インタビュー

山中伸弥 再生医科学研究所教授 「再生医科学・iPS細胞の発見」

2007.09.16

異常な部位を取り除くのでなく、正常な部位を新たに生み出す再生医科学。その礎を担っているのが、あらゆる細胞へと分化する可能性を秘めた、ES細胞 (embryonic stem cells)である。今回はそんな再生医学に新たな展開をもたらすであろうiPS細胞を生み出した、山中教授に話を聞いた。 (侍)

【iPS細胞の発見】

―iPS細胞の研究を始めたきっかけは何ですか。

私が初めて自分の研究室を持ったのが1999年の2月ごろ、当時私は奈良先端科学技術大学院大学の助教授でした。自分の研究室を持つということで、何か テーマを決めようと考えたんです。そこでまず選んだのがES細胞でした。ヒトES細胞の作製成功がアメリカで報告されたのが1998年、その翌年だったと いうこともあって。ただヒトES細胞は再生医学への応用が大きく期待されていたものの、やはりその作製段階で受精卵を利用するということで、倫理的な問題 が生じてしまうんです。非常に能力は高い細胞なんだけれども扱いにくい、という状況でした。日本ではヒトES細胞の研究が全くと言っていいほど進んでいま せんでしたし。ここで研究室のテーマの話に戻るんですが、ES細胞からいろんな細胞へ分化させるという研究は海外でも多くなされていて、我々が新しく参入してもあまり意 義がないと考えました。そうではなくて、むしろ逆の効果、分化した細胞からES細胞に似た細胞を作れないだろうか。それができれば、受精卵を使わなければ ならないというES細胞の問題点を克服できるだろう、こう考えたんですね。というわけで1999年の末くらいから、分化した細胞をES細胞みたいな細胞に 変えることを目標に研究しています。

―最初に研究対象にした細胞は何ですか。

最初はずっとマウスのES細胞を研究していました。そのころやっていた実験ですが、ES細胞と完全に分化した細胞、例えばリンパ球など、これらに電気的刺 激を与えると膜がくっついて一つの細胞になるんですね。すると分化した細胞の遺伝情報を担っている核がES細胞の核と同じ状態に変化することがわかったんです。

―それは全能性を持つと考えていいですか。

いえ、この場合多能性と言います。全能性というのは、受精卵のように一つの細胞から個体ができる可能性があるということを言います。ES細胞は一つの細胞から個体ができることはないので、最近では全能性と区別して多能性と呼んでいます。要するに、ES細胞とくっつけることによって分化していた細胞が多能性を獲得するということがちょうどそのころわかったのです。ここで我々は、ES細胞の 中には分化した細胞を逆戻りさせて、多能性を与えるような因子が存在するに違いないという仮説を立てたのです。研究は仮説に基づいて行動するものですか ら。で、そういう因子があるんだったら探してみようと。でも、これがなかなか雲を掴むような話で、どうやって探せばいいのかわからない。そこで次の仮説と して考えたのが、多能性を誘導する因子は多能性を維持する因子と同じではないか、ということです。

―多能性は維持できるものですか。

ES細胞は培養していてもずっと多能性を保ち続けていますから。長期にわたって。それはES細胞の中に特別なタンパク質があるからだと考えられています。まとめると、まずES細胞の中には多様性を誘導する因子があるだろうというのが一つ目の仮説で、二つ目の仮説というのが、多能性を誘導する因子は維持する 因子と同じだろう、ということです。それに基づいて結局探したのが多能性を維持する因子で、それなら目の前にマウスのES細胞がいくらでも使えるし、多能 性が実際維持されているんだから、なんとかなるんじゃないかと。奈良先端科学技術大学院大学には2004年までいましたけど、その間というのは多能性を維 持する因子を一生懸命探していました。

―奈良先端科学技術大学院大学から京大へ来られたんですね。

はい、2004年の10月に身分は移ったのですが、実際ラボを全部引っ越したのは2005年の4月辺りです。こっちに移ってくるころには多様性を維持する 因子が24個見つかってきて、引っ越しをきっかけにというわけではありませんが、じゃあ今度は見つかった因子が多能性を誘導できるかということを調べ始め たんです 。こういう流れですね。

