インタビュー

化石とモデルで進化史をひもとく 研究の現在地 VOL.6 京都大学大学院理学研究科 生形 貴男 教授(古生物学)

2024.01.16

化石とモデルで進化史をひもとく 研究の現在地 VOL.6 京都大学大学院理学研究科 生形 貴男 教授(古生物学)

生形教授(標本庫にて)

はるか昔地球で暮らしていた生物の姿を閉じ込めた化石は、数十億年にわたる壮大な進化の歴史の証人である。しかし化石から得られる情報はきわめて限られており、太古の生物の生きざまを復元するのは決して容易ではない。数理生物学的な手法を使って貝類の化石を研究する生形貴男教授を訪れ、化石を用いた進化研究の現在地や、他分野との融合領域の将来性についてお話を伺った。(=生形先生の研究室にて。鷲・汐)

生形貴男(うぶかた・たかお)京都大学大学院理学研究科教授
東京大学理学部卒業、同大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。学術振興会特別研究員(於愛媛大学)、静岡大学助手、同助教授・准教授、京都大学准教授を経て、2017年10月より現職。化石・現生貝類の形態進化の研究に取り組む。

目次

化石とはなにか
化石の形を定量化する
「化石だけでは十分ではない」
古生物学の将来性

化石とはなにか


――化石の定義とはなんでしょうか。

一般的には「地層に埋まっている、過去の生物の遺骸またはその生活の痕跡」と定義されます。裏を返せば、地層に埋まってさえいればどんなに新しくても化石と呼びます。

化石は「石に化ける」と書きますが、石になっていなくても化石と呼ぶことはあります。たとえば、シベリアの永久凍土の中に何万年間も肉付きで残っている動物の遺骸も、定義上は化石です。琥珀の中に閉じ込められた鳥の羽毛や昆虫も化石ということになります。

――どのような種類があるのでしょうか。

もっとも典型的な化石は生物の遺骸がそのまま地層中に残された「体化石」です。それ以外にも生痕化石、化学化石と呼ばれる化石があります。生痕化石は足跡や巣穴など、過去の生物が生活をしていた痕跡の化石です。たとえば恐竜の足跡が残っていると、どの種かは同定できなくても、どのグループに属するかや、足跡のサイズに対する歩幅から歩様の形式がある程度わかります。

化学化石は生体高分子が化石になったもので、主に2種類あります。1つは脂質由来の有機物です。生物の体はタンパク質・脂質・糖・核酸などの有機物から構成されます。その中で脂質由来の有機物は何億年も地層中に残ることがあります。たとえばまったく体の化石が残っていなくても、現在では動物しか持たない構造を有した化学化石が数億年前の地層から発見されれば、その時代に動物が存在していたのではないかと推測できます。もう1つは、非常に新しい時代のもののみに残るDNAの断片です。現在特に研究されているのは人類化石で、その研究でスバンテ・ペーボ博士がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

――化石はどのようにできるのでしょうか。

典型的な体化石で説明します。生物が死ぬと、好気性細菌によってほとんどの有機物は分解されてしまいます。有機物のみから成る生物は何もなくなってしまいますが、脊椎動物であれば、骨格は無機物と有機物の集合体なので、その無機物の部分だけは分解されずに残ります。それがそのまま地層中で化石として残ることもあれば、別の鉱物に置き換わることもあります。

まったく酸素のない場所に遺骸があった場合、嫌気性細菌による分解しか起こらないので、分解にきわめて長い時間がかかります。そうすると、分解されるまでの間に別の鉱物が有機物を置き換えて、遺骸そのものは残らないが形だけが残るということもまれにあります。

また、有機物の分解があまり起こらないと氷漬けのマンモスのようになります。琥珀の中の生物も、DNAは酸化・加水分解されていますが一部の有機物は残っているので、氷漬けに近い見た目です。

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化石の形を定量化する


――化石を用いてどのような研究をされていますか。

生物は様々な形をしていて、その形が生物の生活様式にどれくらい最適化されているかは生物によって違います。たとえば私たち人間の体は水生動物に比べると泳ぐことにあまり適しておらず、基本的には地上を歩くことに適しています。あるいは四足歩行の動物と比べても、やはり利点と欠点があります。こうしたことは、現生種については、生物の形と生理的な機能の関係を考究する機能形態学という分野で研究されています。私は、その方法を化石に適用することで形態の特徴が生物の進化に果たす役割を究明する、化石の進化形態学を研究しています。

水中で生活していた古生物について考えてみましょう。泳ぐ際に水から受ける抗力は進行方向への投影面積に比例しますが、推進力は筋肉量に、すなわち体の体積に比例します。このような簡単な力学を使えば、泳ぐことにその形がどれくらい適しているかを、化石の形態とサイズから機能形態学的に評価することができます。

