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吉田寮現棟・食堂明渡請求訴訟ふりかえり 「学ぶ権利守る闘い」判決へ 最終弁論10月5日11時から

2023.08.01

吉田寮現棟・食堂明渡請求訴訟ふりかえり 「学ぶ権利守る闘い」判決へ 最終弁論10月5日11時から

▲吉田寮現棟の玄関【現棟】木造2階建て/1913年築/120部屋【新棟】木造・鉄筋コンクリート混構造/地上3階+地下1階建て/2015年築/60部屋【寮費】約2500円/月(公式サイトより)

京大当局が吉田寮生を相手取って裁判を起こしてから4年以上が経過した。10月5日の最終口頭弁論を前に、これまでの経緯をふりかえる。長い歴史があり、到底1頁に収められるものではない。ことの発端を定めるのも難しいが、2017年12月の通知を起点に概観していく。(編集部)


裁判に至る経緯


退去要請(17年12月)


17年12月19日、京大当局は「吉田寮生の安全確保についての基本方針」を発表した。「吉田寮現棟は耐震性を著しく欠き、極めて危険な現状にある」と指摘し、翌年9月末までに退去するよう全寮生に通告した。寮自治会は「一方的に通達された」と抗議。大学の示した期限以降も約100名が居住を続けるに至った。老朽化対策は急に浮上した課題ではなく、両者の間で長らく話し合われていた。溝はどのように生じたのか。

交渉の停滞(〜17年12月)


「大学当局は吉田寮の運営について一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の上決定する」。両者が交わしてきた確約書の中心となる文言だ。89年以降、学生担当の副学長が交代するたびに団体交渉を実施して確約の内容を引き継ぐのが恒例となり、その土台の上に各種交渉が積み重ねられてきた。

現棟をめぐっては、12年9月にその建築的意義を認めて補修に向けた協議を続けることが確約されたほか、13年には双方から補修案が出てすり合わせが行われた。

しかし、14年7月の総長選を経て担当理事が交代し、15年3月を境に大学が団体交渉に応じなくなった。16年には川添理事が確約書の内容を承認できないと述べ、少人数の話し合いであれば応じる旨を表明した。団体交渉について川添氏はのちに「多数の寮生やその関係者と称する人々が、数による圧力のもとで主張を認めさせようとする形態だった。委員として同席した交渉が12時間に及ぶこともあった」と振り返っている。一方、寮自治会は、大学と学生との権力差を補う観点から合意のうえで団体交渉が実施されてきたと訴え、従来の形式での対話を求めた。

交渉が滞るなか、理事が主導して「基本方針」を作成。代替宿舎を手配するという異例の対応で局面の打開を図った。寮担当の委員を務める教員さえ事前に知らされない急展開だった。結局、半数近い約100名が代替宿舎に移った。

交渉決裂(18〜19年3月)


大学の設定した退去期限が迫り、寮自治会は少人数での話し合いに臨む苦渋の選択をする。こうして18年夏に行われた3年ぶりの話し合いで、理事は「意見を聞くだけ」と述べて合意形成を拒み、終了後に交渉打ち切りを告げた。

ほどなくして期限の日を迎え、大学は寮の電話回線を遮断して事務員を配置転換した。年明けには提訴を示唆する手続きに出たほか、現棟の立入禁止を通告した。

2月、寮自治会は、点検のための現棟立ち入りや食堂棟の使用継続で合意できれば5月末で退去するという妥協案を提示した。大学はこれを拒否。入寮募集を行わないなどの条件を受け入れれば話し合いに応じると表明した。この対応について教員有志は抗議声明を発表し、「執行部の本当の狙いが『寮生の安全確保』ではなく、自治寮としての性格の解体であることを物語っている」と批判した。

異例の提訴(19年4月)


4月、京大当局は寮生を提訴した。川添理事は会見で「安全確保のためにこれ以上先送りできない」と述べた。学生相手の民事訴訟は京大の歴史で初めてだという。他に手段はなかったかと記者から問われ、理事は「イメージを持てない」と答えた。

