インタビュー

雑草との「戦い」 遺伝子から読む 研究の現在地 VOL.5 京都大学大学院農学研究科 岩上 哲史 助教(雑草学)

2023.09.16

雑草との「戦い」 遺伝子から読む 研究の現在地 VOL.5 京都大学大学院農学研究科 岩上 哲史 助教(雑草学)

岩上助教(研究室にて)

どこにでも生えているのに、普段気にすることは少ない雑草。しかしそれらが農業に与える影響は凄まじく、私たちの生活とも決して無縁ではない。除草剤を分解する「最強」の能力を獲得した雑草を研究する岩上哲史助教を訪れ、雑草の驚くべき進化とその防除の可能性についてお話を伺った。(=岩上先生の研究室にて。鷲・凡・郷)

岩上哲史(いわかみ・さとし)京都大学大学院農学研究科助教
京都大学農学部卒業、同大学院農学研究科修士課程・博士課程修了。農学博士。農薬会社バイエル・クロップサイエンス(ドイツ・フランクフルト)でのポスドク、筑波大学助教を経て、2016年10月から現職。雑草の除草剤抵抗性の進化メカニズムの解明に取り組む。
個人HP: https://siwakami.xsrv.jp/

目次

進化しつづける雑草
研究はトライアンドエラー
「みんながやっていないことをやりたい」


進化しつづける雑草


――雑草の定義とはなんでしょうか

いくつかありますが、「人が望まないところに生える植物」というのが簡単な定義になります。人が好むか好まないかという点が重要で、イネであっても雑草扱いされることはあります。たとえばコシヒカリを栽培しているところに赤米が生えてしまうと、収穫する際に混入して商品価値を下げてしまうので、この赤米は雑草イネとして扱われます。

境界は曖昧ですが、植物を人との関わりの深さで分類すると、関わりの浅い方から順に山野草・人里植物・雑草・作物と分けられます。

人との関わりの深さで分類した植物(参考:笠原安夫. 山野草,人里植物,帰化植物,雑草および作物の種類群と相互関係. 雑草研究. 1971, No. 12, pp. 23-27. )


――雑草を用いてどのような研究をなされていますか

農耕地の雑草は除草剤で防除するのが一般的です。ただ、除草剤をかけつづけると、除草剤に対する抵抗性を持った雑草が出現します。こうした抵抗性を持つ雑草が農耕地を覆いつくしてしまうことが世界中で大きな問題になっています。私たちが今取り組んでいるのは、雑草の遺伝子やゲノムを調べて、雑草が除草剤抵抗性を獲得するメカニズムを明らかにすることです。そうすることで、抵抗性雑草が出にくくなる防除方法や、出てしまった場合に効果的に防除する方法について、何らかのヒントが得られればと思っています。

――雑草が除草剤抵抗性を獲得するメカニズムとはどのようなものですか

基本的に除草剤は植物の持つ酵素を標的とし、その働きを阻害することで植物を枯死させます。この酵素の形が変わることで雑草が抵抗性を獲得するケースがもっとも多いです。除草剤と酵素はカギとカギ穴のような関係にあって、このカギ穴の形が少しでも変わるとカギが合わなくなる、つまり除草剤が効かなくなります。

酵素の量が大幅に増加することで抵抗性を獲得することもあります。この場合、除草剤は一部の酵素しか阻害できず、残った酵素が働くので雑草は枯死しません。

その他には、除草剤を植物体内で広まりにくくすることで抵抗性を獲得することもあります。除草剤の中には葉で吸収された後に根などに運ばれて植物体全体を枯死させるものもありますが、植物が除草剤を移行させないメカニズムを獲得すると、ダメージを植物体の一部にとどめることができ、全体としては生き残れるようになります。細胞レベルで見ると、除草剤が標的とする酵素と除草剤が触れないように、液胞という細胞小器官の中に除草剤を隔離してしまうケースも知られています。

他にも様々なメカニズムが提唱されていますが、きちんと証明されているものはあまり多くありません。

――どのメカニズムに注目していますか

除草剤を解毒するメカニズムに注目して研究を進めてきました。私たちが研究を始めた当初、そのメカニズムの存在自体は知られていましたが、どの酵素が解毒に関わっているかなど、詳しいことは何もわかっておらず、この謎をぜひ解き明かしたいと思いました。

