受験生号インタビュー特集 研究の現在地 VOL.2 遺伝子から動物を知る 分子動物生態学 村山美穂教授(2022.02.16)

Filed under: インタビュー
????????????????????
進みたい大学や学部を選んで入試に臨むのは大きな決断だ。そして入学してみると、大学での学びもまた選択の連続である。専攻は?研究室は?卒論のテーマは何にしたらよいだろう?

ひとつの学部・学科のなかにも多くの研究室があり、様々な研究が行われている。いまどのような研究が進められているのか、研究者はどんなことに興味を持っているのか。諸研究の現在のすがたを知ることは、ときに自分の興味や関心を発見する機会にもなるはずだ。現在取り組んでいる研究や今後の展望について、二人の研究者に話を伺った。(編集部)

(関連記事:受験生号インタビュー特集 研究の現在地 VOL.1 小説から「人間」を見る イギリス文学 廣野由美子教授(2022.02.16)

私たちは、動物と言葉を交わすことができない。動物たちがなぜそのような行動を見せ、そのような社会を持つのか、人間はいろいろな方法で解明を試みてきた。いま、動物研究はどのようなアプローチを行っているのか。遺伝子に着目して動物の生態を研究する村山美穂教授まで、お話を伺った。(田・怜)

murayam.png村山教授とDNAシーケンサー

村山美穂(むらやま・みほ)野生動物研究センター教授
京都大学理学部卒業(1987年)、同大理学研究科博士課程修了。遺伝情報を通して動物の行動や生態を研究している。1990年には、行動観察からは特定できないサルの父子関係を遺伝子解析によって解明。その後はイヌの性格関連遺伝子や、ウシの肉質改良など、多様な動物種を対象に研究。現在はツシマヤマネコやヤンバルクイナなど絶滅危惧種の保全プロジェクトに取り組む。2008年から現職。
個人HP:http://miho-murayama.sakura.ne.jp

目次


    ツシマヤマネコの人工繁殖を研究中
    遺伝子からわかること
    個体からDNAまで繋がるから面白い

ツシマヤマネコの人工繁殖を研究中


ツシマヤマネコは長崎県対馬(つしま)に生息するヤマネコの一種だ。森林の減少、交通事故、イエネコからの病気感染などで数を減らし、野生の個体数はわずか90〜100頭ほど。村山教授らの研究グループは、飼育下で繁殖させるプロジェクトに取り組んでいる。凍結保存した卵子・精子から最適な組み合わせを選んで交配するために、遺伝子研究が欠かせない。各個体の遺伝情報から人工繁殖に適した個体を見きわめることで、繁殖に適した卵子・精子を効率よく選抜していくことができる。

――繁殖に適する個体の特徴とはなんでしょうか。

まだ結論は出ていませんが、病気に強いことや、繁殖力が強いことが挙げられます。そのような特徴にかかわる遺伝子が見つかればいいなと思っています。また、血縁関係が遠い個体同士を繁殖させるのが望ましいです。近親交配が進むと遺伝子の多様性が失われてしまうからです。適切な個体の組み合わせを遺伝子から判断できるよう、繁殖などに関する遺伝子を特定するための研究を行っています。

――動物園などの施設で飼育されている個体は約30頭と少ないですよね。すでに血縁関係が近くなってしまっていませんか。

意外とそうでもないんです。動物園では、ヤマネコの飼育繁殖が始まってまだ年数が少なく、何世代にもわたって繁殖していません。新たに怪我をした野生個体が保護され、動物園で飼育されるようになることもあります。そうすれば新しい遺伝子が入ってきますよね。遺伝子の多様性を、野生と動物園の両方で調べてみると、ほとんど変わりませんでした。また、動物園でも、血縁が近い個体同士を交配させないように、園同士で情報交換をして計画を立てています。

――繁殖に適した個体の生殖細胞は、凍結保存させることで何世代にもわたって使用できますか。

そうですね。今いる個体と血縁が近くて繁殖させるのが難しい細胞も、凍結しておいたら何世代かあとに使えるようになるかもしれないですね。現在は飼育下も野生と同じくらいの多様性がありますから、今のうちにできるだけ多様な遺伝子を保存しておきたいですね。

――飼育下での繁殖はすでに実現しましたか。

飼育下では、毎年のように子どもが生まれています。ただし、繁殖で終わりではなく、生まれた個体をどうやって育て、次の繁殖につなげるのかが問題になってきます。その段階では結構苦労していて。

――飼育下で生まれた個体の野生復帰はまだ実現していない?