寮生が退去した場合の現棟については「建築物としての歴史歴経緯に配慮」して収容定員の増加に取り組むとしつつ、建て替えの可能性も排除していない。寮自治会は、新棟に限って入寮募集を続けながら、対話の再開を求めている。

▼「基本方針」から提訴までの主なできごと
2017以前 耐震調査(05年、12年)
現棟補修に向け協議継続を確約(12年)
食堂棟補修・新棟建設(15年)
入寮募集停止要求(15年)
理事、確約引き継ぎ拒否(16年)
2017 12.19 京大、「基本方針」発表 現棟は耐震性を著しく欠く/新規入寮停止と全寮生の18年9月までの退去を要求/学部や大学院に所属する「正規学生」には大学が「代替宿舎」を用意する/老朽化対策は、収容定員の増加を念頭に検討
2018 7.13  3年ぶり「交渉」 少人数で実施/理事「合意形成はしない。意見を聞くだけ」/寮生の出す名簿が信用できないとして、新棟・現棟を問わず退去するよう改めて要求
8.30  2度目の少人数交渉
9.14  理事、交渉打ち切りを通告 補修めぐり寮自治会が「同様の説明と質問を繰り返す」など建設的な交渉でなかったと主張/入寮募集継続は「無責任な行為」
9.21  寮自治会が抗議声明 大学当局との権力差を埋めるために参加者を限定しない大衆団交を採用してきた/大学役員の干渉で交渉が中断した/寮自治会の示す補修案に当局が応答していない
9.27  元寮生の会が京大に要求書 話し合いでの問題解決求める
9.30  大学の定めた退去期限
10.01 職員が「退舎通告」掲示 電話回線の遮断、事務員の配置転換
11.09 寮生の抗議に職員が警察導入
12.28 寮自治会、交渉求める申入書 京大、回答「話し合いを行える状況でない」
2019 1.17 京都地裁、吉田寮現棟に占有移転禁止の仮処分を執行
2.12 京大、現棟の立入禁止を通告 新棟退去要求は条件付きで撤回/条件は▼氏名や所属を大学に示す▼入寮募集を行わない▼現棟に入らないなど/現棟は退去が完了した場合、「建築物としての歴史的経緯に配慮」し老朽化対策を行う/条件を受け入れた寮生と話し合う
2.14 教員有志が京大に抗議声明 「自治寮解体が真意」と批判
2.17 吉田寮食堂・厨房使用者合同緊急会議が大学に質問状 食堂からの退去を要求する根拠の説明要求
2.20 寮自治会が声明で退去案提示 現棟への入寮募集は行わない/点検や清掃のための現棟立ち入りや食堂の使用継続で大学と合意した場合、5月末で退去する
3.4  京都地裁、2度目の占有移転禁止の仮処分
3.13 京大が声明、交渉の再開拒否 5月末の退去は「危険性を真摯に捉えていない」/現棟の点検や清掃は「寮生が現棟に入ることを意味しており、認められない」/新棟への入寮募集を問題視「信頼回復には程遠い」/食堂は「現棟と廊下で繋がっており構造的に一体」
4.24 教員有志、交渉再開求め声明
4.26 京大が寮生20名を提訴

会見に臨む川添理事と森田理事

4.27 教員有志が抗議声明
5.5  寮自治会が声明「強く抗議」
5.7  吉田寮食堂・厨房使用者合同緊急会議が抗議声明
5.14 熊野寮自治会が抗議声明
5.27 京大が声明「廃寮を行うことはない」 「責任ある自治とは言えない」と寮自治会を批判
6.24 寮生が会見、争う意向表明