解毒型抵抗性は農業に大きなインパクトをもたらしうる現象です。いったん雑草が解毒型抵抗性を獲得してしまうと、これまで使用歴のない除草剤に対しても抵抗性を示すようになります。一般的な抵抗性雑草が、使用歴のない除草剤を散布すれば容易に防除できるのに比べると、これは大きな違いです。研究が進んでいなかったことと、農業に与える影響が大きいこと。この二点が、私たちが解毒型抵抗性に注目した理由です。

――具体的にどういう発見がありましたか

私たちが研究を開始する前は、解毒のメカニズムは雑草の種ごとに、それから同種でも集団ごとにまったく異なるという理解が一般的でした。ところが、遺伝子レベルで解毒のメカニズムを見ると、どの雑草も同じようなメカニズムで解毒型抵抗性を獲得している可能性があることがわかってきました。メカニズムが共通しているということは、どの種のどの集団でも、ある一つのアプローチで防除できる可能性があると示唆しています。

――雑草の種類が違っても解毒を担当するタンパク質を共通して持っているということですか

そうです。シトクロムP450(*1)という酵素群です。解毒型抵抗性を獲得した雑草では、特定のP450遺伝子が過剰に発現していることがわかりました。雑草の種類が違っても、除草剤抵抗性のカギとなるP450には共通性があることが見えてきています。

――もともと植物が普遍的に持っていたP450が、除草剤というストレスにさらされることで、それを解毒する能力を獲得したということですか

そうです。そのあたりはとても面白いなと思っています。世界初の除草剤が開発されたのは1940年代のことですが、P450をコードする(*2)遺伝子はもちろんそれ以前から雑草のゲノムに備わっていました。ということは、その遺伝子はもともとは別の働きをしていたはずです。除草剤という強烈なストレスを克服するために、その遺伝子を解毒遺伝子として転用したと考えられます。

――研究で得られた知見は雑草の防除にどのように応用できますか

この知見がすぐに防除につながるかというと難しいところもあります。ただ、多くの種が同じメカニズムで解毒型抵抗性を獲得している可能性があることを考慮すると、こういった抵抗性の進化のバリエーションはかなり限定的であるように思えます。よく農薬について、抵抗性が出るから結局いたちごっこだと言われることがありますが、本当にそうでしょうか。似たようなメカニズムで雑草が抵抗性を獲得するのであれば、抵抗性の進化に利用できるオプションは限られているはずです。だから、そういったオプションを使えなくするような除草剤や、除草剤と別の刺激を組み合わせることで抵抗性を獲得しにくくするような防除方法があり得るのではないかと思っています。そういったところを、遺伝子やゲノムの視点から考えていきたいです。

――除草剤抵抗性以外にも、雑草が独自に進化させてきた特徴はありますか

たとえば、作物に擬態する雑草がいます。私が扱っているタイヌビエ(*3)という雑草はイネにとてもよく似た見た目をしています。なぜ擬態するのかというと、昔は雑草を手で取っていたので、イネとよく似た雑草はイネと見間違われて残るわけです。よく似たものが駆除されず残ってきた結果、タイヌビエはイネによく似た形をするようになったと言われています。

また、雑草が農耕地で生きていくためには、農耕のサイクルに適応しなければなりません。たとえば水田稲作の場合は耕起・水入れ・田植え・収穫という流れですが、この中でちゃんと発芽させて花を咲かせて種子を残すよう適応した雑草がみられます。

その他、大量の種子を作るため生き残りやすい、刈り取られにくいように茎が太くなる、など様々な適応の形があります。

雑草は人との関わり合いのなかでその姿をいろいろと変えてきました。変わってきたし、今も変わりつづけています。

*1 シトクロムP450
特定の酸化還元酵素ファミリーに属するモノオキシゲナーゼ(酸素一原子を付加する酵素)の総称。ほとんどの生物が持っており、ヒトの場合、主に肝臓において解毒を行う酵素として知られている。

*2 コードする
ある遺伝子aが、タンパク質Aに翻訳されて働く塩基配列を持っていることを「遺伝子aはタンパク質Aをコードする」という。

*3 タイヌビエ
イネ科の一年草。大型の雑草で水田で蔓延するとイネの収量が大きく低下するため、稲作においては十分な対策が必要な雑草である。

タイヌビエ(右)とイネ(左)(引用:Yoji Yamasue. Strategy of Echinochloa oryzicola Vasing. for survival in flooded rice. Weed Biology and Management. Volume 1, Issue 1, pp.28-36.)


