文化

映画評論 第10回 三宅唱の『夜明けのすべて』から学ぶこと

2024.04.16

【寄稿】ミツヨ・ワダ・マルシアーノ文学研究科教授

三宅唱は、日本映画界の中で今一番飛ばしている監督の一人だ。『きみの鳥はうたえる』(2018)では柄本佑が『キネマ旬報』の主演男優賞を受賞し、『ケイコ目を澄ませて』(2022)では国内外の映画祭で5つの賞を獲得すると同時に、日本アカデミー賞及び『キネマ旬報』で岸井ゆきのが主演女優賞を得た。そして本年2月、新作『夜明けのすべて』が全国公開された。

三宅は、社会の中で置き去りにされそうな若者たちに注目し、慈しみを持って彼らや彼らを取り巻く人々を描く。『きみの鳥』では決して熱心とは言えない本屋のバイトと彼のルームメイト、そして2人を好きになる女性を函館郊外の書店を舞台に描き、『ケイコ』では生まれつき聴覚障害のある女性ボクサーに光を当てた。『夜明け』では、新たに2人の若者に注目する。月に一度訪れる強いPMS(月経前症候群)のため、感情の起伏をコントロールできない藤沢美紗(上白石萌音)と、パニック障害を抱え、電車や車、飲食店、理髪店といった「逃げ場がない」と感じる場所に近づけない、転職してきたばかりの同僚・山添孝俊(松村北斗)が主人公である。この2人が栗田科学という、「無理なく、怪我なく、安全に」をモットーとする、ゆる〜い会社に勤めている。

三宅唱は自分が書いた物語から映画を作り始めるのではなく、既成の小説を選りすぐり、脚本を自分で書くプロセスから作品を作り込む。『きみの鳥』は、作家・佐藤泰志の同名小説を原作としている。[1]1990年に41歳の若さで自死を遂げた佐藤の小説は、近年多くの映画作品の原作となっており、その中でも熊切和嘉の『海炭市叙景』(2010)や呉美保の『そこのみにて光輝く』(2014)は、『きみの鳥』と共に、映画を通じて佐藤泰志ブームを築いた。『ケイコ』は、聴覚障害のあるプロボクサー・小笠原恵子の自伝『負けないで!』(2011)を原作としている。小笠原が、自伝が映画化されることに対し、「まさか10年後になって決まるとは思いませんでした。どこか現実味を感じない複雑な気持ち」[2]と答えているように、この自伝と三宅との出会いの間には長い年月と偶然が存在している。『夜明け』も、大阪出身の作家・瀬尾まいこの同名小説を原作としている。瀬尾は、2011年まで中学校の国語教師をしながら執筆活動を続けてきた。彼女の代表作である『卵の緒』(2002)や『そして、バトンは渡された』(2018)からも読み取れるように、若者の成長過程を捉えながら、彼らの苦悩を描きつつ、生きるための光明を差し伸べる物語が多い。小説版と同様に、三宅の映画『夜明け』にも思いやりのあるキャラクターばかりが登場し、悪人は出てこない。三宅は、この物語を和田清人と2人で書き上げたのだが、テレビドラマ『深夜食堂』(2009)でデビューした和田が表現する市井の人々の哀愁と生命力が、『夜明け』の中にも透けて見える。

『夜明け』は素晴らしい作品であると同時に、名状しがたい疑問を宿す。「ささやかな、でも確かなつながりが照らす、かけがえのない物語」[3]と、宣伝用のキャプションには記されている。確かにこの作品は、人々の生活の中の「ささやかな」瞬間を描き、そこに生まれる「つながり」が、人が生きていく過程の中で「かけがえのない」ものであることを、社会の周縁に位置する人々の暮らしを通じて表現する。こういった「ささやかさ」や「つながり」、「かげがえのなさ」といった要素は、なかなか日常の中で目の当たりにすることは少ない。だからこそ、映画の中でそれが描かれることに価値があるのだろう。しかし、よく考えてみると、これらの要素は本当に慎み深くて控えめだ。それに、この慎み深くて控えめな要素にしても、栗田科学という「ゆる〜い会社」という、絵に描いた餅のような空間なくしてはあり得ないような気もする。われわれの社会は、こんなに控えめな要素を切望しなくてはならないほど、抜き差しならないどん詰まりにまで来ているのだろうか。

立ち止まって振り返ってみると、コロナ禍が収束し、経済成長が長年止まり、不穏な戦争が其処彼処で続き、政治にはいつまでたっても期待が持てない内閣支持率26%の昨今、そういえば、街や職場でもヘルプマーク(赤地に十字とハートの白抜きのタグ)を付けている人をよく見かけるようになったなあ。そんな日本社会にとって、『夜明け』が観客に送る慎ましく控えめなメッセージは、おそらく今一番必要とされているものなのだろう。

作品のタイトル『夜明けのすべて』は、一見映画の内容からかけ離れているように思えるが、その裏には英国の諺「The darkest hour is just before the dawn./苦しい時期というのは、それが終わろうとする寸前が最も苦しい。それを乗り越えれば、日はまた昇り事態は良くなる」が礎となっているらしい。[4]PMSにしても、パニック障害にしても、そのような悩みを抱える人は数多く存在していることだろう。三宅の作品はそんな人々に対して、大丈夫だからね、あなたたちも社会にとってかけがえのない大切な人だからね、と肩をたたく。そんなことを、わざわざ映画から言われないといけないほど、われわれは行き詰まってしまっていることに改めて気づかされる。本作品は、主人公の恋愛を描く映画ではなく、むしろ2人が、自分の症状は直ぐには治癒したり改善したりすることはできないけれど、他者の悩みになら寄り添い少しでも助けることができるかもしれないと認知する話だ。「恋人」ではなく、単なる「同僚」でもなく、かといって「友達」とも微妙に違う、そういったいわば「他人」との付き合い方を詳らかにする本作から学ぶことは、思いのほか大きい。

[1] 小説の出版は、1981年『文藝』9月号にて、また翌1982年に単行本として河出書房新社から出版された。
[2] 「【ANNOUNCEMENT】元プロボクサーで柔術家の小笠原恵子がモデルの映画『ケイコ目を澄ませて』が12月16日に公開!」『JIU-JITSU NAVI』https://jiujitsunavi.com/article/ogasawarakeiko/ (2024年3月24日アクセス)
[3] 山元明子 構成・執筆『「夜明けのすべて」映画カタログ』2頁。
[4] 同上、28頁。

◆映画情報
『夜明けのすべて』
上映時間:119分
監督:三宅唱
2024年2月9日より全国公開、京都では出町座にて4月5日(金)から再び上映予定。

関連記事