文化

憎悪にまみれた「叫び」を浴びて 『ソフト/クワイエット』

2023.06.16

アメリカ郊外で幼稚園の教師を勤めるエミリーは、同世代の白人女性5名を集めて「アーリア人団結を目指す娘たち」(以下「娘たち」)と称した集会を開いた。白人至上主義をかかげ、性別分業に従った従属的な女性の生き方を称賛するエミリーに、参加者たちも賛同を示す。移民に職を奪われたことに憤るマージョリー、経営する食料雑貨店の売り上げ不振を他人種による妨害のせいだと嘆くキム。彼女たちは自身の境遇への不満を吐露し、多様性を重視する風潮への反発によって連帯していく。

だが展開が進む中で、「娘たち」の団結のいびつさも見えてくる。エミリーは、メンバーの中でただ1人黒髪のマージョリーに、「他に呼ぶ人がいなかっただけ」と冷ややかな態度をとる。集団の中にはエミリーを頂点とした上下関係が存在し、周囲はしばしば彼女の機嫌をうかがって言葉を並べている。彼女たちの団結は互いの同調性に依拠しており、勢いに任せて意図しない方向へ突き進む危うさも潜む。

集会を終えたのち、キムの経営する店で買い出しをする一行のもとに、アジア系姉妹が来店する。姉のアンは、服役中のエミリーの兄によって暴行を受けた被害者だった。姉妹に差別的な言葉と暴力を浴びせた彼女たちは、2人が去っても興奮が収まらない。勢いのままに「いたずら」と称して、アンの家へ押しかけることを決める。

「娘たち」が侵入する現場に帰宅した姉妹が、口封じのため暴行を受ける場面は、目を背けたくなるほど悲惨だ。歯止めをかけようとするキムやマージョリーの言葉も虚しく、姉妹は無惨に殺害される。死体を片付ける場面で、「娘たち」は互いを罵り合って叫んだかと思えば、直後には励まし合い、感情を制御する力を失っている。ここに表現されるのは、自らコントロールすることができない、出口のない感情の塊である。自身の置かれた身の上への不満や孤独、自己の尊厳と表裏一体になったアジア人蔑視の感情、同調圧力に押されて後戻りできないところまで達した焦り、それら全てが入り混じって、叫びとして現れる。理性による思考を放棄した彼女たちの行き着く先は、歯止めのかからない自己破滅だ。

本作には、カットを挟まない全編ワンショット風の演出が採用される。エミリーの動きに密着した長回しの視点は、まるで自分もその場にいるかのように生々しい。加えて、細かな表情の変化を逃さないカメラワークが、観客に、彼女たちの怒りや憎悪を正面から受け止めることを強いる。そうした演出を通して、制作陣は、現実に存在する差別感情にどう向き合うべきか、問うているのだろう。多様性の時代にこそ必見の一作だ。5月19日から全国で公開されている。(桃)

映画情報
製作年 2022年
上映時間 92分
制作国 アメリカ
監督​​ ベス・デ・アラウージョ

関連記事