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【国際卓越研究大学】京大の申請詳細 三つの柱で「世界と伍する」研究大学へ

2023.07.16

7月12日、これまで「公表しない」としていた国際卓越研究大学への申請案の概要について、京大は突如、教職員に対しウェビナーという形で表明した。

体制強化計画には研究力の強化、研究成果の活用推進、そして自律的な大学組織の形成という三本柱を掲げた。国際卓越研究大学への採択を目指す京大がその先に見据える25年後の大学像に迫る。(編集部)

目次

秋にも採択校決定へ
1)研究力の強化
2)研究成果の活用推進
3)自律的な大学組織の形成
大学ファンドの運用成果


秋にも採択校決定へ

制度の概要

国際的に卓越した研究を行い、また社会に変化をもたらす研究成果を上げることが期待される大学を国が「国際卓越研究大学」に認定する。認定された大学が作成する体制強化計画に基づき、10兆円を運用する「大学ファンド」が1年あたり最大で数百億円を拠出し「世界と伍する」研究大学の形成を目指す。

その一方で、認定された大学は大学ファンドの元本維持・増強のための資金拠出や、年間3%の事業成長を求められる。また、学外者が半数以上を占める総長の人事権を持つ合議制機関の設置など、制度改革も課される。

20年12月、菅内閣(当時)が経済対策として10兆円の大学ファンドの創設を閣議決定した。その後、22年5月にはいわゆる「国際卓越研究大学法案」が成立し、年末には第1回の公募が始まった。

審査の経緯

第1回の公募は2023年3月に締め切っており、東大、京大など国私立の計10大学が申請した。認定されるのは数校程度で、体制強化計画の期間は最長で25年。第1回公募の採択校については、24年度に助成を開始する計画だ。なお、次回公募は24年度以降に行うことを予定している。

文部科学省は本紙の取材に対し、書面審査に加えて、申請した全10大学に対する面接審査を実施したことを明かした。そのうえで「研究現場の状況等を把握する」ため、国際卓越研究大学認定に関する有識者会議が京大、東大、東北大を7月に視察するとしている。また、湊総長は6月に有識者会議の面接調査において英語で10分間のプレゼンを行ったことを明かし、現地調査は「申請事業計画や改革案の実効性」について行われるという認識を示している。

なお、文部科学省は「数校程度」の採択を予定しているものの「数ありきではない」としたうえで、「これまでの実績のみではなく、世界最高水準の研究大学の実現に向けた変革への意思と将来構想に基づき」選定すると回答した。採択校は今年秋にも公表する予定だとしている。

申請判断の理由

湊総長は説明会の中で、国際卓越研究大学へ申請した理由について明かした。

一つ目に挙げたのは「国立大学の財源構造の問題」だ。国立大学運営の主財源は政府からの運営費交付金であり、その大半が教職員の人件費に充てられると示したうえで、2004年の国立大法人化以降「金額の減少が続き、大学組織に大きな歪み」が生まれたと述べた。「歪み」の実例として挙げられたのは、▽非正規職員数の急増▽若手教員の割合の減少▽キャリアパスの不安定な任期付きの特任教員の急増など。国際卓越研究大学への採択は「増額の実現可能性がなく制約の大きい」運営費交付金への依存を脱却し、大学が成長するチャンスだとの認識を示した。

また、営利企業と異なり、大学では「新しい教育研究組織のために、既存の組織を犠牲にすることはできない」ために、現状の財源構造の下では新領域の開拓が極めて困難であるという「構造的ジレンマに陥っている」と述べた。

二つ目の理由として挙げたのは「研究環境の老朽化と近代化の遅れ」だ。研究設備と人的資源の不足や、研究外業務の増加による研究時間の減少が京大の多くの研究者の「共通の悩み」であるとの認識を示したうえで、解決策として「自己裁量性の高い外部資金の獲得と造成」を挙げた。しかし、公的研究費など外部資金の大半は、使途が特定の研究目的や事業に限定されており、研究人材の継続的な雇用に活用できないという課題があると述べた。