裁判ダイジェスト

両者の主張の違い



▼19年4月26日 ◎京大が現棟の明け渡し求め提訴

1月と3月の仮処分(※1)をふまえ、京大が寮生20名を提訴した。食堂を含む現棟について、占有が不法であるとしての明け渡しと仮執行宣言(※2)を求める。

▼19年6月24日 ◎寮生 棄却求め争う意向

寮生が会見を開き、訴訟を取り下げるよう求めつつ、「吉田寮を未来に残すために闘う」と表明した。

▼19年7月4日 口頭弁論①「権利守るため闘う」

京大 在寮契約は存在せず寮生は現棟の占有権限を持たない/契約があるとしても、建物を所有する大学の裁量は大きく、倒壊の危険性を考慮し契約解除できる

寮生 提訴は強権の発動/寮生が示した改修案を放置する理事の姿勢が老朽化対策を遅延させている/女子寮の寮費値上げ(※3)が示すとおり、大学が管理すれば寮生の実態と離れた運営になる/吉田寮の運営体制の維持が、学ぶ権利を守ることにつながる

▼19年10月7日 ②「交渉の歴史軽視」

京大 寮自治会との交渉は建設的でなかった/確約書は半ば強制されて署名した

寮生 交渉で合意して食堂補修や新棟建設に至った/12年の確約締結時の写真がある。赤松明彦副学長は顔をほころばせていた/公開の団体交渉という形式は、大学の強権の発動を抑止する意味がある/大学は多くの人が話し合ってきた歴史を軽んじている

裁判長 老朽化以外の明け渡しの根拠を説明するよう京大に求める

▼19年12月26日 ③「大学が修繕怠り」

京大 確約書は学内で正式決裁しておらず無効/退去要求の根拠は被告が大学の要請に反して入寮募集をしたり学外者を入居させたりしたこと/05年と12年の耐震診断によれば倒壊の危険あり

寮生 当該の診断には「補修が行われれば継続使用可能」とあり、直ちに退去すべきほど朽廃していない/老朽化の原因は大学が補修しなかったこと

▼20年3月31日 ◎25名を追加提訴

京大が新たに25名を提訴した。提訴した者以外は退去済みと判断したという。寮自治会は新型コロナの感染拡大をふまえ「非人道的」と抗議。京大は本紙の取材に「感染拡大防止の観点からも提訴を遅らせるべきではない」と説明した。

▼20年9月18日 ④追加提訴の22名を併合

(コロナ禍で3月11日から延期)

新規提訴25名のうち退去した者らを除く22名は進行中の訴訟に併合

京大 寮生は利用者で契約関係はない/契約があるとしても、無償で使用を認める使用貸借契約類似のもの。貸主に大きな裁量がある

寮生 大学法人化後、寮は行政財産ではない。大学に管理者の権限はなく、寮生との関係は契約にもとづく/賃料の支払いを伴う賃貸借契約類似のもの/契約解除事由にあたるほど倒壊の危険性はない

▼20年12月2日 ⑤寮自治会の社団性

寮生 64年10月15日の最高裁判例によれば寮自治会は社団性がある/自治会として結んだ確約は被告寮生全員に適用される

▼21年3月4日 ⑥代替宿舎の意義

京大 代替宿舎の提供により現棟居住を巡る契約は終了する

寮生 自治生活が保持されなければ代替できない

▼21年5月20日 ⑦確約の効果

京大 寮自治会は法人ではなく、交渉時は寮生が執行委員長に委任する必要があり、確約は個々の寮生に帰属しない

寮生 社団の代表者は構成員を代表でき、効果は個々人に帰属する/確約にもとづく「話し合いの原則」は提訴しないことへの合意

▼21年8月26日 ⑧寮の動的保存

寮生 明治前期の建築技術を遺す建物としての文化的価値がある/建築史学会も評価している/退去は「凍結的保存」につながるため生活面も含んだ保存が重要

▼21年10月14日 ⑨建築士の意見書を援用

京大 05年と12年の診断書に「極大地震時に倒壊する恐れあり」

寮生 一級建築士の意見書によれば「極大地震」は数千年に一度程度。居住できないほど危険ではない

▼21年12月13日 ⑩「居住継続は危険」

京大 被告は建物の部材の劣化を考慮していない/震度6強で倒壊しうる/居住し続けるのは危険/原告に補修の義務はない/被告らが建物占有を継続する以上、老朽化対策の検討を進められない/在寮契約の解除はやむをえない