していません。現在は、対馬にある環境省の施設で野生に戻すトレーニングをしています。具体的には、ネズミをとるトレーニングなどをします。あとは、対馬の環境整備も必要です。昔は対馬全島にいたんですが、いまは生息地が減っています。具体的な取り組みのひとつに、減農薬での米作りがあります。農薬の影響で、ツシマヤマネコが餌にする小動物が死んでしまうんです。

――多くの絶滅危惧種のなかで、なぜツシマヤマネコを研究するのでしょうか。

ツシマヤマネコは環境省の分類だと「絶滅危惧1A」で、哺乳類としては最も厳しいカテゴリーにあたります。イリオモテヤマネコもそうですね。ただ、イリオモテヤマネコは飼育個体がいないので、研究するのが難しいんです。そういう点を考慮して、日本の哺乳類のなかではツシマヤマネコが保全対象に選ばれました。鳥類ではヤンバルクイナを対象に研究しています。

――対象種を選ぶ基準は、緊急性と、保全研究の実現可能性ですか。

実現可能性は重要ですね。特に、一定数の飼育個体がいて、ホルモン・生殖細胞・遺伝子・行動に関する研究の体制が整っているということが必要です。もうひとつの理由は、頂点捕食者であること。ツシマヤマネコは生態ピラミッドの一番上にいるんです。だから、ツシマヤマネコが暮らせる環境とは、ツシマヤマネコの餌になる動物、さらにその餌になる動物が暮らせる環境ということになります。つまり、ツシマヤマネコの保全活動は、生態系全体を保全することに繋がります。

――ホルモンの研究というのは?

ツシマヤマネコは1年のうち決まった期間しか繁殖しません。繁殖を成功させるためには、それぞれの個体が繁殖できる時期を見極めることが必要です。たとえばメスなら、ホルモンを調べることで発情時期がわかります。この時期にオスとメスを一緒にしたり、卵子を取り出したりします。

――ホルモンはどうやって調べるのでしょうか。

昔は採血が必要でしたが、今は尿やフンなどの排泄物から調べられます。サンプルの採取がより簡単になりましたし、動物への負担も軽いです。でも、排泄物中のホルモンは量が少なかったり代謝されてホルモンの構造が変わっていたりするので、調べるのが難しいこともあります。その技術革新もいま進んでいるところです。なるべくたくさんの個体の遺伝子・ホルモン・生殖細胞のサンプルを集めて調べたいですね。実際の繁殖能力と見比べることでフィードバックできますから。この遺伝子型をもつとよかったのかな、と。

――ツシマヤマネコの研究で得た結果を他の動物の保全に活用することはできますか。

はい。ネコ科の多くは絶滅の危機の瀕しています。たとえばユキヒョウです。そういった大型ネコ科の保全に役立てられると思います。大型ネコ科というのは頂点捕食者ですから、彼らの保全に役立つということは、多様な場所の生態系の保全に役立つということだと言えますね。

――絶滅危惧種を保全するうえで、課題はありますか。

生態系のそれぞれのパーツがどんな役割を担っているか、まだわからないことも多いです。こういう意味があるからこうでなければいけない、とは全然言えない。でも、だからこそ、いろいろな種が存在していることではじめてわかることがあると思います。そういった意味でも多様性を大事にしたい、ということもあります。あと、同じ種でも、飼育下だと野生と全然違った行動をとったりするんです。それは本当にその種といえるのか、という問題もあります。鳥類のある種を保全しようとして、野生でのコミュニケーション方法を受け継いでいない個体だらけになってしまったという例もありました。行動特性まで守りながら保護するのはとても難しいですが、そこまで気を配っていく必要があります。やることはたくさんありそうです。

目次へ戻る

遺伝子からわかること


DNAは4種類の塩基から構成される。その配列のなかには、塩基20〜30個を単位とするミニサテライトと呼ばれる繰り返し配列や、2〜3個を単位とするマイクロサテライトが含まれる。これらの反復数は個体間で異なり、親から子へ遺伝する。したがって、【図】の手順で反復数を調べることで、親子判定をしたり、遺伝多様性を評価したりできる。

1990年代にはPCR法が普及した。PCR法とは、DNAを3種類の温度に繰り返しさらして、調べたい部分を増幅させる手法だ。この手法の登場で、少ないDNAで遺伝情報の解析が可能になった。野生動物の研究では、DNAが多量に含まれる血液を採取することは困難だったが、PCR法を使えばフンや羽根から遺伝情報を得ることができる。

zubig.png
【図】DNA解析の手順

(村山教授):私が大学院に入る少し前に、ヒトの親子判定にDNAを使う方法ができました。それをサル研究に応用したらどうか、と大学院の先生に言われました。私も遺伝子を使って行動を調べるような研究をしたいと思っていたので、やってみよう、と。その頃にスズメについての論文が出たりして、野生動物に応用され始めました。そのあと、博士号をとったころにPCR法が普及して、野生動物での応用が広がりました。

――どんどん発達する新しい技術を活用する難しさもありますか。

そうですね。遺伝子の解析だと、今は統計学が非常に重要になってきています。ゲノム全体を調べるとなると、高度な機械を持っている業者に外注することが多いです。そうすると、DNAの塩基配列がデータになって返ってくるんです。そこから必要なデータを抽出するために、コンピューターでコードを書いたりする技術も必要になってきています。