【iPS細胞を誘導する因子】

―24個の因子を同定した方法を教えてください。

様々な方法を用いましたが、ここでまた一つ仮説を立てました。三つ目の仮説ですね。ES細胞の多様性を維持している因子というのは恐らくES細胞で特異的 に機能しているもので、分化した細胞ではあまり働いていないだろうと考えたんです。つまり発現の特異性をもとに遺伝子を探しました。24個の内の大部分は 第三の仮説から絞り込まれたものです。またこれに関連した方法で、発現は特異的ではないけれども、ES細胞で重要な働きを担っている遺伝子のいくつかを見つけてきました。

―この24個の因子以外は考えられないのですか。

いやいや。候補はもっとありますよ。ただ、あくまでも目的は分化した細胞からES細胞を作ることですから、まずは手元にある24個で試してみようと。する と運の良いことに、この中の4個の因子を組み合わせるとES細胞に似た細胞ができた。できちゃった、というわけです。この細胞を我々はiPS細胞 (induced pluripotent stem cells)と名付けました。

―わずか4個の因子からできたというのは、驚くべきことだと思うのですが。

そうですね、でも1個でできるかもしれないと思っていましたし、同時に100個くらい因子が要るかもしれない、とも思っていました。なので4個という数字 は、少ないとは思うのですが、まぁ有り得ないことではないなという印象です。だって、繊維芽細胞にたった1つ遺伝子を導入するだけで筋肉に変わってしま う、という昔の研究例があるくらいですから。1つの遺伝子が、分化した細胞に多能性をもたらすということも少しは考えていましたが、残念ながら、少なくと も24個の中には1個だけで劇的な変化を起こす因子はありませんでした。でも、無いとは限らないですよ。まだ我々の知らない重要な因子があって、1個で iPS細胞に変化させられ るものがあるかもしれません。

―それでは、3個の因子だけだと全く変化を起こさないのですか。

4個の中から3個選ぶ方法は4通りあるわけですが、組み合わせによっては全く変化を起こしません。でも、ある1つの組み合わせでは、見た目はES細胞に そっくりな細胞ができるけれども、実際調べてみると全然分化する力が無い。こういった中間体のような細胞ができる組み合わせもあります。

―4個の因子の組み合わせに加えて、他の因子が入った場合はどうなるのですか。

もちろん4個の因子が入っているからES細胞ができるけれども、この4個のみのときよりも効率が良くなることは決してない。効率というのは分化した細胞が ES細胞に変わる頻度のことで、1000個の細胞に4個の因子を導入したとしてiPS細胞に変化するのは多くて数個といった状況です。つまり頻度は1%以 下ということ になりますね。

―頻度の低さの原因について、大体の予想はついているのですか。

いくつかの理由を考えています。まず、分化した細胞として繊維芽細胞を利用しているのですが、繊維芽細胞と言っても実はいろんな細胞が混じっていて、その 中には組織幹細胞と呼ばれる分化の程度が低い細胞が存在している可能性があるんです。もしかしたら、iPS細胞は組織に存在する幹細胞に4個の因子が導入 されることでできているのかもしれない。だから頻度が低いと考えることができるのです。繊維芽細胞の中で組織幹細胞の存在頻度というのは恐らく1%以下な ので。もう1つの理由として、やっぱり4個あればいいというわけではなく、割合や発現量などが非常に大事で、偶然適した量の組み合わせになる比率がかなり低いと考えることもできます。さらに、今のところレトロウィルスという遺伝子治療にも使われるウィルスベクターを使って4個の遺伝子導入を行っているのですが、他のやり方で導入してもiPS細胞はできない。で、レトロウィルスの特徴として、遺伝子のどの位置に取り込まれるかわからず、さらに取り込まれた位置の周辺の遺伝子を活性化する んです。だから、外から加える4個の因子だけでは足らなくて、5番目の遺伝子が偶然レトロウィルスに活性化されて、はじめてiPS細胞ができるという可能 性もあります。5番目の因子にたまたまレトロウィルスが入る確率というのが1%以下なのではないか、ということですね。このようにいくつかの可能性があっ て、どれが本当かというの はまだわからないんです。現在、iPS細胞のできる詳しいメカニズムを調べるというのが、重要な研究テーマのひとつになっています。