▼22年2月16日 ⑪「退去の事由ない」

京大 やむをえない事由による雇用の解除を定めた民法第628条を類推適用すれば、老朽化は在寮契約を解除する事由にあたる

寮生 類推適用を認めた判例は「仇敵のごとく対立」した事例。それと同様に極限的な状況を示す必要がある/補修する旨の確約書を結んでおり、京大には補修の義務がある/耐震診断や新棟建設は寮生が居住しながら実施できた

▼22年4月13日 ⑫倒壊の危険性

京大 建物の耐性を示す係数が高い値だからといって大地震時の倒壊の危険性を否定できない

寮生 危険性は否定していない/補修すれば継続使用できる/原告の指摘は曲解

裁判官 双方の主張が出揃った

▼22年6月15日 ⑬訪寮求め上申書

京大 危険な状態が継続するため明け渡しは不可欠/確約書は副学長の個人的な約束事

寮生 耐震壁が多く概ね問題ない建物/寮担当の委員を務めた木村大治氏によれば代々の確約書は「大学と寮との約束」という認識があった/裁判官に訪寮を求める上申書を提出

▼22年8月10日 ⑭現棟視察へ

現棟を視察する方針で一致/被告が証人の候補を申請

▼22年11月2日 ⑮証人尋問準備

証人尋問の詳細事項を決定

▼23年2月27日 ⑯確約書の正当性 3名の証人尋問を実施

仮処分執行時の厚生課職員確約書は役員決裁を経ず副学長個人の責任で結んだ/仮に正式な書類ならば引き継ぎは必要ないが、確約書には次の理事に引き継ぐ旨が書かれている/(退去要求の真意を問われ)あくまで老朽化を問題視した/在任中に老朽化対策の検討や耐震調査はしていない/安全が確保されないため退去すべき

寮担当の委員を務めた木村氏 確約書案を精査した経験がある/退去要求は寮自治会が都合の悪い存在だからではないか/大学の傾向として全学的な話し合いが行われなくなっている/直接の対話による解決を望む

執行委員長経験のある寮生 大学による処分を懸念して名簿で名前を伏せた寮生がいるが、入寮資格は満たしている/入寮募集をとりやめれば、福利厚生を享受できる人が減る/話し合うべき場所は裁判所ではなく大学

▼23年3月27日 ⑰証人尋問で対話訴え 寮生5名の証人尋問を実施

寮生 18年の少人数交渉で川添理事は「君たちが寮を出て行ってから考える」などと述べて話し合いを打ち切った/大学側の対応は寮自治会の解体が真の目的/既存の支援の対象にならない学生の受け皿として寮が機能してきた/寮生の手で責任を引き受けてきたからこそ、柔軟で合理的な入寮選考が実現している/双方の合意なく退去を迫る現状の方針では将来の学生の学ぶ機会が損なわれる/寮には共同生活での学びや寮食堂での交流といった教育的意義があり、代替宿舎では果たせない

▼23年6月1日 ◎和解成立せず

進行協議で和解が成立せず/裁判官の交代により最終口頭弁論の延期が決まった

※1 占有移転禁止の仮処分
明渡請求訴訟の前提として執行される。居住者を固定することで、強制執行が決まった際にその実行を妨げられないようにする。吉田寮では2度の仮処分で80名の居住が確認され、京大が再調査したうえで20名を提訴した。

※2 仮執行宣言
明け渡しを命じる判決に仮執行宣言が付された場合、寮生が控訴しても直ちに立ち退き処分が執行される。ただし、裁判所の判断によっては、寮生は供託金を収めることで仮執行を免れることができる。

※3 女子寮
19年春の建て替えに際し、「維持管理費、他大学の寄宿料、学生の経済的負担等を総合的に勘案」した結果として、寮費が400円から2万5千円に値上げされた。

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