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芸術家は運命と戦い続ける 『生誕150周年記念〈展示評〉菱田春草と画壇の挑戦者たち ―大観、観山、その後の日本画へ』

2024.06.16

芸術家は運命と戦い続ける 『生誕150周年記念〈展示評〉菱田春草と画壇の挑戦者たち ―大観、観山、その後の日本画へ』

菱田春草《月下狐》 1899年、水野美術館蔵

5月25日から7月7日まで、JR京都伊勢丹7階に隣接する美術館「えき」KYOTOで「菱田春草と画壇の挑戦者たち」展が開催されている。明治期の日本画家・菱田春草を中心に、師の岡倉天心や橋本雅邦の下でともに研鑽を積んだ横山大観や下村観山らも併せた作品の数々を「線」や「空気・光」、「色彩・古典」などの視点から紹介する。

会場の入口付近には春草初期の作品がずらりと展示されている。くっきりした輪郭線を重要視した若い春草のこの頃の作品で特に興味深いのは「月下狐」だ。おぼろげな月明かりのなか、ススキの茂みに現れた2匹の狐が三日月を見上げている。輪郭のはっきりとしたススキの一本一本と、狐の細やかな体毛の描写が特徴的だ。原色を用いず、淡い色調で、動物と植物、薄明かりとが調和し、幻想的な雰囲気を醸している。

「線」にこだわる春草だったが、師・天心の助言を契機に趣向を一転、空気や光線を描く方法を模索し、「朦朧体」と呼ばれる画境に達する。これは「没線描法」とも形容されており、はっきりした輪郭をもたない絵画を指す。この作品群の中では「秋之渓谷」が印象深い。茫洋とした霧を後景として中央の木立全体に靄がかかり、下って比較的明瞭な岩場と滝、湖が配置するこの画の景物には、初期の作品に見られるような瞭然とした線の枠が存在しない。事物と事物とが溶け合い、空気や光の描写がかえって真に迫っているのである。

インドとヨーロッパへの留学を通じてさらに芸術研究を深めた春草は、金銭に窮乏しながらも表現の新境地を目指してゆく。欧米の画家よりも、俵屋宗達や尾形光琳といったいわゆる琳派のほうがはるかに優れた「色彩的印象派」であると考え、その表現研究を進めて花鳥画や風景画を多く描くようになった。ここでは「朝之牡丹」を取り上げる。葉の部分のにじみによるたらし込みなど、琳派の装飾的な手法を用いる。その一方、線描が復活しているこの画には、主役の牡丹と後景とが混ざり合い調和する朦朧派やそれ以前の作品に認められる表現技法は見られない。惰性を排し新たな芸術を生もうという春草の心意気が感じられる傑作だ。

芸術家がいつの時代も世間に簡単には認められないものであることは、例を挙げても挙げきれないほどである。春草も、画家人生の大半で世間に非難され、金銭面の窮乏に耐えるなど、決して順風満帆ではなかった。同志として切磋琢磨した大観も晩年「吾々二人の一種の『新奇』(没線描法のこと)は此頃の上流社会から殆ど悪魔の如く看做され云々」と述懐している。それでも時代と妥協せず、食べられないことも覚悟し、新たな画境を切り拓く戦いをやめなかったところには生の高貴さを感じる。会期中無休、入場料一般1100円、大学生900円。(太)

菱田春草《秋之渓谷》
1899年、水野美術館蔵

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