生物は成長とともにサイズが大きくなりますが、その過程で最適な形が変わることがあります。

たとえば、アンモナイトは約1、2ミリで卵からかえります。微小な生物が泳ぐときは、周囲の水が水あめのように粘っこい状態になるため、水が体表にねばりつくことで起こる摩擦力が抵抗として働きます。この場合、表面積が体積に対して最小となる球形が最適な形状になります。実際、アンモナイトは球に近い形で生まれる種が多いです。

ところが、成長して大きくなると水の粘性がほとんど関係なくなるので、体積に対する投影面積の小ささが重要になってきます。するといわゆるレーシングカーのような平べったい形が流線型になります。

成長段階によって最適な形が変わることがあるため、成体の形だけでなく、胚から成体への成長に伴う形の変わり方が進化するのです。化石と現生の近縁種の両方を調べることで、そうした変わり方の違いを機能的・進化的な意味で解釈するような研究をしています。

――どのような方法で化石を研究しているのですか。

私は主に貝類の化石の形態を研究しています。生物の形態を研究する方法は主に2通りあり、ひとつは比較解剖学です。たとえば電子顕微鏡で貝殻の微細構造を見て、それを様々な系統のものと比較するというやり方です。

もうひとつは数理生物学的な手法で、私の得意分野です。化石を計測してその形を定量的に表現し、それを分析する方法です。たとえば、言葉では言い表せない高次元の形の違いの情報を数値に還元して、2次元のグラフ上に投影することができます。

そうすると、分類学的な帰属がわからない化石が発見された際に、すでに帰属がわかっている化石の様々な形態学的情報を集約したデータベースと照らし合わせることで、形態の情報からどのグループに類似しているかを評価することができます。これが一般的によく使われる方法です。

あるいは逆に、貝殻などの形を作る数理モデルを使って、形の力学的なバランスや壊れにくさを計算できるようにしておき、形ごとに特定の機能においてどれくらい優れているかを算出することもできます。この手法を使えば、実際の化石の形態のデータを大量に集め、それらが実際に機能的に優れたモデルの形態と類似しているのか検討することができます。数理モデルと大量の形態データを集約するデータベースを組み合わせると、大雑把ではありますが、形の意義を大進化(※)レベルで評価するような研究が可能になります。

※編集部注
種以上のレベルでの進化のこと。

生物は成長するにつれて形が変わりますが、それは部位によって成長率が異なるからです。様々な部位の成長モデルを作り、その組み合わせを操作することで全体の形を決めることができます。それとは逆に、特定の形をどのような成長モデルの組み合わせで作れるのかという逆問題を考えることもできます。データ科学的な手法を用いて逆問題を考えることで、こういう成長特性の組み合わせならこの形を説明できそうだ、ということがわかる場合もあります。化石に残る形から、直接観測できない成長特性を推定できるということです。

生物の形の解析方法は現在様々な生物学の分野で発展しています。そのような解析方法を自分で一部開発したり改良したりしながら、化石の形態に適用して、貝類の形の多様性や大進化レベルでの分布を説明する研究を主に行っています。

――具体的にどういう発見がありましたか。

アサリやシジミ、ハマグリなどの二枚貝は貝殻が2つ合わさっていて、その蝶番の頂点の部分を殻頂といいます。ここは貝が最初に作る部分ですが、横から見ると殻頂の先端が曲がって前を向いています。実は、砂地の中に潜る能力の高い二枚貝はこのように殻頂が前を向いていることが知られています。先端が曲がっていると前を向いたときに貝殻の下側の角度が小さくなって潜りやすくなるからだと考えられています。

しかし、二枚貝は2枚の殻が靭帯で繋がっているので、下手な形を作ると開け閉めができなくなってしまいます。先端が前を向くような形は特に開閉機能が破綻しやすいのですが、アサリやハマグリなど特定の系統では靭帯の構造が特殊化していて、破綻せずにちゃんと先端が前を向いた状態で貝殻を作ることができます。私は、二枚貝全体で、このような特殊な靭帯が、開閉機能を破綻させずに作れる殻形状の幅を広げ、砂地に潜りやすい殻形状の進化を可能にしたことを機能形態学的に示しました。

化石記録から、中生代ジュラ紀以降に活発に潜れる種が増えたことがわかっていますが、この時期はカニやエビの仲間が増えて捕食圧が高くなったと言われています。つまり、捕食されやすくなったことで、身を隠すために砂地に潜るのに適した形を蝶番が破綻しないような仕方で作ることのできた二枚貝が進化した可能性があります。このようなシナリオで、一部の系統の二枚貝の進化史が大まかに説明できるのではないか、という研究をしていました。

私の研究は、「この種はいつ誕生していつ絶滅した」というような発見型ではなく、事実として知られてきたことに対して説明を加えるというタイプです。

二枚貝の殻を蝶番側(背側)から見たもの。2枚の殻を結ぶ靭帯(黒い部分)が見える。上はリュウキュウサルボウAnadara antiquata、下はチョウセンハマグリMeretrix lamarcki(スケールは1㌢)