これらを踏まえ、国際卓越研究大学への申請は「四半世紀をかけて、強靭な研究力と自立した財務基盤を有するサステナブルな研究大学の形を作り上げていく極めて重要な機会」だとした。なお、本助成は「現行の運営費交付金とは全く別立て」であり、「運営費交付金は従前通りのルールで交付される」との認識を示している。

これまでの経緯



体制強化計画の概要

京大は研究力の強化、研究成果の活用推進、自律的な大学組織の形成を「構造改革の三つの柱」として掲げている。湊総長はこれらの構造改革により「自己資金の好循環」を生み、年間3%の事業成長を達成するとの展望を示した。また、外部資金の獲得を年5%のペースで拡大し、25年後には1兆円超の独自基金を造成して「自律的な」大学経営基盤を確立するとしている。

構造改革の三つの柱
  1. 研究力強化のための人材と研究環境への積極投資、現在と将来の研究者の潜在的研究力の最大化に向けて、研究組織の改革と国際標準の研究支援体制、研究インフラを整備する。
  2. 研究成果の社会的価値化のための実行メカニズムの構築、多様な専門人材の効果的な組織化により、研究成果の潜在的価値の効果的で迅速な社会還元や、事業化の体制を整備する。
  3. 自律的大学経営のための新しいガバナンスとマネジメント、多様なステークホルダーの合議により、意思決定機関の公正なガバナンスのもとで、経営、教学、財務戦略事業等の機能分離と、各実行組織における効果的マネジメントの体制を確立する。

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1)研究力の強化


ここからは京大の体制強化計画について、その詳細を確認する。湊総長が計画の一つ目に示したのは研究力強化のプログラムだ。研究力の主要な要素は▽研究人材▽研究時間▽環境・システム▽多様性の4点だと述べたうえで、最も重視すべきは「人への投資」だとし、研究力強化プログラムに活用する助成金の約60%を研究人材や事務を含む支援人材などの増員に充てる計画を明らかにした。(=図)

助成金の使途(研究力強化プログラム)



質の高い論文を指す「Top10%論文(※)」の割合を現状の11・2%から、2050年には15%へ引き上げることを目標の一つに掲げている。

さらに、研究時間を確保するため、入試業務などを行う教育支援人材を200名以上、研究支援人材を1千名以上、マネジメント業務などを担う管理運営人材を500名以上雇用する計画だとしている。

また研究人材における喫緊の課題として若手や女性、海外人材を含む多様な人材の確保と、キャリアパスの確立を通した次世代の研究人材の育成を挙げた。その上で、体制強化計画の早い時期には全ての博士課程学生の授業料を免除し、生活費に相当する奨学金を支給する計画を掲げた。また、ポスドク(※)への支援やテニュア制(※)の導入なども必要だとの考えも示した。

計画は研究環境の整備にも及んだ。その一環として「国際標準のコアファシリティ(※)」を複数整備する計画を明かした。コアファシリティ(研究の中心となる施設)は▽全ての研究者が自由に、また容易にアクセスできる先端技術機器▽新技術開発の推進と高度技術者の育成を担うテクノラボ▽大学院生をはじめとする多くの研究者への最新技術教育の提供▽技術を基盤とする新領域開拓の推進、などの機能が想定されている。(=図)

コアファシリティ構想



さらに、低水準に止まる女性や外国人研究者の比率など「多様性の低さ」について、現状は「国際卓越研究大学というには程遠い状況」であり、大きな課題の一つだとした。国際連携を世界で認知を得るための必要条件と捉え、京大は国際卓越研究大学として「世界中から優れた多様な人材が集まるハブ」を目指すと述べた。そのうえで、国際連携における大きな障害は支援する専門人材の不足と運営経費であるとし、▽海外大学との連携強化▽多様なOn-site Laboratory(※)の拡大▽アジアや欧州などの海外拠点の強化を進めるとした。また、女性が活躍できる環境の整備も推進すると述べた。

