インタビュー

【卒業生インタビュー 京大出たあと、 何したはるの?】Vol.4 書評家・作家 三宅香帆さん 批評を通して本の面白さを伝えたい

2023.10.16

【卒業生インタビュー 京大出たあと、 何したはるの?】Vol.4 書評家・作家 三宅香帆さん 批評を通して本の面白さを伝えたい

(写真は全て三宅さん提供)

京都大学は昨年創立125周年を迎え、これまでの学部卒業生はおよそ22万人にも及ぶ。卒業生は幅広い分野で活躍するが、彼ら・彼女らは進路の選択に際し、何を考え、感じ、選び取ってきたのか。

当企画第4弾は、京大を卒業後、書評家・作家として活動する三宅香帆さんを取り上げる。(史・匡)

目次

本はいつもそばにある
自由を謳歌した大学生活
挑戦は学生の特権
書評家にたどり着く
本を読む人を増やしていきたい
好きなものを見つけてほしい


本はいつもそばにある


――大学入学までどのように本と付き合ってきたのかを教えてください。

小さい時から、いつも本を読んでいました。親に図書館やブックオフに連れて行ってもらって、たくさん本を読みました。小中学生の頃はあまりお金を持っていなかったので、立ち読みが許されているブックオフには本当にお世話になりました。

今も昔も、本を読む時間がないとストレスがたまるほど本が好きです。唯一、大学受験の時に1年間本を読まないと決めていたのですが、気付いたら文庫本を立ち読みしていたことがあって、自分でも怖いなと思いましたね。

――三宅さんにとって本はどのような存在ですか。

私には、親や先生など周りの人の言葉によって心を動かされるという体験があまりなくて、それよりも本の言葉のほうが、私の心を動かしてくれたんです。本によって人生が豊かになったというよりも、実際に出会った人よりも本の方が説得してくれるという表現の方が、適切に思えます。

本は、作家になるくらい文章を書くのが上手な人が、1冊分の文字数で何かを伝えてくれる媒体です。親や友達とはいつか疎遠になってしまうけれど、本はずっとそばにあります。人生で本以上に影響を与えてくれる存在は、未だにないなと思います。

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自由を謳歌した大学生活


――京大を選んだきっかけは何ですか。

新選組が好きで、『燃えよ剣』という小説にはまったのが京都を好きになったきっかけです。中学生の頃に森見登美彦さんや万城目学さんの本を読んで、京都に対する憧れがさらに募りました。

高校生の夏休みに家族旅行で京都に来て、京大を見学しました。京大の構内に高校生がいることに対して、学生が全く気にしていないように感じました。修学旅行で訪れた東京の大学には人がたくさんいて、居づらそうと感じましたが、京大には放置してくれそうな感じがあり、その雰囲気に惹かれました。

また文学部を志望していて、学問と就職先が直結する学部ではないために、周囲に就職の心配をされるのではないかと思っていました。京大の文学部であればどこかに就職できるだろうと考えたのも、一つの理由です。

――大学生活について教えてください。

楽しかった思い出しかないです。高校時代と比べて自由な時間が多かったので、たくさん本を読んだり、友達と色々なことを話したりすることができました。学生時代に手当たり次第本を読んだ経験があるからこそ、社会人になってもある程度当たりをつけて本を読むことができています。

結果を求めずに自分の好きなことに打ち込めるのは学生時代の特権だと思います。社会人になると忙しくなるので、大学生は今のうちに暇な時間を謳歌しておくといいですよ。

――大学院ではどんな研究をしていましたか。

もともと研究したかった伊勢物語は先行研究が膨大で難しく感じ、伊勢物語の和歌の「元ネタ」が収録されている万葉集の研究をしました。奈良時代には和歌の典型がまだはっきりと確立していないので、和歌のルールや言葉が作られていく過程を見ることができます。また、和歌に詠まれた男女の関係が入れ替わったり、対等になったりすることもあります。恋愛の立場が一辺倒ではないところが現代と近く、面白かったです。