【ヒトiPS細胞は作れるのか】

―ハーバード大学とマサーチュセッツ工科大学の2グループもiPS細胞の樹立に成功したというニュースを耳にしたのですが。

iPS細胞の樹立という言い方は部分的に正しくて、最初に我々がiPS細胞をつくったのが去年の夏、その時は我々しかiPS細胞の研究をやっていなかった んです。逆に我々しかやっていないものだから、研究成果を信じない人も大勢いました。韓国で捏造問題があったことも影響して、信じがたいデータは疑いの目 で見られがちだった のです。去年の夏の段階ではまだES細胞に劣っている点が多くあったので、我々はiPS細胞の選別方法を工夫し、ES細胞と比べても遜色ないiPS細胞を作ること に成功しました。それを今年の6月に発表したんです。そして蓋を開けてみたら、驚くことに、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学も、我々が今年発表 したのと全く同じ内容の論文を発表していたのです。この辺に盗聴器でもあるんちゃうかなと思ったくらいですよ。iPS細胞のより厳密な選別方法としてある 特異な遺伝子の発現に注目したのですが、同じ内容のものがネイチャーに載ったと。それはもうびっくりしました。しかし、いずれの大学もマウスのiPS細胞作製に成功しただけです。医学的な観点から、当然次はヒトのiPS細胞をつくるということが重要になってきます。それが今非常に競争されているところですね。

―マウスの細胞とヒトの細胞では、何が決定的に異なるのでしょうか。

マウスのES細胞とヒトのES細胞では、見た目からして異なります。マウスのES細胞は盛り上がった形なのですが、ヒトのES細胞は平らです。増殖能もヒ トの方が遅いですし、先ほど述べた多様性を維持するメカニズムもマウスとヒトでは異なります。多能性を誘導する因子が維持する因子に等しいという仮説に基 づいて考えれば、誘導する因子もマウスとヒトでは異なるということになります。多能性を誘導するメカニズムの解明も大事ですが、ヒトのiPS細胞を誘導するための因子を探すこともより重大なテーマなのです。我々が治したいのはマウスではなく、あくまでも人間ですから。また、安全性を向上させるという点では無視できないのですが、全身の細胞がiPS細胞由来のマウスにおいて、約2割が甲状腺腫瘍を発生することがわかっているんです。これは、多様性を誘導する4つの遺伝子の1つであるc-Mycが癌遺伝子であるためと考えられています。再生医学へ応用するためには、c-Mycを使わずにiPS細胞 をつくる方法を確立することが大事です。

―iPS細胞は倫理的問題を完全に回避できるのですか。

いや、そんなことは全然ないです。ヒトの細胞を扱っている限り、倫理的問題がない研究など世の中にないでしょう。受精卵を使わないという意味で、iPS細 胞がES細胞よりも扱いやすいというのは確かです。しかし、これからiPS細胞の研究が発展すれば、皮膚の細胞から精子や卵子を作り、受精させることも可 能になるでしょう。そうなると、iPS細胞から精子や卵子を作る研究は、不妊治療に限るなどの規制が必要になります。これは学生たちに強く言っていること なのですが、iPS細胞作製に受精卵を使わないからといって、倫理的問題が無くなることは決してないのです。

―最後に、生命科学の研究を志す学生にメッセージをお願いします。

生命現象にはまだまだ私達の知らないこと、想像もできないことがごろごろしているはずです。これまでの知識や常識にとらわれず、自分の実験データーを一番尊重して、研究を楽しんでください。

―ありがとうございました。

《本紙に写真掲載》

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