湊総長は「かなり厳しい目標」だと断ったうえで、2050年には外国人研究者の割合を25%に、また管理職の女性比率を50%に引き上げる目標を掲げた。また全ての構成員に対し、出産や介護といったライフイベントのサポート強化が必要だとも述べている。(=表)

︎研究力強化プログラムに関連した「多様性」に関する25年後の目標
※バイリンガル率:日本語以外で業務に従事できる職員の割合



【語句説明】
◆Top10%論文
論文の被引用数が各分野の上位10%に入る論文。質の高い論文を示す指標として用いられる。

◆ポスドク
博士号取得後に任期制の職に就いている研究者。原則、教育には従事せず、研究のみを行う。

◆テニュア制
自由な教育研究活動を保障するため、教育研究活動の継続が不可能になった場合を除いて、定年まで教員としての身分を保障する制度。

◆コアファシリティ
研究の核となる研究用設備・機器と、運用する人材を含む研究基盤体制。

◆On-site Laboratory
海外の大学や研究機関等と共同で設置する現地運営型研究室で、「世界をリードする最先端研究」を推進するとともに、優秀な外国人留学生の獲得などの効果も見込む。なお計画には、アジアなどに海外キャンパスを5拠点(2050年)設置することも盛り込んだ。

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2)研究成果の活用推進


二つ目の柱として、研究成果の活用推進を掲げる。湊総長はこの実行組織として、成長戦略本部の設置を提案したことを明らかにした。この組織は、学内研究者や海外展開に対する支援等を進める「イノベーション部門」、大学の特性に基づく戦略的な寄付活動を展開する「ファンドレイジング部門」、広報などを通して多様な社会セクターとの連携を進める「ステークホルダーリレーション部門」からなる。湊総長は、大学の主要な資産は「研究による知的価値」だとし、論文や学会での発表にとどまらず、どのような方法で社会に還元するかが大きな課題だと述べた。そのうえで、このプログラムを通した目標の一つとして、獲得する外部資金の額を2050年には現在の3倍の約1100億円にする計画なども掲げた。(=表)

研究成果活用プログラムを通した25年後の目標金額
※外部資金は寄附、民間からの資金、キャピタルゲイン・運用収入など
※知財収入の目標は25年後の期間終了までの累計額



説明会には、外部資金の獲得を進める中で、外部資金額の少ない学問分野を縮小するのではないかという質問が寄せられた。この懸念に対し、湊総長は外部資金の獲得は「研究の独創性と多様性を最大限発揮するための手段」の一つだとして「これまで外部資金の多寡によって研究領域や部局の改廃を行ったことは一度もない」とし、「今後もそのようなことは全く考えておらず、また求められてもいない」と見解を示している。

また、教職員の評価について、教育や社会貢献など多様な活動を評価できるようにすべきではないかという質問に対しては、学術論文数などが「研究力評価の客観的指標のひとつ」だとの認識を示した。一方、研究の独創性や多様性の観点から考えると、ブレークスルーを生み出しうる新領域の開拓を目指す研究や人文社会学、長期のフィールド研究のように、このような評価指標になじまない研究分野があることも事実だとした。そのうえで、これらの点について有識者会議の面接審査で指摘したことを明かし、「理解を得られた」との見解を示した。そして教職員の評価においては「総合大学として、大学全体でどのようなバランスを取るかが重要」だとし、今後も大学全体として取り組む課題だと位置づけた。

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3)自律的な大学組織の形成


3本目の柱は「自律的な大学組織」の形成だ。「社会の多様なステークホルダー(利害関係者)」を構成員とする「法人総合戦略会議」を設置し、大学の進むべき基本的方針を合議する計画を明かした。なお、同会議の構成員は半数以上を学外の有識者が占め、法人の経営方針の最終決定権限を持つことも示した。