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挑戦は学生の特権


――在学中に行ったことで、将来の選択に影響があったものは何ですか。

書評家という職業にたどり着くまでには、大学院での研究の影響が大きいです。就職先を考える際には、アルバイトの経験が役に立ったと思います。

――大学院での研究が、将来の選択に与えた影響を教えてください。

将来の進路として研究者という選択肢があったので研究をやってみましたが、それよりも書評家の方が向いていることがわかりました。研究者になるにしては、面白い解釈が好きすぎるし、エビデンスに対してあまり興味を持てませんでした。解釈を出すという意味では、研究も批評も変わらないように見えますが、実際に取り組んでみて案外隔たりがあることに気が付きました。やってみて初めて、自分に向いているとか何か違うとかが分かります。挑戦して辞めることができるのも学生時代の特権だったなと思いますね。

研究には、「象牙の塔にこもる」ような、好きなことを追い求めて将来のことを考えないイメージがあるかもしれませんが、私は研究を通して将来に役立つ様々な能力を習得することができると思っています。具体的には、書く力や読む力、大量の文献をさばく力を身に付けることができました。先生方から学ぶことが多く、研究そのものも楽しかったですね。研究によって身に付いた能力は未だに生きていると感じるので、趣味のようなものとしてではなく、身につけたい能力のために研究をしてもいいと思います。

――アルバイトの経験は、将来の選択に対してどのような影響を与えたのですか。

映画館や予備校、飲食店などでアルバイトをしたことがあります。本に関わる仕事としては、祇園にある書店、天狼院(※)で店長を務めました。将来は本に関わる仕事がしたいと思っていたので、天狼院で書店の仕事の全体像を見ることができたのが貴重な体験でした。将来の選択を考えるきっかけにもなるので、アルバイトはお金のためだけにやるのではなく、将来関わりたい業界に近い分野で経験を積むことも大事だと思います。

私は就職する時に、大企業かベンチャー企業かという選択肢を考えました。私はもともとベンチャー企業の方が向いていると思っていましたが、ベンチャー色が強い天狼院で働いてみて大企業の方が向いていると考えるようになりました。社長との距離が近いベンチャー企業では、社長の求めていることを率先して行う社員像が求められます。私は自我が強いところがあるので誰かの意思に沿って働くよりも、社長が自分に求めていることが直接伝わらないくらい大きな会社の方が伸び伸びやれると思ったからです。その経験を活かして就職する企業を選びました。

※編集部注
本の著者やプロの講師による様々な技術を学ぶゼミなどを通して、本だけでなく、その先にある体験も提供する「次世代型」書店。2013年池袋に出店した後、17年に京都に3号店をオープン。現在は全国に10店舗、1スタジオを持つ。

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書評家にたどり着く


――就職を決めたきっかけは何でしたか。

将来は本に関わる仕事に就きたかったのですが、何でもいいという訳ではなく、解釈の提示や文学批評がやりたかったです。それをやるには研究が一番適していました。修士で大学を出ることも考えましたが、あまり良い未来が見えなかったので博士過程に進むことにしました。

進学を決めた修士2回生の9月頃、初めての著書『人生を狂わす名著50』(※)を出版しました。その後、次の本の依頼も来るようになって、修士2回生の冬に書評家という選択肢があることに気が付きました。研究職をやりながら一般書を出すのは肩身が狭いとも感じており、就職することにしました。自分のやりたいことを狭めていったら書評家の仕事に辿り着いた、という感じです。

※編集部注
「京大院生の書店スタッフが『正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね』と思う本ベスト20を選んでみた。《リーディング・ハイ》」というタイトルで、天狼院書店のウェブサイトに掲載され、年間はてなブックマーク数ランキングで2016年に第2位を獲得した記事を書籍化した本。

ルネで撮影した1枚。修士2回生の時に出版した『人生を狂わす名著50』を持つ



――就職してからの生活と専業になった経緯を教えてください。

職業として書評家の仕事をしていくなら、就職した方が道が開けそうだと感じていました。大学院を博士1回で中退して、副業が認められている東京の会社に就職しました。

兼業時代は、ひたすら働いていました。平日はフルタイムで働いて、合間を縫って執筆していました。多忙な日々を乗り越えることができたのは、読んで書くことが好きで、自分のアイデンティティを形作る重要なものだったからです。高校時代に勉強も部活もやっていたのと同じような感覚で両立していましたね。

しかし、体力的にも書評家の仕事の質を考えても、兼業を続けていくことは難しいと感じていました。書評家の仕事に専念したい気持ちもあったので、結婚を機に京都に引っ越すことになったタイミングで、専業に挑戦することに決めました。