目次へ戻る

研究はトライアンドエラー


――雑草の研究ならではの難しさや面白さはありますか

雑草を採ってくるところから自分でやらないといけないのが結構大変です。また、雑草を栽培するのも想像以上に難しいです。簡単に育てられそうに見えるかもしれませんが、実は、どうやって発芽させたらいいかわからないこともあります。自然界では常に何らかの刺激で発芽するわけですが、その環境をうまく模倣してあげないと発芽してくれない雑草が大半です。やっと発芽しても倒れたり病気にやられたり虫に食われたりします。イネの水田雑草なのにイネ用の土に植えると死ぬこともあります。自分が扱いたい雑草についていろんなことを試して実験系を作っていくのは大変ですが、そこが面白いところでもあります。

――雑草の研究で得られた知見が、他の生物学の分野に何らかのヒントを与えるということはありますか

農業は言ってみれば、除草剤を与えると植物はどうふるまうのかという進化実験を地球規模でやっているようなものです。このスケールで進化実験を行うとすごいことが見つかるケースがあります。ある研究で、アメリカで見つかったオオホナガアオゲイトウ(*4)という雑草の集団では、除草剤の標的酵素をコードする遺伝子の数が通常の100倍くらいに増えていることがわかりました。原因を調べてみると、その集団の個体はeccDNA(*5)を持っていることが判明しました。標的酵素の遺伝子を持ったeccDNAが、細胞内で複製されて膨大に増えることで酵素を大量に生産し、除草剤のストレスを克服していたのです。eccDNAがこのような機能を持つことは、シロイヌナズナなどのモデル植物(*6)の研究ではわかっていなかった生物学的にも新しい知見でした。これは作物栽培に応用できるかもしれない成果です。eccDNAは染色体の様々なパーツが分離したのち再び集合することでできるモザイク状のDNAですが、この形成メカニズムがわかれば、たとえばイネの染色体から有用な遺伝子だけを寄せ集めたeccDNAを人為的に作ることができるかもしれません。

最近少しずつ変わってきましたが、植物の研究ではモデル植物を使うのが一般的でした。一方で、雑草学は生えているもの全部が対象なので、多様性に富むものを扱うことになります。多様性のあるものを研究することで見えてくるような植物の新しい生き方とか、生理学的な面白さとか、単純に農学だけではなく他の分野に生かせるような知見が得られることもあると思います。

*4 オオホナガアオゲイトウ
ヒユ科の一年草。一個体で50万粒もの種子を作るため突然変異が起こりやすく、抵抗性を進化させやすい。

*5 eccDNA
Extrachromosomal circular DNAの略。染色体の外部に存在する環状DNAの総称。

*6 モデル植物
植物に普遍的な生命現象を調べるため研究対象として使用される植物。

目次へ戻る

「みんながやっていないことをやりたい」


――なぜ雑草を研究しようと思ったのですか

期待されている答えは雑草が大好きで、ということかもしれませんが、そうでもないんです。どちらかというとあまのじゃく的なところがあって、みんながやっていないことをやりたい、メインストリームではないことをやりたいという気持ちは小さい頃からあったと思います。農学で王道なのは植物をどう利用するかという方向性だと思いますが、私はそれとは違う、他の人がやっていないような研究をしたいと思っていました。

学生の頃は栽培システム学という作物の栽培法について研究する研究室に所属していましたが、当時の教授の先生がサブワークとしてやっていた抵抗性雑草の研究を手伝ううちにそっちに興味が向いてきて、修士課程の途中で雑草の研究に切り替えました。雑草学とは関係のない研究室の出身ですが、まわりまわってここに来たという感じです。

――今後はどのような研究をしたいですか

まず近いところでいえば、私たちは除草剤を解毒する遺伝子が過剰に発現していることを突き止めたわけですが、この遺伝子はもともとどのような働きをしていたのかを知りたいです。どのような機能の遺伝子をどう使うことで除草剤という強烈なストレスに適応してきたのかという問いに答えを出したいと考えています。もう少し遠いところでいえば、雑草に除草剤のストレスを乗り越えるための進化のオプションがどれくらいあるのかを明らかにしたいです。そして、それらでは打破されないような防除法を提案できたらいいなと思っています。

――ありがとうございました

目次へ戻る

関連記事