この点に関し、湊総長は法人総合戦略会議の設置によるトップダウン式の大学運営が、教学事項の意思決定への介入につながるという懸念が寄せられていると述べた。これに対して、同会議が「長期的な大学の方向性について社会的な合意を確認していくもの」だとの認識を示し、教学全体の運営をはじめとする大学運営の執行に関与することは「全く想定していない」としている。

なお、法人運営は理事長(現在の総長)、戦略立案や研究力強化プログラムなどを統括するプロボスト、財務戦略などを統括するCFO(最高財務責任者)の三者が「緊密に連携して」行う方針を示した。プロボストは教員会議である教育研究評議会、CFOは経営協議会との連携を行い「専制的な意思決定を排除」するとしている。湊総長は「社会と学内との健全な意思疎通とボトムアップ合意」により、「教職員が信頼を持って教育研究活動や業務に当たることができる、オープンな運営体制を確立したい」としている。

大学経営の自律化に向けた事業・財務戦略



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大学ファンドの運用成果


「大学ファンド」を運用する科学技術振興機構(JST)は7月7日、22年度の大学ファンドの収益が604億円の赤字だったと発表した。JSTの担当理事は業務概況書の中で、今年度の大学ファンドの運用は「株式のウエイト」を抑え、かつ為替リスクを「一定の範囲に」コントロールすることで、ファンド立ち上げ期におけるポートフォリオ(資産構成)の「リスクバランスを維持」するよう努めたと述べた。

京大産官学連携本部の川北英隆・客員教授は本紙の取材に対し、ファンドの「赤字の大部分は債券の評価損」だと分析し「満期まで保有すれば損失はゼロになる」との見解を示した。また、大学ファンドの運用方法や運用成果について、ファンドは「ポートフォリオを構築中」であるため、その評価には「あと2年くらいかかる」としている。またファンドが今後、安定して利益を出すには「長期投資の目線からしっかりとしたポートフォリオを組み、長期投資にふさわしい運用委託できる先を選別する」ことが重要だと述べた。

なおJSTは、国際卓越研究大学への具体的な助成額について、大学ファンドの財務状況等を踏まえて決定するとしている。ある関係者によると湊総長の説明会では、大学ファンドの運用が想定を下回る場合の対応についての質問も出ていたという。湊総長はその回答の中で、助成の制度設定は「年度ごとに大きく増減することがない」もので、大学ファンドからの助成金は「単年度ごとの補助金ではない」との認識を示した。その上で、助成金の使途は「長期的な構想の中で」決定するとし、認可された場合「中長期的な計画に基づき」事業を推進していくとしている。これに対しある教員は、大学ファンドにかかわるリスクへの考慮と対応策のないままに、右肩上がりに助成金が積み上げられていくという未来像を示すのは「ミスリーディング」であり「大学の未来を損なう可能性が高い」と意見を述べている。

大学ファンドの資産構成割合(22年度)




意向表明書の中で、京大は「学術と科学の自由な独創性と多様性を尊んできた開拓精神を堅持し」ながら「抜本的な」大学構造改革を完遂し、「国際社会の中で揺るぎない認知と承認を得られる研究大学」を目指すとしている。

第1回公募の採択校は今年秋にも決定する予定だ。京大は第1回公募の採択校となるのか。この先、学生への説明の機会が設けられることはあるのか。本紙は今後も国際卓越研究大学に関する取材を進める。


お詫びと訂正
2023年1月16日号の3面「『世界と伍する』研究大学に未来はあるか 【特集】国際卓越研究大学を考える」内に掲載いたしました図表「制度の概要と国立大学の支援の現状」におきまして、矢印の向きに一部誤りがございました。お詫びして訂正いたします。1面の図をあわせてご確認ください。今後はこのようなミスがないよう努めてまいります。

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