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本を読む人を増やしていきたい


――現在のお仕事について教えてください。

連載と書籍の執筆が主な仕事です。それに加えてイベントの仕事もしています。専業になってから、ユーチューブやポッドキャストなど、すぐには収入にならないけど、知ってもらうきっかけになることをする余裕が生まれました。

――今は書評家・作家として活動している。

1冊目の本が書評だったので書評家と名乗っていますが、未だに肩書きは相手におまかせしています。書評家という職業をご存じない方もいるので、本を出している人という意味で作家とも言っていますが、肩書きは未だにこれでいいのか考えています。

小説を書こうとは、全く思わないです。読みたい本を読んで仕事になるなら、それが一番幸せです。書評家という職業があってよかったと思っています。

――どのようなことを意識して活動していますか。

言葉は普段から何気なく使われているものですが、適切に言葉を使うためには技術が必要だと考えています。文章を書く時には、読者の反応を想像するように心がけています。私たちは他人の言葉から案外影響を受けやすいです。自分の言葉と他人の言葉を区別することが難しいと理解しておくことも技術のうちの一つだと思います。

また、現実を隅々まで言語化したいと思いすぎると、取りこぼしてしまうものがあると思います。言葉への信頼が強すぎると抽象化しすぎてしまい、言葉が表すものが現実から離れてしまうので、言葉の持つ危険性を分かっておくことも重要だと考えています。

――今後の目標を教えてください。

本はやっぱり面白いです。現代には多くの表現媒体がありますが、文学は色々な時代の色々な国の人が構築してきた歴史を持っています。加えて、映画などの媒体と異なり製作に高額な資金を必要としないので、多くの人に門戸が開かれています。本を通して、たくさんの人の考えを知ることができるのが魅力です。

書評家として、これまで全く本を読んでこなかった人や、昔は読んでいたけど今は読んでいない人が本を手に取ることに貢献できたら一番嬉しいです。こんな本があるよと紹介してくれる人がいると、少し本から離れてた人も戻ってきやすいかなと思います。時代や国にとらわれずに、今後もたくさん本を読んで紹介していきたいです。

私は批評が本当に面白いと思って書評家として活動していますが、批評には、上から目線で論じるという悪いイメージがあるように感じます。「上から目線で面白くない」という批評のイメージを変えていきたいです。

京都の書店でトークイベントに登壇する三宅さん



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好きなものを見つけてほしい


――大学生におすすめの本を教えてください。

海外の作品を通して初めて出会う価値観があるので、海外文学を読んでおくのがいいと思います。『私を離さないで』や『1984』、『アンナ・カレーニナ』がおすすめです。時間がある大学生のうちに翻訳口調に慣れておくと、その後の人生で海外文学を読むことのハードルが低くなると思います。

小説は絵空事を描いたものだと思われがちですが、全ての文学作品は現実の中で生まれて、現実を抽象化したものを映し出しています。『私を離さないで』や『1984』などのディストピア小説を読むことで、衝撃的なニュースを見たときも、すぐに感情的にならずに小説で読んだ状況に似ているなと冷静に捉えることができます。そこに本を読む意味があると思います。

――進路選択についてのアドバイスをいただけますか。

若いうちはどうしても周囲の目を気にしてしまいます。しかし、周りの人は自分の選択には責任を取ってくれないし、一度挑戦して結果が出れば、案外すぐに認めてくれることが多いと感じるので、進路選択をする時に周囲の意見を過剰に気にする必要はないと思います。

――大学生に向けてのメッセージをお願いします。

世の中には流行りのものがありますが、大学生のうちに自分の好きなものや考え方を見つけておくことが大事だと思います。それを持ったうえで社会人になると、大変なことがあっても、ギリギリのところで好きなものが自分を救ってくれます。サークル活動やアルバイト、旅行など何でもいいですが、興味を持ったものに挑戦して自分が好きなものを見つけて欲しいです。

――ありがとうございました。

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三宅香帆(みやけ・かほ)
書評家、作家。1994年生まれ。高知県出身、高知学芸高校卒。京都大学文学部卒、人間・環境学研究科博士後期課程中退。著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しか出てこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』他。

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