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化学研究所 がん細胞内へ直接 投薬に成功 インクジェット技術を応用

2023.10.16

化学研究所 がん細胞内へ直接 投薬に成功 インクジェット技術を応用

インクジェットシステムを利用した細胞内導入技術の概略図(プレスリリースより。一部改変)

圧力や熱により粒子化したインクを直接紙に吹き付けるインクジェットプリンター。インクの吐出量を細かく調節することで、高い解像度での印刷を実現している。大阪公立大学・大村美香大学院生、京大化学研究所・二木史朗教授らの研究グループは10月5日、この技術を応用して、がん細胞の細胞膜に穴を開けることなく投薬を行い、細胞死を導いたと発表した。今後、創薬技術などへの応用が期待される。

今日、創薬研究が盛んに行われ、分子量が大きく複雑な薬物が多く開発されている。抗体医薬品などの高分子薬は、副作用が少ないなどのメリットがある一方、細胞膜を通過して細胞内へ入ることが難しいデメリットもある。従来、薬物を細胞内に導入する際は、細胞に針を通したり、高電圧をかけたりする方法がとられていたが、これらの方法は確実性が高い一方で、▼高度な技術が必要▼作業効率が低い▼細胞生存率への影響が大きい、などの問題が知られていた。

グループは、細胞膜を透過する「膜透過性ペプチド」をがん由来の細胞に吐出して、細胞内へ取り込まれる様子を観察した。この際、インクジェットプリンターを活用することで、1兆分の1㍑レベルの緻密な液滴のほか、1秒で1000回もの高速吐出が実現した。観察の結果、液滴の吐出スピードが増すほど、膜透過性ペプチドが▼細胞膜を通過しやすくなる▼細胞内へ取り込まれやすくなる、ことが判明した。

次に、狙ったがん細胞群を殺すため、PADペプチドを細胞内に導入した。PADペプチドは細胞内でミトコンドリアの膜を破壊し、細胞を殺す役割を果たす。一方で、細胞内へ取り込まれにくく、抗がん剤としては利用できていなかった。グループは、PADペプチドと膜透過性ペプチドを結合することでPADペプチドの弱点を補いつつ、インクジェットシステムを利用して実験を行った。これにより、細胞膜を損傷することなく薬を細胞内に導入し、高効率でがん細胞を殺すことに成功した。

またグループは、巨大分子である抗体も、これらの仕組みを用いることで効率よくがん細胞群の細胞膜を通過し、細胞内への導入が可能であることを確認した。

この技術によって細胞膜へのダメージをおさえつつ、簡便かつ高効率に目的薬物を細胞内に届けることができる。またインクジェットシステムのもつ精密な液滴制御によって、超微量での薬物の吐出が可能になり、高価な薬物の使用量低減にもつながるという。今後、これまでは困難とされてきた、細胞内分子の標的・検出・制御などへの応用が期待される。

この研究成果は、2023年 10月5日に米国化学会「ACS Applied Materials&Interfaces」にオンライン掲載された。

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