これからを生きる人へ届ける 『はみだす。とびこえる。絵本編集者 筒井大介の仕事』
2023.11.16
筒井は当初から絵本編集者を目指していた訳ではない。児童書版元へ入社した後に出会った1冊の絵本を読んで、絵本に対する「かわいい」「やさしい」という漠然としたイメージが覆り、絵本には無限の可能性があることに気付いたという。企画展のタイトルである「はみだす。とびこえる。」という言葉には、絵本の形式にとらわれることなく表現の幅を広げることで、絵本の持つ可能性を追求したいという思いが込められている。子どもへの表現は、大人よりも更に先の「これから」を生きていく人への表現であると考える筒井は、自分が「たった今」と格闘して、子どもたちへ差し出せるものはないだろうかとの思いで、絵本の編集に携わっている。
入口のすぐそばには、きくちちき作『ゆきのゆきちゃん』の原画やラフ画、あわせて40枚が並ぶ。この本は、猫のゆきちゃんが冬の森に出かけて、動物たちに自分の名前の由来を尋ねていく物語だ。きくちは1つの場面の構成を考えるために、100枚ほどの下書きをすることもある。この本が出来上がるまでに、千枚以上もラフ画を書いたという。ずらりと並んだ絵は、作家と編集者が丁寧に話し合いを重ねて、何度も試行錯誤した結果、1冊の絵本が出来上がることを伝えてくれる。
評者は、死について扱う「闇は光の母」シリーズの一作である、角幡唯介作・阿部海太絵『ほっきょくでうしをうつ』の原画に、ひときわ目を奪われた。主人公は、長い間北極の氷の世界を旅している冒険家だ。飢えを感じて、獲物を探しているときにジャコウウシの群れに出会う。主人公が1匹のジャコウウシに銃口を向けた場面の原画が展示されている。こちらを向くジャコウウシの姿は威厳に満ちているが、主人公をじっと見つめる瞳はどことなくもの寂しい。人間は生きるために、他の命を奪う必要がある。いつもは見て見ぬふりをしていた、生きることにつきまとう後ろめたさを正面から突き付けられた。
本展は、かつて子どもだった「大人」にも、いつの間にか忘れてしまった絵本の可能性を思い出させてくれる。会期は1月7日まで。月曜日、年始年末は休館。入場料無料。(史)