――そのデータのなかで、たとえば病気に関わる遺伝子はどの部分なのか、どうやってわかるのですか。

データというのは4種類の塩基が並んでいるだけですから、手がかりがなければ大変です。ヒトの場合はゲノムマップができていて、何番染色体のこの部分にこういう遺伝子があるということがわかります。霊長類ならヒトに近いのでヒトのマップを活用できます。ヤマネコなら、ネコのものを使います。

目次へ戻る

個体からDNAまで繋がるから面白い


――先生のこれまでの研究について教えてください。著書のなかで、分子動物生態学を始めたのは「動物の行動を物質で表現する」ため、と書かれていますが。

最初はサルを研究していたんですが、足が遅かったんです。山でサルを観察しようと追いかけても追いつけない。観察できなければデータがとれません。それでは不利なので、補えるものはないだろうかと考えました。それから、サルを観察できても、こういう理由でこのサルはこういうことをした、と客観的に説明するのは難しいです。長年観察してきた人にしかわからないことを、他の人にどうやって伝えればよいか。そう考えたときに、客観的に測れて、他の種や個体にも当てはめられる指標が必要だと思いました。私の場合は、それが遺伝子でした。

――遺伝子研究には、熟練した観察眼のような「匠の技」はいらないということでしょうか。

やってみると、意外と「匠の技」はいるんです。私の感覚では、山でサルを追いかけてちょっとした動きを見分けるのと同じくらい、実験室で小さな違いに気づくことにも熟練が必要です。実験をいかに無駄なくスムーズな手順で行うかが結果に影響したりしますし。たとえば、DNAの配列が違ったときに、それにどういう意味があるんだろうと考えるためには、経験やトレーニングも必要だし、その人の問題意識も影響してくるんじゃないかな。やっぱり実験室でも、山を歩いているのと同じ感覚でやろうと思っています。

――この研究をなさっているのは得意分野を選んだ結果ということですか。

そうですね。得意分野で選ぶというのはひとつのポイントだと思います。あとは興味ですね。得意じゃなければだめだというわけではない。実際に使っている技術はそんなに難しいものではないからです。「この技術を使ってこれをしたい」という意欲が重要です。

それから、野生動物の研究をするなら、フィールドにも行って野外の動物を見た方がいいです。私たちは普段、動物がいないところで研究します。でも、一度見たことがあってその動物を扱うんだと思って実験するのと、全然見たことがなくてただDNAを使って実験するのでは意味が違う。この種は個体同士の関係がこういう感じで、そのなかでこれを知りたいからこれを調べているんだ、と。やってることから目的まで、自分のなかで繋がっていることが大事です。わたしは理学部出身ですが、実験室だけで完結するテーマも結構あるんですよ。そのなかで、個体からDNAまで繋がっているのが野生動物研究の面白さかな、と思います。

――先生がサルの研究を始めたとき、遺伝子解析を用いるのは新しい手法だったわけですが、新しい技術を使って研究するおもしろさとは?

この実験の結果は世界で初めて自分が見ているんだ、と思うとわくわくします。10年ほど前にイヌワシの研究を始めました。イヌワシはいま日本で500羽ほどしかいないのですが、当時は多様性がどの程度あるのかもわかっていなかった。イヌワシのマイクロサテライトのマーカーを調べてみて、いろいろな種類の長さがあると初めてわかったときはすごく嬉しかったですね。

あとは、小さな工夫をする余地があるのが面白いところです。早くたくさんの結果を得られるように、100円ショップで道具を買って、実験をやりやすくしたり。やりがいがあって楽しいですよ。「壮大な目標に向かって苦しい修行を重ねる」というわけではなくて、毎日なにか小さいけれど面白い発見がある。失敗もあるけれど、こうしてはいけないんだな、と学べます。

――これから取り組みたいことはありますか。

日本の野生動物の研究は海外に比べると分野として弱いと感じます。海外の研究者を呼んで講演や共同研究をしていますが、その機会を増やして、分野の活性化を図りたいです。獣医学でも野生動物にかかわる分野が増え、関心をもつ獣医師も増えました。そういう人たちと一緒に、野生動物の研究自体を大きくしたいです。

野生動物研究のなかでも、遺伝子研究に取り組んでいる人はさらに少ないので、野生動物の遺伝子・ゲノム研究のチームを広げたいですね。遺伝子型などは、機械にいれてボタンを押せば結果が出てくる、となってほしいです。野外でサンプルを採って、キットを使えば遺伝情報がすぐ出てくる、みたいに。

――そうすると野生動物の遺伝子研究がもっとしやすくなりますね。

そうですね。その部分は、私の学生時代から現在まででも、だいぶ変わりました。昔はDNAを使った血縁調査というと大変なことでしたが、いまでは野外研究者も動物の血縁関係を当然のように調べます。機械も発達していますから、これからの10年でも大きく変わるのでは、と期待しています。

――ありがとうございました。

目次へ戻る

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095