文化

地方都市で芽生える、セカイを蝕む恋 『アリスとテレスのまぼろし工場』

2023.10.01

映画に圧倒されると泣くしかない性質だ。「切ない」とか「お涙頂戴」などとは一切関係なく、魂が震え、涙を流すしかない映画というのが確かに存在すると思う。それは評者にとって『シン・エヴァンゲリオン劇場版』であり『天気の子』であったわけだが、今回、思わぬことにそのリストへ追加されるべき作品があった。9月15日公開のアニメ映画『アリスとテレスのまぼろし工場』である。

アニメの脚本家という仕事は意外にもスポットが当たりにくい。だが、少なくとも岡田麿里に関しては格別の知名度を有している。『とらドラ!』や『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』など、時代を代表する作品を多く生み出してきたクリエイターである。もはや大御所と言っても差し支えないだろう。その初の監督作品『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018)がすこぶる傑作だったので、同監督作品の『アリスとテレスのまぼろし工場』も注視していた。

本作の舞台は、地方にある製鉄所の企業城下町だ。製鉄所の爆発事故をきっかけとして、町は「永遠の冬に閉じ込められ」る。ファンタジー的な意味で、町は外の現実世界と隔絶してしまったのだ。時間は止まり、誰もこの町からは出られない。「いつか元通りになるかもしれない」と望みを捨てない町民らは、そのときに混乱しないよう、常に「自己確認表」を記し自己の姿を不変に保とうとしている。

アクターは町に住む14歳の少年少女である。主人公・菊入正宗が、謎めいた同級生・佐上睦実と出会い、製鉄所の中に幽閉されている少女・五実のもとへ導かれることで物語は動き始める。

一見して複雑な映画である。「出られない地方都市」というモチーフは、岡田がずっと描き続けてきたおなじみの要素ではあるし、少年少女たちの恋模様がやがて町全体――いや、セカイ全体を揺るがし始めるプロットなどはまさにマリー節といえる。さらに相似形を考えてみれば、状況が元通りになると信じずにはいられない町民たちの姿はちょうどコロナ禍の人々に重なるし、「製鉄所」の「企業城下町」で「90年代」の「冬」のまま時間が止まってしまう設定などには、強い批評性をみずにはいられない。

しかし本作は、そういう社会批評的整理の枠からはみ出すような得体の知れなさを持つ作品でもある。物語中盤で描かれる正宗と睦実によるとあるシーンは、強迫的なまでに美しく、感涙するほど気持ち悪い。「感動した」と言うほかなかった。

演技の素晴らしさも指摘しておきたい。榎木淳弥、上田麗奈、久野美咲と今を駆ける実力派声優が、見事にハマり役を演じている。特に久野美咲による五実の演技は白眉である。動物的少女のイノセンスを絶妙に表現すると同時に、そういうキャラクターに対してわれわれ観客が抱く後ろめたさや気持ち悪さまでも増幅させる圧巻の芝居だった。

妙に商売っ気のないタイトルには謎が残るが、この秋必見の映画である。(涼)

◆映画情報
監督・脚本 岡田麿里
制作 MAPPA
公開 2023年9月15日

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