拠点としながら写真を撮影し、ドキュメンタリーやフィクション映画、そしてアニメーションを含めた映像作品を今までに15本製作している。ファルシは、ガザでの戦闘が開始されて以来、「数字や破壊の映像といった、メディアのステレオタイプな表現を越えてガザを理解したい」と切望しながらも、外部からガザ地区へ入ることは許されなかった。そんな中、「カイロで出会ったパレスチナ難民を通じて、オンラインでファテム(ファトマの愛称)と出会」った。

一方ファトマ・ハッスーナは、ガザ出身のパレスチナ人フォトジャーナリストである。大学でマルチメディア学を専攻したファトマは、ウーマンズ・アフェアーズ・センター・ガザで写真家として活動する。彼女の作品はガザ各地で展示され、多くの人々の共感を呼んだ。

ファルシとハッスーナは、オンラインミーティングを通してお互いを知り、2人の会話を録画することで本作品を共作することを決めた。ハッスーナはファルシにとって文字通り「ガザの眼や耳」となり、彼女が今まさに経験している戦時下の状況を語り、瓦礫の中を歩きながら撮影した写真や動画を惜しげもなく提供した。ガザ地区のインターネット環境は劣悪で、ハッスーナの声は時として寸断され聞こえない。凍結してしまった画像には、ハッスーナの固まった表情が虚しく写っているだけといった映像も幾度となく現れる。

一人の女性の戦争体験


2年以上たったイスラエル・ガザ戦争から生まれた映画の数は少なくない。『ノー・アザー・ランド故郷は他にない』(2024)は、第97回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞しただけに記憶に新しいかもしれない。その他にも、『ガザからの声』シリーズ(2025)の第1作が、『手に魂を込め、歩いてみれば』と同時期に京都UPLINKにて上映された。映画だけでなく、テレビ番組でも『サラームの戦場 NHKガザ事務所の740日』(2025年10月19日放映)にて、ガザ在住の現地ジャーナリストの苦闘が力強く紹介された。

このような数々のガザ地区戦争映画の中でも、本作品がことのほか私の心を掴んだのは、そこに描かれているのが単なる戦争体験ではなく、ファトマ・ハッスーナという1人の女性の体験である点だからかもしれない。戦争が勃発する以前、フォト・ジャーナリストとしての力量を海外でさらに磨きたいと願っていた彼女が、抜き差しならぬ戦禍の中で、希望を捨てずに心境を語る。その同時性や親密性、信仰の深さ、ガザ地区に対する慈しみ、そして何よりも彼女の前向きな考え方とそれを体現する笑顔の美しさに対し、国境や民族的な立場を越え、人間の深い存在意義や可能性を考えずにはいられなかった。

「やりがい搾取」という関係性


12月5日に公開した本作品に対し、すでに幾つかの映画評が書かれている。その中でも映画評論家・荻野洋一氏の『キネマ旬報』に寄せられたコメントが私の眼をひいた。荻野氏は、「戦地から遠く離れた作家の『自分に何ができるか』という自問が通奏低音で響きつつ、実際に映画作家なのは現地女性という構図は『シリア・モナムール』(2014)のときと全く同じ。(中略)『シリア〜』同様に、遠隔操作の映画製作が現地人に対する“やりがい搾取”ではないことを言明していない」と手厳しく、彼がこの作品に対して映画評を5つ星にしなかった理由はそのためだと言う。確かに、撮影する側とされる側の不均衡——片や素晴らしい「素材」を手に入れた製作者と、片やそれを惜しげもなく提供する被写体——このような関係性はドキュメンタリー映画に付きまとう難問だと思うが、果たして本作品に関して、それを回避するやり方、「“やりがい搾取”ではないことを言明」する方法はあっただろうか。2025年4月16日未明、ガザ市東部アル・トゥッファーハ地区の自宅でイスラエル軍の空爆を受けたファトマは、6人の家族と共にこの世を去った。やりがい搾取を大きく越えた「命」の搾取が、戦争という、あってはならない行為によって行われている状況において、どのような「言明」が有効だと言えるのだろうか。

われわれの住む日本においては、2026年度の予算案として防衛関係費が過去最大の9兆353億円だと謳われている。 私たちにできることは、どのような戦争に対しても反対することであり、防衛費を増加する必要のない社会に向かうことかもしれない。そういった基本原則を深く再考させてくれる忘れがたいドキュメンタリー映画である。

◆映画情報
原題 Put Your Soul on Your Hand and Walk
監督・脚本 セピデ・ファルシ
製作国 フランス、占領下パレスチナ地域、イラン
上映時間 113分
京都では2月6日より出町座にて上映予定

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