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「化石だけでは十分ではない」


――化石の研究ならではの難しさや面白さはありますか。

現生種と比べると入手できる情報がきわめて少ないのが難しいところです。たとえばアンモナイトの系統関係を知りたいと思っても、形態しかないので遺伝情報を基にした分子系統樹を描くことができません。これだけでも非常に大きな制約になります。それだけでなく、現生していないので当然行動は観察できません。真実に迫るという観点からは、情報が少ないことはやはり困難な部分です。

面白いところはいろいろあります。たとえば、現在貝類は水深数百㍍までの大陸棚に分布する底生生物のかなりの部分を占めていますが、古生代までは貝類ではなく腕足動物(※)という別の動物門が生態系の中で同じような地位を占めていました。しかし、古生代末の大量絶滅により、勢力をふるっていた腕足動物は貝類に取って代わられて、現在はより深い海底に棲んでいるものが多いです。今とは異なる時代の生物について、現生しない種まで含めて栄枯盛衰の歴史を考えられるというのが化石研究の面白さだと思います。

※編集部注
2枚の殻を持つ海産の底生無脊椎動物。二枚貝に似た形をしているが軟体動物門ではなく腕足動物門に分類される。

私は古生物学者ですが、現在生きている生物にも興味を持っています。化石にはやはり大きな制約があるので、それだけを研究しても「こうかもしれないね」という推測で終わってしまいます。化石だけでは十分ではないので、現生種と化石の両方を合わせて、場合によってはほとんど現生種だけで論文を書いてしまうこともあります。

――化石はどこでどうやって採集するのですか。

化石はその産地で採集し、現生の貝は海辺で採集します。学会で出張したついでに海辺に行って採集することもあります。化石はそれだけでは数が足りないので、博物館に収蔵されている標本を使ったり、ほかの研究者から提供してもらったりします。かなり長い年月をかけて少しずつ自分のコレクションを増やしてきました。

動物の種類と時代にもよりますが、日本国内でもそれなりに化石は採れます。世界的に有名な日本の産地といえば、白亜紀のアンモナイトがたくさん採れる北海道です。この研究室にも北海道産のアンモナイトが多くあります。ただ、白亜紀のものしかないのでほかの時代のものも提供してもらっています。

化石が入っていそうな丸い岩石(石灰質ノジュール)を鏨とハンマーを使って割っている生形教授。北海道中川町安平志内川支流炭の沢の河床に露出する白亜系蝦夷層群羽幌川層(約8千万年前の地層)


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古生物学の将来性


――近年、古生物学と進化発生学(エボデボ)(※)を融合させた研究が行われていますが、その分野についてどうお考えですか。

※編集部注
異なる生物の発生過程を比較し、発生過程(主に形態形成)がどのように進化してきたかを推測する生物学の分野。

非常に有望な分野だと思います。基本的にそれが花開いているのは部位の多い脊椎動物なので、私の扱っている貝類に適用するのは難しいですが、実は私も学生の頃はエボデボにかなり興味を持っていました。エボデボが発展して生物の形づくりに関する遺伝子レベルでの本質的な理解が深まると、従来のようになんとなく形を見て解釈するだけではなく、そこに生物学的なベースがきちんと敷かれた研究に繋がっていくのではないかと夢見ていました。国内でもこういう研究をする若い世代がだんだん出てきているので、これからではないかなと思います。

――近年、生物学の分野ではAIを使った技術が開発されていますが、古生物学の分野でもそうした技術は活用できますか。

すでに使われています。今一番実用的に使われているのは種の同定です。

微化石という小さな単細胞のプランクトンの化石があります。この微化石には、種の組成によって時代や環境を推測することができるという地質学的に有用な側面があり、その種同定の作業をAIに任せようと真剣に研究している人もいます。

たとえば微化石が大量に入った水が流れる様子を高画素のカメラで撮影して、自動的な画像処理により種を同定するシステムを作っている人がいます。数年前までは正答率66%くらいがせいぜいだったのが、最近アップデートした機械学習を使って75%くらいまで上がっているようです。

もう1つの使い方としては、今まで人間が主観的に決めていた「どこを測るべきか」という問題をAIに判断させたらどうなるかという研究が進んでいます。測る部位の選択の問題は従来の形態測定学の方法では扱えない問題だったので、それをAIを使って判断できるかどうかに興味を持つ人もいます。

――今後はどのような研究をしたいですか。

一番関心を持っているのは、直接観測できないものを逆問題として推定するような研究です。将来的には、非常に大きなレベルでの大進化や大量絶滅とその後の回復のような大規模な事象において実際何が起こっていたのかを、そのようなアプローチで解き明かせたらいいなと思っています。

やはり大進化レベルでの出来事に一番興味がありますが、そもそも論として、大進化とは現象と言えるのか、ということがあります。様々な現象の組み合わせを遠くから見たらなんとなく1つのヒストリーに見えるだけで、それ自体は単一のプロセスではないだろうというのが冷静な意見でしょう。けれども、それをあたかも1つのプロセスであるかのように扱うサイエンスがもしあったとしたら、地球生命史というグローバルな現象を異なる見方で理解できるかもしれないとイメージしています。

――ありがとうございました。

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